弟と感傷とダンスと(3)
グウェンの形相は変わらないまま、スタンダード種目とやらを一通り踊り終えた。流石に集中しながら連続で踊ると疲れて肩で息をしてしまう。
それにしても体力は無いと言う割には踊り切れたのが不思議だった。
あたしが宿ったから、あたしの体力が持ち越しになったとか? まさかそんな二週目持ち越し機能だけが都合良く用意されていた! …な訳ないよね。
これが悪役令嬢転生だという苦い現実つを噛みしめつつ、隣で腰を下ろすまいと、膝に手を置いて汗びっしょりであたしよりも疲れを見せているカミーユに視線を移す。
「お二人共流石です。特にカミーユ様は踊り切れたことが優れた才があるとヒシヒシと感じました」
「あ…ありが………とう………」
ヨランダは用意していたタオルでカミーユの汗を拭きながら褒め称えた。カミーユは言葉を返すのも、自分で汗を拭くのも辛そうだ。なんかグウェンも混じって汗を拭いているんだけど、それは無視しておく。
「ねぇあたしは?」
「お嬢様は……やはり不調ですか?」
褒め待ちだったのに一向にカミーユの世話を止めないヨランダに耐え切れず問いかけてしまった。
しかしヨランダは眉を顰めて言うのだ。
くそう。元のグウェンが出来過ぎていたせいで、ド素人のあたしが付け焼刃の動きをしても、それと比較されて不調と見なされてしまう。頑張ってやっているのに評価されないのは、く、悔しい。
心中察したグウェンがホホホと小さく笑っているのも悔しさが積もっていく。
「ぐぬぬ………もう一回踊る…」
「何を仰っているのですか、陽も傾いています、今日はもうお終いです」
「だ、だって、まだどの曲で踊るかも決まってないし」
「カミーユ様の状態を見て本気で言っていらっしゃるんでしたら、旦那様に本日の報告をしっかりとさせてもらいますよ」
カミーユはどう見ても体力の限界だ。
「お、俺なら大丈夫です。姉上の気が済むまで付き合います」
そう言って膝を伸ばして立ち上がろうとしたらふらついたので、ヨランダが肩を掴んで支えた。
「モモカ、煽ったのは謝りますわ。ですが社交ダンスは独りよがりになってはいけませんわ。パートナーを気遣ってこその社交ダンスですわよ。協調を育まないと、貴女が力つけたい魔力も増長しませんわよ」
グウェンが説教と言う冷や水をかけてくれた。
おかげで冷静にはなれた。
「ごめん。今日はもう終わりにしよう」
焦りよりも、自分の弱さに辟易した。
「では曲は明日に持ち越しですね。お二人共今日は安静にお過ごしください。カミーユ様は、私と共にお部屋に参りましょう」
「姉上は…」
ヘロヘロな身体なのにあたしの方を心配そうに子犬のような目で見つめてくるカミーユ。
「あたしは大丈夫だよ。また明日ね」
カミーユを安心させる為に笑顔を作って言う。
「姉上…」
「もう、大丈夫だってば。うりうり」
それでもまだ表情が落ち込んでいるので、頭を雑に撫でてやる。汗で湿った髪の毛の感触と、フローラルな香りが漂ってきた。
「俺…いいえ、また明日」
何かを言い淀んでいたが、結局は言わずに別れの挨拶をして、ヨランダの肩を借りてカミーユは行ってしまった。
今日はイザークも屋敷にいないので全員で食事をすることもないから、カミーユと顔を合わせるのはまた明日なのだ。
「で、何してるのグウェン」
あたしの手に近づいて嗅いでいたグウェンに言うと、慌てて取り繕って。
「な、なにも、なーんにもしてませんわ」
なんてバレバレな嘘をつく。多分だけどカミーユの匂いを嗅いでいたに違いない。五感がないから意味のない行為だし、無いと言っても手を嗅がれるのはちょっと拒否反応はある。
「まぁいいよ。それよりもさっきはありがとね」
「あら素直ですわね」
「そりゃあね。あたしが悪いもの」
グウェンは意外という顔をしているが、悪いと思ったら謝るのがあたしである。
「あたしは見たものや動きは一回でできるから、まぁ大抵のことは直ぐに人並みにできた訳」
タオルで髪の毛の中に溜まった汗を拭きながら話し始めた。
「だから学生の頃とかは部活動とかで即戦力として期待されるのよ。でも言ったとおりに伸び悩むのを知っているから、助っ人程度で終えていたのよね。それが大人になっても癖付いちゃってさ、仕事はするんだけど、人の輪に入っても助っ人感覚なんだよね。部署だ、チームだ言われても、いまいちピンと来なくて、まぁ浮いていたよね」
頭を振って髪の中に風を取り入れて靡かせる。
「趣味も異世界転生異能バトルの創作を読んだり見たりすることだし、格闘技も個人主義のところだったしね。言葉として協調性は理解しているつもり、だけど、言葉通りにはいかない。やっぱどこかピンとこないし、ズレてる。あたしってそういう奴なんだ」
グウェンは黙ってあたしの自分が語りを聴いてくれた。




