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異母と嫌がらせと眼帯執事と


 グウェンの部屋は別館の東側一番奥にあるようで、近くには空き部屋となった来賓部屋が複数あって、その中の一つにメイドが待機する部屋があるらしい。開けようとしたら咎められたので開けなかったし、ドアノブを回した時に鍵がかかっていたので外出中のようだった。


 別館を抜けると渡り廊下があって、そこから荘厳な中庭を堪能できた。

 丁寧に施工管理された庭木や花壇に植えられた色とりどりの花々に、白を基調とした庭具、小洒落た噴水なんかがあって、ここで一休みをすれば、やっぱり疲れが吹き飛ぶんだろうなと想起させる。


 春のような陽気な風にあたりながら、本館へと続く扉を開ける。


 本館は別館と違い二階建てで、ここを真っすぐいくと大広間兼玄関に出る。

 本館は南にも突き出ているコの字の形をしていて、一階の東側には食堂と厨房があり、西側には浴場と弟の部屋があるらしい。二階の東側にはシュザンヌの部屋や妹の部屋。西側に父親の部屋があり、書庫や例の開かずの間がある。

 と、まぁ大まかな説明をされたところで、見事にグウェンはこの家で腫れもの扱いされているのが伝わってくる。


 実の父親にも愛想をつかされているのか? なんてきく度胸は無かった。


「シュザンヌの部屋に行けばいいの?」


 価値がありそうな絵画が飾られた大広間を見回してつつ訊ねた。


「いえ、あの女は厨房にいますわ」

「貴族なのに自分でご飯とか作るんだ」

「作りませんわよ。あの女は今日の私の晩御飯の献立を変えさせるつもりですのよ」

「え、毎日そんな嫌がらせされてるの?」

「私を貶めるのが趣味なのですわ。それに今日は食べたら肌が荒れてしまいには昏倒する食べられない物を食べさせられたのですから覚えているんですのよ。そのせいで三日ほど寝込んで舞踏会での出来がいまいちだったのですわ!」


 アレルギー性の食べ物を食べさせられたのか。それは酷いな。

 でもこれを後々に妹さんに返すんだもんな。百パーセントの同情ができない。


「ご愁傷様だね。因みに食べられないものって?」

「マンダラダケですわ。傘の裏が赤いキノコですわね」


 聞いたこともない品種だが、実は料理に少量毒が盛られたりしていたなんて物騒な話じゃないよね。そんな奇抜な色をした茸は毒キノコなんじゃないのかって邪推してしまう。


 厨房へ近づいてきていると理解したのは、いい匂いが廊下に漂ってきたからだ。

 厨房へと続く扉は開けっ放しになっていて、堂々と入って行こうとしたら「調理場は貴族が入る場所ではない」と、グウェンに止められたので、仕方なくそこから隠れるように顔を覗かせた。

 

「奥様、本当にグウェンドリン様の献立を変更してもよろしいのですか?」

「あら私に意見しますの?」

「い、いえ確認でございます。マンダラダケはグウェンドリン様が口にできない食べ物ですので」

「えぇそうですわね。ですがあの娘が克服したいと言っていましたので善意で手伝ってあげていますのよ」


 厨房ではザ・コックの装いをしたちょび髭を生やした壮年の男性と、派手な赤茶の縦巻き髪をしたけばけばしい女性が話しているところだった。


「な、何が善意でして、悪意の塊ですわよ!」


 あたしの背後で同じように顔を覗かせているグウェンも拳を握りつつ会話に参加したが、両人に聞こえているはずもなく虚しく宙に消えるだけ。


「ねぇおばさん。あたし、それ食べられないんだけど」


 グウェンの忠告など無視して厨房に入っていた。

 グウェンの言葉は二人に聞こえなくても、あたしには聞こえている。許せないんだよね。こうやって自分の手を汚すわけでもなく、裏で暗躍して、してやったり面する人。

 だから別にグウェンの為じゃない。あたしがアレルギー物質を身体に入れるのが嫌だし、食べ物を粗末にするのも嫌なだけだ。


「おっおば? 貴女母親に向かってなんて口を」


 看過できない言葉に眉を吊り上げて頬を引き攣らせているシュザンヌ。ちょび髭コックも気まずそうな顔をしていた。


 あたしからすれば近所のおばさんのような感覚だったため言ってしまったが、グウェンからすればお母さんだった。これは失言だった。


「あ、失礼。オカアサマだった」

「お、お母様? …今更取り繕うったって遅いわ。それに貴女、淑女たるものが厨房に立つとは何事ですか」


 あたしは足元を見てから、当然の疑問を返した。


「オカアサマも厨房に入ってるけど、淑女じゃないってこと?」

「ちょ、調理していないのですからよろしいのです!」

「じゃああたしも調理してないからいいよね」

「んぎ……」


 シュザンヌの歯がギリリと鳴っていた。


「そ、そんなことよりも! 食べたくないとはなんですか! 食事会で同じことが言えるのですか」

「言えるけど?」

「言え……る?」


 グウェンだったらまた違う回答をしていたのかもしれないが、あたしはきっぱりと言う性格なのだ。

 シュザンヌは呆気にとられたが、直ぐにキツく強い目つきに戻った。


「そんな品格を落とすようなことをするのですか!」


 きゃんきゃんとよく吠える人だ。あたしは舌刀を納めずに斬りかかる。


「いや言うでしょ。もしかしたら命に関わる食べ物を知っていて口に含むなんて馬鹿だし、なにかあったら作った人に責任が発生するし、食事会を開いてくれた人の顔に泥を塗る行為だもん。オカアサマは品格を落とすと仰ったけど、知っていて食べて迷惑をかける方が品格を落とすんじゃありませんか?」


 淡々と食べた時の事実を述べると、シュザンヌは言い返してこなかった。

 ただわなわなと震えていて、許容できない憎き者を見る視線をあたしにぶつけてくる。

 あぁこれはあれだ、知っているぞ。口喧嘩で負けた相手が感情的になって最終的な実行手段にでる前触れの震えだ。


 予想通りにシュザンヌは右手を振り上げてあたしの左頬に向かって振りぬいた。


「危ないですわ!」


 今まで何か言いたそうに厨房の入り口で佇んでいたグウェンの声が聞こえた。


 グウェンの危惧する思いはあたしにとっては杞憂で、振り下ろされた腕を手首を掴んで止めた。

 こんな予備動作も見えて予測もできる攻撃なんて、落ちてくる枯葉を掴む方が簡単だ。


 シュザンヌは止められるとは思っていなかったのか、驚いた顔をしている。なのであたしが思う淑女スマイルを作って諫めることにした。


「オカアサマ。暴力はいけませんよ」

「ひっ、いたっ」


 程々の握力で手首を握るとシュザンヌは顔を歪めさせて、逃れようとする。だけどちょっとは自分が痛い目を見た方がいい薬になるだろうと思ったので、簡単には離さなかった。


「お嬢様、御放し下さい」


 清涼で響通る声がしたと同時に、あたしの肩に手が置かれた。ちょび髭コックが触れたのかと思ったが、首だけで振り向くと、背後には今までいなかった黒髪長身で右目に眼帯をつけて燕尾服に身を包んだ、かなりのイケメンが立っていた。


 眼帯イケメンの碧眼と目が合った。引き込まれそうな碧にゾクリとした。

 これは恋……ではない。身が危険だと警鐘を鳴らしている。


 確かに目の前の事に集中していて背後に気をそんなに配れていなかったとしても、音も気配もなく後ろに立っていたのだ。只者じゃない。

 それにこの掴まれている肩。動くなとの圧が重圧のようにずっしりと乗っかっている。そのせいであたしは裏拳を繰り出すこともできなかった。


 あたしは掴んでいた手を緩めると、シュザンヌは手を大きく振り払った。同時に肩に置かれていた手は離された。


「ふ、ふん。用事を思い出したわ。行くわよ、ヴィクトル」


 赤くなった手首を隠すようにして、あたしの横を通り過ぎて速足で厨房を出て行ってしまうシュザンヌ。


「失礼します」


 ヴィクトルと呼ばれた眼帯男はあたしに一礼をしてから、追うように足音無く幽霊のように姿を消した。


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