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弟と感傷とダンスと(4)

「どうしてそれを私に?」

「んー、あたしだけグウェンの内情を知っているのは公平じゃないかなって」


 グウェンの死の運命を回避するにはグウェンの内情を、知られたくない部分まで理解しておかないといけないし、それをグウェン本人の口から話させないといけない。

 確かに最初は嫌な悪役令嬢だなって思っていたけど、同情の余地がないと等思ってもいない。話を聴く限りは、グウェンが不器用なだけにしか思えない。


「モモカらしいですわね」

「あたしを知った気でいるんだ」


 意地悪く言ってみせると、ものともせずに胸を反らした。


「えぇ、モモカも分かりやすい方ですわよ。愚直で好戦的で単細胞で言葉遣いが荒々しくて意味不明な理論を展開したがりですわ」


 悪い言葉しか聞こえてこないので言い返そうとすると。


「そして何より、思いやりがありますわ」


 自信満々にグウェンが口角あげて言った。


「貴女、協調性がないって言いましたが、協調性の無い人間が、長年話していなかった姉弟の仲を取り持ったりできると思っていまして?」

「いや思ってはいないけどさ、あたしのおかげじゃないじゃん。実際あたし手助けしただけだし、話したのはグウェンじゃない? 自惚れになっちゃうわ」

「自惚れなさいな! 私の背中を押したのは貴女ですわよ! 私はモモカの叱咤激励に力を貰いましたのよ! 私に力を与えたのに、それがさも嘘のように言うのは失礼でしてよ! グウェンドリン・ド・ラインバッハを動かしたと自惚れるのが当然の権利ですわ!」


 グウェンの言葉に面食らってしまう。あたしがセンチメンタルになっているから、元気付けようとしてくれているんだろう。センチメンタルにはなっていたので効果覿面だけど、その理論はあまりにも意味不明で、とってもグウェンらしい理論であった。だから破顔してしまった。


「ぷっあっはっはっは」

「な、何がそんなにおかしいんですの?」


 あたしがどうして笑っているのか分からないグウェンは訊ねてくる。


「いやだって、人に意味不明な理論とか言っておいて、自分も言ってんじゃん。あははどの口が言ってんだよ。ふふふ」

「だっ…どこが意味不明ですのよ! モモカの言葉は人を動かす力があるのですわ! そんな力があって、人を動かしておいて自惚れないなんて、不敬、そう! 不敬ですわ! 私ほどの人間を動かしておいて、それは不敬ですわ」

「あっはっはっはっは、あんたって、本当にご令嬢様だ」

「そ、そうですわよ! なんですの!? どうしてそんなに笑っていますの!?」


 励まし方が悪役令嬢だって言ってやりたいけど、言ってあげない。代わりにこの言葉を捧げよう。


「グウェン。あたしあんたの事好きだわ」

「すっ……すぅ?」


 笑うのをやめて真面目に言うと、グウェンはすを反芻していた。


「だから絶対に運命を変えてあげるよ」


 あたしは運命共同体と言っていても、どこか俯瞰的に見ていた。いつもの癖で助っ人のような感覚で、グウェンと関わっていた。違うのだ。あたしも当事者で、あたしの人生でもあるんだ。簡単な事過ぎて、気付いていなかった。


 あたしは約束の証にグウェンに手を差し出す。


「よ、よろしくおねがいしますわ」


 顔を真っ赤にしたグウェンは、恐る恐ると手を取ってくれた。触った感覚が無くても、これは証になるだろう。

 だって心に刻んだもの。


「そ、それで好きってどういう」


 もじもじと身体をくねらせて恥ずかしそうに訊いてくるグウェン。

 親友として好きの意味だってのに、まさかグウェンは恋人とかの好きと勘違いしている? 可愛いなこいつ、揶揄っちゃお。


「そりゃあ。好きは好きだよ」

「だ、だからどういう」

「好き好き好き好き好き」

「ご、誤魔化さないでくださいまし!」

「言葉にしているのに態度じゃないと駄目ってこと? しょうがないなぁ」

「えっちょっ、そういうことでは、待ちなさいな、待ってください、待って」


 後ずさりしていくグウェンを前進して別館の壁へと追いつめていき、背後が窓になってグウェンは観念したのかギュッと目を瞑った。

 グウェンは案外押しに弱いタイプだと言うことが分かったので、揶揄いの締めに種明かしをしてやろう。


「好きだぁっぷっ!?」


 窓を片手で押さえて「親友としての好きだよーん」って言おうとしたら、窓が開いて前傾姿勢になって、グウェンをかき消して窓の奥にいた人物にぶつかった。


「いったぁ……なんで窓が開い……」


 あたしの目の前は黒い視界があって、それが人の胸板だと理解して顔を上げると、碧。室内の光を取り込みながらも、深みのある水底にいるかのような隻眼の碧い瞳が、あたしを見下ろしていた。


 この眼の持ち主はミステリアス&ホラーイケメンのヴィクトルの眼だと瞬時に判別した。ただあたしの身体は退かなければという意思に反して、恐怖で硬直してしまう。そのせいでただ瞳を見ているだけなのに、奥へ奥へと引き込まれる合わせ鏡を見ているような感覚に頭も混乱してくる。


「グウェンドリンお嬢様」


 混乱した頭の中に冷酷な印象に残る声が、百足のように這って侵入してくる。頭の中かき乱されながらも、凝視しているせいで口の動きも、表情も見逃さなかった。


「私の事が好きですか?」


 そう莞爾に微笑んでヴィクトルは言ったのだった。


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