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紅茶と勝負と眼帯執事と(3)

「特訓? な、なんの?」


 手を取る以前の問題だった。


「お嬢様の魔力向上の特訓です」


 手を取らないことに不思議そうな顔をしていたヴィクトルは至極当たり前のように言った。


「って、ことはダンスの特訓?」

「そうなりますね」


 ダンスの特訓ならダンスの特訓と言ってくれればいいのに。


「でもどうしてヴィクトルが特訓してくれるの?」

「このままではお嬢様が負けるのは確実ですからね。それでは勝負にはなりません」

「あ、あたしが絶対負けるって言いたいんだ」


 澄ました顔で煽られて、今にでも掴みかかりたい気持ちを抑え込みつつ頬をヒクつかせる。


「お嬢様とあろう方が、むしろアレで勝てる算段だったのですか?」

「おっ……思ってないけどさ」


 もうちょっと歯に衣着せる言い方をしてくれたっていいじゃん。自分が下手なのを自覚して、見通しがついていないお先真っ暗な時に「お前は下手だ」なんて面と向かって言われたら、まあまあ凹むよ。

  あたしの気持ちなんてお構いなしにヴィクトルは涼しい顔のまま続けた。


「失礼ながら拝見させてもらっていました。スタンダード種目だけを練習なさっていましたね。どうしてですか?」

「えーっとカミーユが初心者だから、スタンダード種目だけを固めて練習した方が効率がいいから?」

「ここだけの話ですが、フィリップ様はラテン種目で踊られるようですよ」

「はぁ? フィリップってスローが得意なんじゃないの、てかなんで知ってるの?」

「私は奥様の専属執事ですよ。色々と耳にするものです」


 壁に耳あり障子に目ありってことか。しかしそのことを教えてくれるのは無償の報酬にしては猜疑心塗れにならざるおえなかった。


「フィリップ様がスローを得意としていたのは、お嬢様とのカップルだからです。カップルが変われば曲も種目も変わります。相性がありますからね。……お嬢様程のダンサーに対して講釈を垂れる等、これは失礼致しました」


 直前にもっと失礼な事を言われていた気がするんだけど………ただグウェンが寝ている今、説明してもらえるのはありがたかった。


「あたしもラテン種目で参加しなきゃいけないってこと?」

「勝負の内容ではどちらがより拍手を頂くか。でしたよね?」


 あたしは自分で決めた勝敗を思い出して頷く。


「でしたら、そのままスタンダードで参加して、より一流のダンスを見せればよろしいのです」

「やるつもりだけど、あと二日で一流並は……」


 二人の初心者が一週間もない時間で達するのは到底難しい。何事もそうだ、日々の努力を積み上げてこそ、本番で発揮できる確率が上がる。あたしとカミーユはまだ積み上げてすらいない。ほぼ一夜漬けの状態だ。それが一流とは言えない。


 空想の苦虫を噛んでいると、ヴィクトルが微笑んだ。


「だから特訓するのですよ」


 やっぱり意味が分からない。


「ラテン種目に変えて特訓するってことであってる?」

「ええ。スタンダードとラテン両方で踊ればいいのです」

「いやっスタンダードの曲さえ決まっていないのに、ラテンも覚えるのは、あたしよりもカミーユの負担が大きくなっちゃうよ」

「カミーユ様とはスタンダードだけでご出場なさればよろしいのです」

「……その言い方だとラテンは違う人とカップルを組めって聞こえるんだけど」


 肯定するような柔らかい笑顔でようやく理解できてしまった。


「私と組みましょう」


 思った通りだった。


「いやっ! いやいやいや、使用人と舞踏会で踊るのは駄目でしょ!」

「既に旦那様とヴァロウヌ卿から特別許可を頂いているので心配には及びませんよ」


 根回し早っ! その根回しの早さで余計に策略なんじゃないかって疑心暗鬼になるわ!


「あ、あたしは今不調だよ。ラテンは苦手だし」


 見たことすらないので、得手不得手の問題じゃない。


「……私では実力不足と思っていらっしゃりますね?」

「別にそんなことは」

「分かりました。お嬢様の慧眼で判断してください」


 話を聞く気がないのかこの眼帯イケメン。


 自身に話の主導権があるヴィクトルは、あたしの返事も聞かずにラテンのルンバを踊り始めた。

 扇動的な動きが多くて、イケメンが求愛をするように踊っている為に、今日のファーストコンタクトを思い出してしまう。いやこれはただのダンスで、ヴィクトルがあたしに求愛している訳じゃない。阿保みたいな解釈をしている場合じゃない。


 ヴィクトルは踊り終えた。

 正直な話、良し悪しが分からない。比較するのもないし、これが正しいのかも分からない。ただ……動きのキレと表現したい思いは伝わってきた。


「じょ、女性の方も踊れたりする?」

「えぇもちろん」


 無茶ぶりを口にすると、女性の踊りも踊ってくれた。こちらは男性よりも更に扇動的で、腰をいわしてしまうんじゃないかと勘違いする程に動かしていた。


「如何でしょう?」


 息も切らさず、汗一つない顔で訊ねてくるから、ダンスの事を置いておいた評価は高かった。


「い、いいんじゃない?」

「では踊りましょうか」


 今度こそ手を取ると信じ切ってまた伸ばされる。一体何が目的なんだこの男。

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