舞踏会と謀と第三皇子と(4)
『好みの男性像を教えてください』
はい。異能バトル系異世界転生系の男主人公です。
違う? 概念じゃなくて、見た目?
そりゃあ、見た目はほっそりとしていて、目立たなくて、ちょっとボサボサの髪の毛で、自分に自信が無さそうに軽い猫背で、平均ちょい上の背丈の人だね。
理由? よくあるラノベの主人公っぽいでしょ? あたしがルーツとして好きな頃のラノベ主人公は大体平凡か、下の上くらいなの、なにか文句ある?
そこらへんにいる? 趣味が悪い? もっと夢見ろ?
むしろ夢見てるんだけど。だってその人たちがチートスキル持っている訳? 持っていないのが現実じゃない。非の打ち所がないイケメンがチートスキル持っていて二物を与えるのが現実じゃない。王子様とチートスキルの違いでしょ。
話が逸れてる気がする? じゃあ外見的なのは言った通り。まったく人の趣味趣向にとやかく言わないでもらいたい。
じゃあ王子様がチートスキル持っていたら好きになるか? ………まずは手合わせするかな。
っておい! 質問してきた癖に面倒くさくなって逃げるな!
回想終わり。
前世での同級生との会話を何故か思い出していた。
それは眼前にいるシャルルの容姿があたしの好みに一致しているからに違いない。
グウェンの恋のキューピッドにならなければいけないのに、恋初めかけてどうするんだ。
シャルルは見てくれが好みなだけ。
そう。そうだよ芹沢百歌。何を勘違いしているか。この男はグウェンを捨てた男。求婚した女性を捨てて他の女に乗り換える男なんてあたしが毛嫌いする男性像そのものじゃない。看過できない存在。そんな存在は獣のように睨みつけて牽制しておく。ぐるるるる。
射殺す程の睨みをすると、シャルルはたじろいでいた。
「ぼ、僕、何かしましたか?」
たじろぎながらでも、勇気を振り絞ったようにまだ睨みを利かせるあたしに質問してくる。そ、そんな天然系主人公っぽい発言したからって靡かないもんね。
「何かって……って! モモカ! 何を睨めつけてますの!」
放心状態だったグウェンがシャルルに話しかけられて、原因を探る為に隣にいるあたしの様子に気がついて声を上げた。
「やめなさいなモモカ! 失礼ですわよ!」
これはグウェンを想っての行動なんだ。心を鬼にして牽制する。
「メッ! モモカ! メッ!」
一向に睨みつけるのを止めないあたしを、グウェンは目の前に移動してきて、掌を顔に当てるように止めきた。………あたしは犬か。
仕方ないな、グウェンの顔に免じて牽制はやめておこう。やりすぎて縁が結ばれなくなったら、それはそれで困ってしまう。
「ごめんなさい。嫌なものが見えたのですが、あたしの勘違いでした。失礼いたしました」
一応謝意は込めて会釈程度に頭を下げた。
「僕こそこんな格好で失礼でしたね。すぐさま退散したいのですが、お隣を通ってせっかくの綺麗な衣装を汚してしまうかもしれませんので、グウェンドリンさん、お先にどうぞ」
要約すると入って来た入り口を使って裏庭から出て行け。だけどあたしはそこよりも、グウェンの名前を知っていることに驚いていた。
「ど、どうしてあたしの名前を?」
「グウェンドリン・ド・ラインバッハ嬢ですよね?」
「です」
「あぁ良かった。より綺麗になられているから、間違えてしまったのかと」
ポッ。
何の音かと元を見たら、グウェンが頬を赤くしていた。あのグウェンが月並の言葉で喜んでいる! フィリップだって言っていたのにさ! 同じ言葉でも誰に言われたかが問題ってやつね。だとすればフィリップは相当眼中になかったんだろうな。ずっとあんな態度だったのならば同情の余地はないか。
「それはどうも…そう言う貴方は」
「ぼ、僕はアル! ここの庭師だよ」
シャルルの自己紹介に小首を傾げた。
グウェンは何も発言をしなかった。肯定も否定もないのだ。黙って佇んでいるだけだった。おかげで意味が分からなくて混乱した。
うん? どういうこと? 兄弟? そっくりさん?
「第三皇子様じゃなくて?」
「や、嫌だなー、皇子がこんな裏庭で土草塗れになる訳じゃないですか」
懐疑的な視線で言うと、誤魔化し笑いをした後に目を泳がせていた。余計に目が黒くなった。
もっと近くで見ればグウェンが恋する乙女センサーで反応するのではないかとの考えに至って、仮称アルに一歩近づく。それに合わせてアルも一歩横へと移動した。
一歩近づく。一歩横へ移動。一歩近づく。一歩横へ移動。一進一退の攻防が始まっていた。
「どうして近づいて来られるのですか?」
困ったような笑顔で微笑むアル。
「もう少し近くで話したいので」
「あ、あはは、ありがたいことですね。ですが先ほども言った通りに、このような恰好ですので、近くへは寄らない方がよろしいかと。それでもと、仰るならばこの距離を維持しましょう」
どうしても近寄って欲しくはないみたいだ。気遣いができて素晴らしいと思えなくもないが、単にあたしが嫌われている可能性はあった。もしもシャルルだとしても、この時点では惚れられていないのだから、社交ダンス界でぶいぶい言わせる悪役令嬢に接近されたら近寄りたくもないか。
「分かった。なんで庭師なのにあたしの名前を? 前に会ったっけ?」
「い、いえこちらが一方的に存じ上げているだけですよ。グウェンドリンさんは有名ですからね」
確かにグウェンは社交界、引いてはこの国では割と有名な方なのだろう。でも顔を見ただけで名前が一致するものなのかな。………状況と照らし合わせれば絞れはするか。
グウェンは頬を染めてからは依然黙ったままだ。
だからこの人がシャルルか、アルかと確認するのは難しい。そもそもシャルルだったら恋のキューピッドになれるし、アルだったら初めてこの世界で嫌悪も恐怖もしない同世代の異性で、今後とも仲良くしてみたい。どちらに転んでもお得なので、今はあたしがやれることをしようか。
「アルさんはダンス好き?」
「見るのは好きですね」
「踊らないの?」
「僕が? そんなまさか、庭師が踊れる訳ないじゃないですか」
当たり前だと言わんばかりだ。
「見学はできるんだよね?」
「できますね」
「じゃああたしのダンスを見に来てよ」
「えぇ是非にも。でもどうして僕などにお誘いを?」
「今日あたしはある男と勝負することになっているんだ。その雄姿を見て欲しい」
胸張った発言にアルは少しばかりか言葉を迷っていた。
「………なぜ僕なのです?」
「んー見て欲しくなったから? ダンス好きには堪らない踊りをしてあげる」
「あはは、グウェンドリンさんに直接そんなお誘いを頂けるのは光栄ですね」
世辞がうまいアルはからりと笑って了承の判を押した。
「姉上ー、グウェンドリン姉上ー」
遠くの方からカミーユがあたしを探す声がしたので、声のする方を振り向いた。
「そろそろお時間なのではありませんか?」
その声に気がついたのはあたしだけじゃなくて、アルもだったので、ポケットから年季の入った懐中時計を取り出して、こちらに向けて時間を提示してくれていた。
「やばっ!」
時間を目を凝らして見ると勝負の時間が差し迫っていた。
休憩したかったのに、昔話と奇妙な出会いのせいでそんなに休憩できなかったな。まぁ……収穫は多々あったからいいか。
「あたし行くね」
「またお会いしましょう」
アルは丁寧なお辞儀をしてくれたので、あたしも淑女のお辞儀をして踵を返した。
「絶対! 絶対見に来てね!」
去り際に大声で言うとアルが頷いていたので手を大きく振って裏庭を後にした。
「どうして彼を誘ったのですの?」
裏庭を出たところで、今まで黙っていたグウェンが何食わぬ顔で口を開いた。
「あんたが半分持ってくれるなら、あたしも半分持つのよ」
グウェンの表情を一瞥してから、視線を正面に戻すと、言葉は返ってこなかった。ただ横目で見たら、口元は柔和に微笑んでいた。
あたし達はカミーユと合流して、勝負の舞台へと上がる準備を始めた。




