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舞踏会と謀と第三皇子と(5)

 舞踏会のダンスは二種類。

 皆でわいわい楽しく踊る社交界のダンス。適当に駄弁り軽食を食べつつ、気になる異性と踊ったり、ただ憂さを晴らすように踊ったりと、かかっている生演奏の音楽の中踊る。それがあたしが丁度逃げ出していた時間だ。


 スタンダードを三周、ラテンを二周したところで、のほほんとした空気はひりつく空気に変わる。


 今度は点数と勝負の世界が色濃い競技形式のダンスだ。スタンダード種目とラテン種目の曲の中から参加種目を事前に決めておいて、会場の誰もを魅了させればダンス界の権威を得られる。審査員もいて、勝ちと負けがある厳しい時間だ。


 貴族は魔術や魔法や剣術を使わない変わりに、このダンス力が権威の指標にもなる。だからこの世界では魔力向上の件も含めて、ダンスが一般的な教養になっている。ただ一人ではできないし、上を目指すには金が多く要る為に庶民では手が出し辛い背景がある。


 そんな界隈を圧巻していたのがグウェンとフィリップだ。その二人がカップルを解消して、あろうことか決闘のような勝負をするのだ。周りからすればお祭りのような出来事だろう。

 あたしとフィリップの為に特別な時間が用意されているらしく、それはイザークが両家の問題に他の参加者を巻き込まないよう計らった結果だ。

 他の誰もが踊らずに、衆人観衆に晒されるのはあたしとしては血が沸く。だって一対一の決闘場ってそんな感じでしょ。


 緊張は半分持ってもらったし、解けた。ただ隣で控えているカミーユは表情が硬かった。


 ダンスは陰で練習していたとしても初心者で、十年ぶりに姉と手を取って踊る舞台が、社交界での勝負の場。しかも負けたら姉の人生が決定してしまう大舞台。さっきは気丈に振舞って心配かけまいとしていたが、あたしと一緒で強がっていただけらしい。そりゃそうだ。


「御姉様、御兄様」


 二階席で決勝戦を観戦しつつ、あたし達の出番を待っていたら、編み込み髪が可愛らしいネェルが声をかけてきた。グウェンは例の如く距離を離してしまった。


「お疲れ様ネェル」


 さっきまでシュザンヌと一緒に各界の要人に挨拶周りをしていたのをチラリと目視していたので、労いの言葉をかけてあげたくなった。


「ありがとうございますわ。御二人共ご緊張なさっていませんね。流石は自慢の御姉様と御兄様ですわ」

「はは、ありがとうネェル」


 無邪気なネェルの言葉にカミーユは笑って返した。ネェルがやってきた事によって、カミーユは緊張を巧く隠していた。偉いお兄ちゃんだ。


「私の方が緊張しているみたいですわ」

「なんでネェルが緊張するのよ。どーんと構えてあたし達が勝つところを見物してくれていたらいいのよ」

「で、ですが、勝負に負ければ御姉様は婚姻の儀をなされるのでしょう。私、御姉様には御姉様の思い人と結ばれてほしいのですわ」


 強制的に行われる結婚よりも、相思相愛での恋愛成就の結婚をしてほしい、と。貴族社会の女の子でも、しっかりと女の子していてお姉さん安心だよ。


「大丈夫だよ。負けなきゃいい話だもん。ね、カミーユ」 

「そうですね」


 心配しているネェルは、呆気からんとしているあたしからカミーユへと矛先を変えた。


「御兄様、一つお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」

「いいよ。どうしたの?」

「勝算はおありなのですか?」


 屈託のない笑顔で嫌な事を訊いてくるものだな。しかも二人やあたしにではなく、カミーユだけに訊ねている。カミーユ次第で勝敗が決まり、お荷物なんじゃないかって邪推してしまう訊ね方だ。


 カミーユとネェルの仲は可もなく不可もないが、この質問には悪意を感じられる。


「あるよ」


 逡巡もなく頼もしい発言をするカミーユ。


「よろしければ勝算を聞かせていただいてもいいですか?」

「聞くよりも、俺と姉上のダンスを見てくれれば自ずと分かるよ。だから楽しみにしておいて」


 大凡カミーユの口から出てこなさそうな言葉にネェルはまん丸お目めをパチクリと瞬きさせていた。

 遠くで聞いていたグウェンが拍手しているのは通常営業なのだ。


「………わかりましたわ。お二人のダンスを楽しみにしていますわ。御姉様、御兄様、応援していますわよ。では失礼しますわ」


 丁寧な挨拶をしてネェルはこの場を去って行った。


 カミーユはネェルが見えなくなると、隠していた緊張を顔に戻らせて、表情を曇らせた。


「カミーユ」

「なんですっ――」


 曇った表情に一矢を放つかのように、カミーユの頬に人差し指を突き刺した。あたしよりも、もち肌だ。ラインバッハ家ってもち肌家系なの?


「何をするんですか」


 もち肌をぷにぷにと突いて堪能していたら、頬を少し膨らませて怒っていた。

 いつの間にかグウェンも反対側でぷにぷにしている。


「笑顔だよ」


 ダンスは笑顔。グウェンにもヨランダにもヴィクトルにまでも口酸っぱく言われた。


「今から笑顔だと疲れちゃいますよ」

「気持ちの話でもあるの。人を楽しませるなら、まずは自分が楽しむ精神を持っていなきゃね!」


 あたしは目一杯の笑顔を作ってあげた。でもカミーユの表情は晴れない。

 言葉が伝わっていないのでカミーユの頬を掴んで大きく引っ張った。


「ひはひれす! ひはひれす!」

「ふははは、笑え笑え、笑わなければこのままだぞ~」

「モモカ! ズルい……じゃなくて! やめなさいな!」


 魔王めいた笑い真似で引っ張っていると、グウェンに嫉妬された。


「笑いますから! 笑ってますから!」


 本気の抵抗をする気配があったので手を離すと、赤くなった頬を仏頂面でさすっていた。


「笑ってないね」


 と脅すとカミーユは苦笑いをする。


「あたしはかーなーり、カミーユと踊るのが楽しみなんだよ」

「それは………勝負事を抜きにしてですか?」

「当ったり前じゃん」


 正直な話、ダンス勝負をすることになったが、異能バトル程の熱き血潮が滾った訳じゃない。勝負事には変わらないが熱意の量の問題だ。

 でも、ダンスを教わっていくうちに楽しくなった。一見で覚えてもグウェンと比較される為に、細かいところと基礎を修正していく。そして成長を実感するのだ。あたしが勝負事を好む理由は自分の成長を実感できるからである。


 ダンスは自分の成長だけじゃなく、相手の成長も実感できる。お互いの距離が近く、呼吸を合わせないと正しく踊れない為に、相手を気遣わなければならない。それが二人で踊るダンスの醍醐味なのはカップルとして踊って理解した。


 つまり、成長好きなあたしとしたら二度美味しいのだ。

 内心小馬鹿にしていた節があったからこそ、ダンスが楽しいと大きく気がつかせてくれた。


 この成長をあの性根が腐った男にぶつけてやれるのは、楽しみで仕方ない。


「終わった後の事を考えるよりも、あたしと踊ることを楽しもうよ」

「………そうですね。楽しみましょうか姉上」


 あたし達のやり取りを、グウェンが満足気に腕を組んで頷いていた。



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