舞踏会と謀と第三皇子と(3)
シャルル・ド・ラリア。ラリア皇国の第三皇子で第五皇位継承者である。
前世ではグウェンの婚約者だったのに、いつの間にかネェルに奪われていた。だから元婚約者。
第三者のあたしからすれば、グウェンに婚約を自分から申し込んでおいて、ネェルへと心を寄せている浮気者の男だ。最後はそいつと結ばれなければいけないんだから、どんな奴かは気になっていたし、きっとフィリップみたいないけ好かない奴なんだろうなぁ、と舞踏会場で会えるのを拳ニギニギしながら楽しみにしていた。
だけど、どうやら出会いは予期できずに突然で、何でか知らないけど、一対一の状況で出会ってしまった。
グウェンはぶつぶつと名前を呟くだけで放心状態だった。
それもそのはずだ。グウェンは第三皇子には恋をしていたのだから。
昨日、修学旅行の就寝前よろしく恋バナをした。
ヴィクトルの特訓を終えて疲労が溜まって、翌日が舞踏会にも関わらず、甘酸っぱいトークを切り出したのは珍しく起きていたグウェンだった。
今ならわかるけど、あたしの緊張を感じ取っていたのだろう。だから気を紛らわす為に話してくれたんだと想像する。
「シャルル様は口下手で女性が苦手ですの。ですが私が踊ると喜んでくださるの」
どこか遠くの方を見つめながらグウェンは話し始めた。
「あんたのダンスに惚れたんだから、そら喜ぶでしょ」
「そうですわね。私が踊ると喜んでくださるのよ。モモカ、この言葉、他にどう感じまして?」
全然目を合わせてくれないグウェンの横顔に回答する。
「オルゴール付きマリオネット」
「……辛辣ですわね。まぁあながち間違いではありませんわ。シャルル様とお話ししても会話が弾むこともありませんし、お出かけしても手も握ってくださいません。でも私の踊りに惚れていましたの。容姿は関係なく、踊りから伝わる私しか見てくださいませんでしたわ。私はそんな態度を取られるのが嫌いではありませんでしたの、踊っている間は通じ合っている気がしましたもの」
「でもそれってグウェンだけが踊っているんだよね? 一緒にじゃないよね?」
「えぇ一緒に踊ってみようと誘っても、女性が苦手ですの。触れるのさえ怖がりますのよ。無理に一緒に踊ろうとは言えませんでしたわよ」
苦手と濁しているけど、相当重症な恐怖症だ。
「でもグウェンとは婚姻結んで、一緒に過ごしてたんでしょ?」
「公務以外ではほぼ常に一緒でしたわ。シャルル様が仰るには、私は今まで関わってきた女性とは違うくて、気を許せる。らしいのですわ。ダンスを通して私を見れたおかげ、なーんて仰っていましたわ」
惚気いただきました。
でもそれって女性らしくないって意味にも聞こえるんだけど……幸せだったなら幸せの記憶のままにしておこう。
「ダンスを通して、互いの距離が縮まっていくのを実感していましたわ。半年後には肩がくっつく程の距離でも拒絶されなくなりましたわ。このまま触れ合って、重なり合うのだと夢描いた未来を想像しましたわね」
理想の未来だな。でもそうはならなかった。
「ある日シャルル様が、私とダンスを踊ってみたいと自ら仰ってきたのですわ。感激して涙を流しましたわ。ついにシャルル様が私の手を取ってくださったのですわよ。シャルル様の期待に応えるため張り切りつつ、気遣いながら踊りましたわ。踊り終わった直後、シャルル様はお倒れになられましたわ。何が起こったのかを理解できませんでしたわ。大声で近くの者を呼んで、ただの過労ということで、大事には至りませんでしたの」
グウェンの魔力を保有する力が大きすぎて、シャルルの魔力を吸いつくしたとの真実はあたしにしか分からない。今は水を差すべきではないと口を噤んだ。
「その日を境にシャルル様と私は出会った頃と同じ距離に戻りましたわ。ダンスをしても喜んでくれなくて、哀れなピエロみたいでしたわね私。でも諦めませんでしたわ。また手を握れるように色々と努力しましたわ。だけど、いつの間にかシャルル様の心はネェルに向いていましたの。私との破談とネェルとの婚姻を知らされた時、謝られましたわよ………惨めでしたわ」
グウェンの頬に涙が伝っていた。かける言葉が何もなく、流れ落ちる涙を拭ってやることもできない。そんなあたしも惨めだった。
「あとの顛末は話した通りですわ」
鼻を啜ってから自分で涙を服の袖で拭って、ようやくより赤くなった目を合わせてくれた。
空気を読んで、あたしの失恋話でもしてあげたいけど、思い返してみても未就学児の頃に恋した保育士の先生が入園中に結婚したとかしない。あたしの人生どんだけ恋色がないんだよ。
「グウェンはシャルルの事が好きなんだよね?」
だから逆に空気を読まずに訊ねた。
「好きですわ」
恥ずかしげもなく濁った声で言う。
「………今も?」
死の運命の回避は、一年後生き残る他に、シャルルと結ばれなおすのも目的だ。
一度違う者に心移りした男と再度結ばれたいと思っているのか、それでいいのかって野暮な確認の為に訊いてしまった。
失礼極まりない質問にも関わらず、逡巡もせずに答えた。
「もちろん。今も好きですわ」
好きだった思いは簡単には変わらない。あたしの持論だったな。
恋する乙女の笑顔のグウェンを目に焼き付けてから、あたしは軽く目を瞑った。
そしたら朝だった。
その焼き付いたグウェンの表情と会話を思い出しながら、目の前にいるシャルルを下から上へと観察する。
土と泥で汚れた靴に、農作業用の服を着て、スラッとした長い手足、爪は土が挟まって黒く掌も汚れている。葉っぱや枝が付着していて、ちょっと猫背。ほっそりとした印象と整った顔。眼鏡の上部にかかった銀髪。ただ雰囲気がどこか陰気だ。
これがグウェンの婚約者のシャルル。
これが結ばれる運命にならなければいけない相手。
あたしがグウェンの恋路を繋げる相手だ。
………わりと好みかも。