弟と感傷とダンスと
「ここでサイドロック、フォーラウェイリバース&スリップピポッドです。いいですよカミーユ様お上手です」
「キャーッ、流石はカミーユですわ! 数回やっただけでできるなんて天っ才ですわ!」
ヨランダに教わりながらカミーユはダンスのステップを軽々と熟していく。そんなカミーユに対して間近で熱烈に黄色い声援をあげているグウェンをちょっと離れたところからあたしは見ていた。
「では休憩にしましょう。お嬢様、いつまでそちらにいらっしゃるおつもりですか?」
一通りに教わったところでカミーユは汗を拭って飲料を飲んで、こちらを一瞥したので目が合った。
互いに風呂場でのことを思い出して顔を背けた。
現在、カップルで踊る前に、ヨランダ特別講師にどれ程の基礎があるか確認してもらっている最中。
あの後に確認したら、風呂には誰も入っていないと勘違いしたカミーユが入ってきただけで、グウェンの思惑通りの事が起こっただけだ。一応練習が始まる前にお互いにぎこちなく謝罪をした。
弟馬鹿なグウェンは恥ずかしがることなどないとか言って、人の気も知らないでいる。恥ずかしいのは時間が経てば薄れていくけど、気まずいったらありゃしない。
「お嬢様?」
それに友人と称した人間の弟を意識してしまっている自分が専ら恥ずかしい。現代では男友達なんてそれこそ全部舎弟みたいなのに思えていたのに、ただ一糸纏わぬ姿を見られただけで、それとなんら変わりない人物を意識してしまっているのは、自分がそんなにも純情乙女だったのかと落胆して、もっと言うと不甲斐なさもある。
だって異世界転生したら外で水浴びとかする訳じゃん。その練習とかしたんだよ。なのにこれだよ。落胆もする。
「お嬢様」
いやいや待て待て、落胆するのは大目に見よう。だけど誰だって裸見られたら気まずいじゃん。同性でもいきなりだったら気まずいわ。グウェンが馬鹿で阿保で悪役令嬢だから一般常識から外れておかしいだけで、あたしのこのモヤモヤとした羞恥心は至って正常なんだ。そう、カミーユの反応からしても異常なのはグウェン。これは互いに正常な反応をしている。
「お嬢様!」
「はい!」
ヨランダがあたしの目の前で大声で呼んだので、正常に戻った心の背筋を伸ばして返事した。
「本日も調子が悪いのでしたらお止めになりますか?」
「いいえ止めません! 元気元気です!」
腫れそうになるくらいに自分の頬を叩いて気合を入れなおす。
ヨランダは痛そうな顔をしてから会話を続けた。
「でしたらよろしいのですが…とりあえずこちらにいらしてください」
ヨランダに着いていき、さっきまでカミーユが踊っていた場所へと移動する。カミーユは三人分くらいの間隔をあけて隣に来た。
「お二人共、どの曲で踊るかは決めているのですか?」
カミーユを見てから、グウェンを見る。グウェンは両手を軽く上げて首を振った。
「決めてない。てか舞踏会ってなんか勝手に曲が鳴ってない?」
楽団の生演奏の中、勝手に貴族たちが踊っている。そんな庶民的なイメージが強い。
「大まかにはそうですが、ワルツであったりタンゴであったりと変えることを事前に伝えていたらできます。なので、自分達が得意な曲で踊った方が、より見栄えもよくなるものです。一通り教えるつもりではありますが、如何せん時間がありませんので、どの曲がお二人に合っているかを確かめて練習した方が効率がよろしいかと」
「ふーん。あたしとフィリップは確かーえーっと」
「スローですわ」
どんな曲で踊っていたのか訊きたかったのでワザとらしく考える動作をして、グウェンに問うと嫌そうに答えてくれた。
「そう! スローだったね」
「スローは文字通りにゆっくりなので初心者には優しいですが、ゆっくりなので細かい所作の出来不出来が顕著に出ますね。単純にワルツを練習した方が私は良いと思っていますが、カミーユ様やお嬢様の意見は如何でしょうか」
ヨランダに話を振られて、踊って勝てるならば何でもいいあたしはカミーユを見てみる。その視線に気がついて自信無く。
「私は…姉上が踊りたい曲で大丈夫です」
そう俯きがちに言った。
「モモカ、ダンスの曲決めはペアの相性を増長させるものですわ。決して独りよがりに適当に決めてはいけませんわよ」
勝手に一人で決めるなと釘刺してくるグウェン。カミーユの事になると顔が悪役令嬢になるんだから。
一応はダンスを師事してもらっている立場なので、意見を受け入れることにしよう。
「うーん。それじゃあ一回一通りに踊ってみよ。それでカミーユの印象が良かったのがあったり、複数あったらその中から選ぼう」
「ではそうしましょう。舞踏会ではスタンダードの曲しかかけないようですし、それらをしていきましょう。まずはワルツからですね」
ヨランダが手を叩いたので、生徒の二人であるあたしとカミーユは基本姿勢になった。なったけど、若干身体が離れていた。あたしが離れているんじゃない、カミーユが離れているのだ。そりゃああたしも恥ずかしさはあるけども割り切っている。
「あら~あらあらあら~、カミーユったら私と手を取り合うのを恥ずかしがっていますのね~、そうですわよね。分かりますわ。私も初心な頃はあのカス男と手を取り合うのが恥ずかしかったですもの…今では忌々しい記憶ですわね」
最初はカミーユに対して甘い声で喋っていたのに、急に頬の緩みを戻して真顔で冷静に言うもんだから怖さが二倍増しだった。フィリップに対しての恋慕があったのかと訊こうと思っていたけど、あんまり触れない方が良さそうかも。傷心とかそれのレベルじゃない。
「カミーユ。オトウサマにカップルになりたいって言ったんでしょ」
ヨランダがカミーユに注意しようと寄ってこようとした時に、あたしは来させないために言った。
「は、はい」
「だったら今は私情は捨てて、あたしだけに集中して」
身長がほぼ一緒――あたしの方が少し大きいけど、目と目がよく合う。だから、おどおどとして自信無く恥ずかしそうにしていたカミーユの目に、強い光が宿ったのを見逃さなかった。
「すみません姉上。俺、やります」
そう言うと姿勢を正して、あたしの手を強く握り返してきた。決心や覚悟を決めた男の顔が好物なあたしは、それを間近で見れて内心ドキドキして、更には高揚していた。いかん私情は捨てなければ。
「ではいきますよ。ワンツースリー」
ヨランダの合図で私達は踊りだす。あたしは既に一通りに踊ったので細かいミスはあるかもしれないけど、通しで踊るのはなんてことはない。カミーユも覚えが早い方で、難なくステップは踏めている。
ただ、なんだろうか、この全能感が身体を支配する感覚わ。




