紅茶と勝負と眼帯執事と(4)
「てか残り二日でどうにかなるものなの?」
「簡単ではありませんが、私がどうにかさせます。それに最初に言いましたが、これは魔力向上訓練でもあります。私の見立てではお嬢様に足りないのは魔力です」
「は、はぁ」
グウェン自身が魔力向上訓練なんてしていなかったから足りないのは重々承知だ。
「ダンスと関係ある?」
「大いにあります」
「マジ?」
「マジです」
至って真剣な声色だ。ただ冗談を言っていても真顔なんじゃないかと想起できるので、判別がし辛い。
「魔力は第二の血と言われていますね。比喩的表現ですが、無くなれば体調も悪くなり、取り入れても濃度が濃く適応しなければ毒にもなります。と、色々と言われる所以があるのです」
はぁん。つまりは的を得た表現だってことか。
「なので血と同じ働きをするのですよ。ダンスは体力も使いますが、魔力も使います。お嬢様はその魔力が足りていません」
「でも足りなくても踊れているけど」
魔力が足りないと言われても、今日日までグウェンは踊れていたし、あたしも踊れていた。
「体力はもちろんのことですが、お嬢様はお相手の魔力で踊っているのではないでしょうか」
これまでのグウェンが踊れていたのは相手の、フィリップの魔力で踊っていたってことになるけど、それは魔力を循環させる機能がある故に、事実に直結する。
「えっと、あたしがカップルの魔力を吸っているってこと?」
「吸う……ですか、いい例えかもしれませんね。互いの魔力を循環させて踊るのがダンスです。ですがこれまでのフィリップ様のご様子や、本日のカミーユ様の様子からして、お嬢様はお相手の魔力を吸っているだけで、循環させていないのではないでしょうか。あくまで私の私見ですがね」
今日のカミーユは疲労困憊という具合だった。あれは単純に体力が無くなったんじゃなくて、この身体が魔力を循環させていなくて、ただ一方的にカミーユの魔力を吸っていたのならば、確かに納得がいく説明かもしれない。
「で、でも、それだとあたしの魔力の内包量が大きくないと、説明が変じゃない?」
「ですので、確認の為にも私と踊って欲しいのです」
最終的にそこへと戻ってきた。
ヴィクトルの言うことが正しくて、証明するには踊るしかない。裏があるとしても、この問題を立証した方が得になる。
「分かった」
決心したあたしはヴィクトルの手を取って、見様見真似で踊り始めた。
ミスもなく踊り終えると、ヴィクトルが頬に手を置いて人差し指を立てて考える仕草をしていた。
不調で苦手ということにしているけど、この勘の良い男には素人だと見抜かれるんじゃないかと危惧している。
「やはり予想通り……予想以上かもしれませんね」
「え? どこが?」
見抜かれたかと思いつつ、肩をヒクリと上げて返した。
「その態度です。お嬢様息の一つもきらしていませんよね」
言われてみれば、全体的にもだし、腰が筋肉痛になってもいいくらいの結構激しめの動きだったのに肩でさえ息を切らしていない。軽いジョギング程度の疲れだ。
「確かに……でもヴィクトルも疲れてなくない?」
ヴィクトルも三回目の通しなのにも関わらず、姿勢を崩すこともせずに立っているし、顔も赤みがってすらいない。
「鍛えていますからね。しかしお嬢様に持っていかれた魔力は相当量ですよ」
「うん。だからそれだとあたしが魔力を一杯持っていることにならない?」
あたしの異世界転生異能バトルの知識を総動員して疑問を提示する。
「恐らくですが、お嬢様は魔力を沢山保持しているのではなく、魔力を沢山保持できるのでしょうね」
「つまり魔力を入れる器が大きいってことだよね。器だけが大きくなることってあるの?」
「私の知る限りでは例はありません。ですので、どうしてそうなっているかは甚だ理解できません」
なるどな、前代未聞って訳ね。
ここで新事実に気がついてしまった。
えっ、えっ、ちょっと待ってよ。 実は魔力を持っていなかったけど、魔力を入れる器は大きいですって、これって不遇スキル持ちみたいじゃない? え~うそ~、異能バトルするにはだらしないグウェンの身体も少しはやるじゃない。
「しかし、これで特訓の成果はでると確信を得ました。今日と明日でお嬢様の身体に私の魔力を注ぎ込みます。そうすればお嬢様は体力と魔力で踊る事が可能になり、カミーユ様の魔力を吸うこともなく、不調も好調へと転調することでしょう」
「でも、ヴィクトルの魔力が無くなるんじゃないの? それだと一緒に踊れないよ」
「見縊ってもらっては困ります」
ヴィクトルが初めて機嫌を損ねたような態度を見せた。
「見縊っている訳じゃないよ、凄い魔術が使えるのも見せて貰ったし、魔力が沢山あるのも分かってるつもりだよ。でもそうまでして倒れられても困るよ」
ヴィクトルの身を案じているけど、至れり尽くせりなのが怖いのだ。
暫し目を伏せてヴィクトルは思案した後に、重い口を動かした。
「…………私は魔法を使えます」
「うぇっ! 資格がいるんじゃないの!?」
「資格は持っていません。だから使用をすれば良くて投獄、悪くて処刑でしょう。ただ使えます」
ヴィクトルの眼は嘘を言っているようには見えなかった。
魔法を使えるならば、とんでもない魔力保有量を有しているはずだ。つまりは魔力が切れるなんてのは、要らぬ心配だと突き付けられた。
ヴィクトルの魂胆は知らない。だけど魔法が使えると人に話すのはリスクがかなりあるはずだ。魔法を使えるのは数限られた人達。ヴィクトルが使えると分かれば、魔法や魔術の為に人生を捧げなければならない。そんな秘密を主人と反りが合っていない人間に漏らすのは、どれほどのリスクか。
あたしがその気になればヴィクトルをこの家から追放できてしまう事実だ。裏で何を考えているかは分からないけど、追放されてもいい程の覚悟が言葉の裏にあるのだけはわかる。
「………こ、これも二人だけの秘密?」
「ええ。二人だけの秘密です」
くっ、覚悟の決まった表情もあったらご飯三杯はいけたのに、ヴィクトルは朗らかな笑顔だけだ。今はそれで満足しておこう。
あたしは小さく頷いてから、胸の内に秘密を入れて、再びヴィクトルの手を握るのであった。




