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舞踏会と謀と第三皇子と(2)

「疲れたぁ~」


 あたしは舞踏会のメインであるダンスホールから離れたところにある、ひっそりとした裏庭の真ん中で、肩を落として一息ついていた。


 あの二枚扉を開けて、いざ舞踏会! って意気込んでいたのに、まずは挨拶からが常識のようで、覚えきれないくらいの数の人間と挨拶を交わすことになった。これはあたしが公爵家の長女でもあるし、フィリップとの関係が悪化していると噂だった周りが、フィリップがいた位置に入り込もうとしているのだ。それを流れ作業のように右へ左へと当たり障りない言葉で受け流していく。


 プライベートだったら面倒だったからズバリと拒否していたけど、ラインバッハ家を貶める事はできないし、それこそシュザンヌに弱点を与えることになる。だからこれは仕事だと暗示をかけて、死んだ魚のような眼でこなした。


 舞踏会って言うから、踊りだけだと思っていたけど、しっかりと社交の場でもあった訳だ。


 同い年くらいの独身の男性陣からは実質の求婚行為だし、壮年の男性でもイザークに口利きしてほしいと根回ししてくる輩や、倅を婚約者に如何? と進めてきたりされた。


 また同い年くらいの女性陣からはファンだとか、尊敬しているとか、心にも思っていないことを堂々と淀みなく会話に織り交ぜてきていた。なぜ嘘かと見抜けたのかって、だって眼の奥がね、蹴落としやるって言ってるもん。あたしの不幸を呪ってたもん。勘だけど。

 

 そこらの貴族よりも人垣を作っていたし、今回の勝負事の事は参加している全員が知っている事なので、元から名があったのに、拍車をかけて有名になってしまっていた。


 百人以上の参加者がいれば、それを面白くないと思う人間がいることだろう。

 

 その筆頭としてシュザンヌだ。

 見たこともないお洒落な軽食や、飲み物さえも、なにも口にすることもなく警戒して観察していたが、シュザンヌもネェルを皇族に近しい貴族に売り込むのが忙しそうだった。


 とまぁ、おかげで気を揉み疲れて、勝負のダンスが始まるまで休憩がてらに逃げ出してきた。

 まだ踊ってさえいないのに、体力を消費してしまった。


 カミーユが一緒に付いてきたそうにしていたけど、外の空気を吸いたかっただけなので置いてきた。というか、大きくなってから社交界に出るのが初だったらしく、子供の頃の姿を知っていて、なおかつ成長した姿を見て感動する御姉様方に囲まれていたので、放置するしかなかった。


「座ってはいけませんわよ」

「わーかってるって」


 その場にしゃがみこんだら、ドレスが汚れてしまうので、裾が地面に付かないようにちょっと持ち上げつつ裏庭を散策している。

 グウェンは練習中に疲れてあたしが座り込んでいたら叱ってきたので、これは教育癖である。


「そういえばさ、グウェンはなんでダンスが好きなの?」

「な、なんですの藪から棒に」


 蓮華の花が咲き誇った一帯を見ていたグウェンは目を丸くさせた。


「いや本当になんとなく気になっただけ」


 と言いつつも、揉んだ要らぬ気をよりほぐす為に、友人であるグウェンの事を知りたくなったからだ。


「私がダンスを好きになった切っ掛けは御母様ですわ」

「お母さんもダンスしてたんだ」

「えぇ貴族の嗜みですからね。ただ御母様に見せて貰ったダンスは、舞踏会で踊るようなダンスではありませんでしたのよ」


 遠い過去を覗き見るかのように目を細めるグウェン。


「へぇどんなの?」

「足をメインにするダンスですわ。今は足がないですから見せられませんわね」


 そう自嘲気味に笑ってからグウェンは続けた。


「小さい私が愚図って泣いていたりすると、御母様は踊りましたわ。最初は何をしているのかを理解していませんでしたわ。ただ軽快なステップと音を立てて踊る御母様を見ていたら、いつの間にかつられて、適当なステップで一緒に踊っていましたわ。だって御母様が本っ当に楽しそうに踊るんですもの。だから毎回ついつられて踊ってしまいますの」


 一、二歳の頃の記憶なのにグウェンは儚く微笑みながら克明に語った。それ程までに記憶に残っている印象的な事なのだろう。


「御母様が亡くなって、惰性的にダンスを続けていましたが、あの女が私のダンスを御母様同様に無様だと罵った時がありましたわ。それが発端かは覚えていませんが、泣き喚いて手を挙げたのを覚えていますわ」

「温厚なあたしも流石に殴ってるわそれ」

「お、温厚? ……ありがとうですわ」


 まるで人が温和で慈悲深い性格じゃないと言いたげだ。あたしのどこを見てきたんだよ。


「それでどうしたの?」

「ダンスであの女を見返してやろと思いましたわ。けど、それでは復讐の道具になってしまいますわ。だからあの女の事など気にせず、私が一番最初にダンスを見て感じた事を、私のダンスを見る人達に伝えようと決めましたの。私はダンスを踊っている時が楽しくて、好き。これまでも、これからも」


 胸に手を置いて胸中を語ったグウェンは美しかった。


「って……今日の舞踏会を乗り切らないと、それも叶いませんわね」


 砕けた笑顔で発破をかけてくる。


「プレッシャーかけてくるじゃん」


 せっかくいい話をきけて元気が出て、気が晴れてきたってのにもう。


「あら、モモカは重圧がかかるほど、それをバネにして反動で気持ち良くなりたがるマゾヒストではありませんでして?」

「誰がマゾヒストだコラ!」


 もっと言い返してやりたいけど、正鵠を得ているせいでツッコミだけになってしまった。

 もしかしてあたしがグウェンの性質を早く理解したように、グウェンもあたしの性質を理解しているってこと。あたしってそんなに単純だったの?


「大きな声で自分の性癖を暴露するなんてはしたないですわよ」

「誰のせいだ、誰の!」


 今日のグウェンは口達者のようだ。


「………緊張は解けまして?」

「は、はぁ? あたしが緊張している訳ないじゃん」


 さっき高揚に変えたところだし、何を言っているんだグウェンは馬鹿だな。と、言い返してやろうとしたけど、見透かしたような鷹の目に言い返せなかった。


 そう。実は誰よりも緊張している。

 これを失敗すればあたしの人生と、グウェンの人生は終わる。そりゃあ緊張もする。あたしだけの人生だったら、負けても負けてもこなくそ! と、足掻いて、首が回らなくなったら、こんなものかと諦念と共に終われる。けど、グウェンの人生も背負い込んでいる。

 今まで助っ人感覚だったから、誰かの想いを背負い込むのは慣れていない。

 心に刻んだ約束が、重量を増している。


 万全とは言えないけど準備はした。だけど絶対はない。


 グウェンはより近くであたしを見ていたから分かったのかもしれない。


「………そりゃあね。負ける気はないよ。思っていた異能バトルとは違うけど、戦うのも楽しみだよ。後ろ向きになってるのでもない。ただ乗っかている重さを確認していたのよ」


 観念して言うとグウェンは鼻を鳴らした。


「一丁前に責任感じているのですわね」

「一応はね」


 したかった転生とは違う転生ライフをさせられて、無理にでも死の運命を回避する身だけど、もうあたしとグウェンの人生だ。


「モモカはほんっっっとうに馬鹿ですわね!」


 顔が紅潮するくらい溜めた直接的な罵倒だ。


「私、モモカと出会った時に言いましたわよ。共に死の運命を回避しますわよって。なのに何を一人で背負い込んでいますの」

「あたしが結局行動しないといけないわけだし」

「そうですわね。モモカが思うように行動しなさいな。私は助言するだけですわ」

「だから責任が発生するんじゃん……」


 グウェンは吊り上がった目を三角にした。


「だから一人で背負うなと言ってますわよね! 私はモモカが決めた事なら、どうなろうと恨みはしませんわ! 運命共同体なのですから、半分持ってあげますわ! それでも足りないと泣き言をまだ言うなら全部持ちますわよ!?」


 また意味不明な理論を展開かと辟易したけど、これは芯に刺さった。


 グウェン本人にそんな風に言われたら、この重さも半分軽くなってしまうじゃない。

 はぁ………本当に励まし方が悪役令嬢だことで。最高かよ。


 今度こそ緊張を高揚に変えて、全能感へと変換を始める。


「全部は渡さないよ。これあたしのだから」

「それでこそ私が見込んだモモカですわ」


 不敵な笑みで言うと、グウェンも不遜な態度で返してきた。

 いつの間にか見込まれていた。まぁ悪い気はしないかな。


 ガサガサ。


 色々と気も解けたところで、裏庭の草葉が揺れた。

 何事だ! シュザンヌの刺客か! と、徒手空拳で立ち向かう型を作って警戒する。


 ガサガサ。ガサガサガサッ!


「ふぅ……ようやく出られた」


 草葉の中から出てきたのは、この舞踏会にそぐわなそうな芋っぽい眼鏡をかけた長身の男子だった。

 葉っぱがついた前髪がかかりそうなぺったんこになった銀髪を払ってから、眼鏡を丁寧に拭いていた。

 吹き終わった眼鏡をかけて、ようやく警戒態勢の型を解いたあたしの姿を目に入れた。


「ご、ごきげんよう」


 本日何度目かは数えていないけど、百以上は超えているであろう挨拶を慣れない笑顔でする。


「ごきげんよう」


 おずおずと男子も挨拶を返してきた。笑顔もなく会釈のような挨拶だった。


 グウェンは人の顔と名前を覚えるのが得意なので、この人だーれ? って意思を込めて視線を向けると、眉を顰めていた口をパクパクとさせて、小さく声を漏らしていた。


 よく聞き取れないので、自然を装って近くまで寄ってみると。


「シャルル様……」


 事前に教えてもらっていた、第三皇子の名前を呟いていた。

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