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少女少女少女

 色褪せない記憶が二つある。


 一つは牛を絞め殺すように絡みついた蛇。

 牛の猛々しい声と蛇の嬌声は普段ではありえなくて、幼児なボクからすれば全く違うモノに見えていた。


 自室へ戻ったボクは自分が何を見たのかを理解できずに、ただただ嫌悪感があった。


 気持ち悪い、吐きそうだ。性別に幻滅した。愛憎に怖気がした。


 ボクを形成した一つとなってしまったのが吐き気を催す。


 父はこの国の王だ。若き日に騎士団を率いて、荒れていたこの国を統べた英雄と呼ばれる男。武力を持ち、博学多才、カリスマ性がある。筋骨隆々な見た目で威厳もあるせいで、数々の女が父の寵愛を受ける為に纏わりついた。ボクの母もそんな女の一人だ。


 母は貪欲な人柄だった。父の寵愛を賜るならば、身を削ってまでも欲する人間だ。第二王妃という身分では満足いかずに、それ以上の権力と愛を欲した。ボクが生まれたのは、その結果でしかない。ボクは母がのし上がり、欲求を満たす為の道具でしかないんだ。


 父上は違うが、兄や姉、第一王妃や母は個人主義が顕著に現れていた。


 そんな環境で育ったからか、ボクはそれらを嫌うようになった。


 使用人も、ボクに近づく異性さえも嫌悪した。誰もボクに触れさせないようにした。


 信じられるのは自然だけだった。花や草木は裏切らない。季節通りに咲いてみせて、季節が過ぎると枯れてゆく。ずっと裏切らずに繰り返す。それは美しくも儚く、ボクにとっては理想系であった。いつか共にその形態に組み込まれるのが夢だった。


 ある時、当時からの趣味であったフィールドワークで野山へと出かけた。

 自然に触れて、自然と一体になれるのが、不自然な王宮から逃げ出せるこの時間が癒しであった。


 護衛を二人連れたフィールドワークだったのだが、切り立った崖に珍しい薬草を見つけ取りに行ったら、前日が生憎の雨であり、ボクは足を滑らせて崖下に落ちてしまった。


 護衛も降りて来られない高さからの落下だったが、幸い軽い擦り傷で済んだ。その場で待てと指示されたが、護衛の言葉を信じなく移動した。フィールドワークの知識を入れ始めた頃のボクは、自身を賢いと思い込んでいた。


 案の定迷った。護衛とも鉢合わせることなく、冷ややかな山の中、ジンジンとする痛みを堪えながら一人になった。


 不安が押し寄せてきた。自然と一体なのに、自然が牙を向いていた。ちっぽけなボクは一人では何もできないんだと思い知らされた。


 そこへ草葉が揺れる音がした。獣だ。獣に違いない。血の匂いに寄せられて来たんだ。


 誰に乞うこともせずにボクは自然に喰われる瞬間から目を離さなかった。


「あれ? 珍しいなどこの子?」


 少女だった。肌を土汚れさせて、敬語も知らず、庶民の服を着た俗な同年代の金髪少女だ。


「怪我してる!?」


 少女は肩から掛けていた革袋の中から、清潔な水が入った容器とハンカチを取り出して、ボクへと近づいてきた。


「じ、自分でできる」 

「いいから任せて」


 手を払おうとすると、逆に跳ねのけられた。強情な少女だ。ボクの正体を知ったら、こんな態度も変わってしまうのだろう。


 少女に手当てをしてもらうと、ボクは礼を言った。


「どうしてこんなところに?」

「フィールドワーク………」

「ふーん。あたしもね、この山を散歩していたの」

「一人で?」

「うん。一人」


 互いに名前を訊ねなかった。ボクが遠慮していたのを少女が感じ取っていたからかもしれない。

 護衛も来ないし、曲げた膝に顔を埋めた。


「ね、ね。見ててね」


 少女はボクの前に立って、急に踊り始めた。脚を使った軽快な踊りで、少女はとても楽しそうに踊っていた。


「どう?」

「どうって?」

「元気出た?」

「………ちょっと」

「ちょっとかぁ……ねぇ一緒に踊らない? そしたらもっと楽しいよ」

「ボクは……遠慮するよ」

「そっかぁ、じゃあ踊りたくなったら言ってね」


 少女はボクを元気づける為に、また踊りだした。もしかしたらボクが手を取り合うまで踊るんじゃないかなって恐怖したけど、踊りから伝わってくるのは、ただただ純粋に踊りを楽しんでもらいたい、または楽しみたいとの願いだけだ。


 王宮の個人主義とは違う見たこともない異性だった。


 この瞬間にボクは絆されていたんだろう。

 いつしか少女の踊りを追うように、自然と爪先が動いていた。


 結局護衛に見つかるまで少女はボクを元気づけてくれた。護衛が来る気配がすると、少女は逃げるように去って行った。


 また会いたいと思って、幾度もフィールドワークであの山に行ったが、二度と会うことはなかった。

 男勝りで、金髪で、脚をメインにした踊りを踊る少女。


 今では顔の輪郭さえも朧気にしか思い出せないが、これもまたボクを形成した一つの思い出だった。


 今度出会った時は名前も聞こう。勇気を出して彼女が差し伸ばしてくれる手を握ろう。

 そして二度と手放さないようにしよう。


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