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風呂と危うさと異母妹と(4)

「あの子の何が危険なのよ」


 脱衣所でネェルの気配が消えるまで湯船に浸かっておこうと、また戻ってきて拗ねているグウェンに問う。


「言ってもモモカは信じませんもの」


 酷く冷たい目で言い放たれた。相当お冠みたいだ。


「……ごめんって。でも言ってくれないと信じようもないじゃない。ただ危険だって言われても、あたしからすれば漠然としているだけだよ?」


 と言うと、神妙な面持ちになり話し出しをポツリと呟いた。


「私の勘違い…でしたらいいのですわ。私が絞首刑に処されたのは話しましたわよね?」

「シュザンヌに謀殺されたってやつね。それがネェルと関係が?」


 グウェンは当時の様子を克明に話しだした。


「ネェルは離れた室内から第三皇子と共に絞首台に上がる私を見ていましたわ。私は偶々ネェルを見つけましたの、とっても、とっても悲しそうな顔をしていましたわ。私も、ふりとは言えネェルには散々酷い事をしてしまったのに、それでも憐憫の眼差しを向けてくれるネェルに心打たれましたわ。そして私の首に縄が巻かれましたの、いつ底が抜けるか分からない恐怖に怯えながら、忌まわしい記憶と、楽しかった記憶を思い出しながら、再びネェルを見たんですの」


 グウェンは言葉を詰まらせた。

 続きを静かに待った。


「ネェルは…ネェルは涙を目に貯めながらも、憐憫の眼差しを向けながらも、恍惚そうに笑っていたのですわ。次の瞬間に私の身体は宙に浮いて、強い衝撃の後に意識を絶ちましたわ。そしていつの間にか女神様の前にいて、今に至るのですわ………」


 沈痛な面持ちである。

 あたしもなんと声をかけるのが正解かを探していた。


「見間違い、勘違いならいいのですわ。ですが今でも明瞭にネェルの表情を思い出してしまいますの、さっきだってあの子の顔をまともに見られませんでしたのよ。あんな表情のネェルは私知りませんわ。今まで、今まで関わっていたネェルは一体誰でしたの? いいえ、いいえ!あの子は最初からあんな表情をする子だったのかもって……今でもそこは収拾ついていませんわ。だから…モモカにはネェルにあまり近づいて欲しくないのですわ」


 グウェンが感じ取った出来事は誇張されている訳ではないのだろう。あたしも会社のモニターがまだ頭から離れないのだ。今わの際の出来事は記憶にべったりと張り付くのは、互いに死んだ者同士で信頼できる。


 グウェンはその経験からネェルに恐怖している。

 だからさっきまで近づいて来る様子すら見せなかったのね。


「ネェルのことを危険だって言うのは分かったよ」

「ほ、本当ですの?」


 年相応の怯えた表情を少しだけ晴らした。


「うん。虐める気はないから、元々ネェルとは距離を取るつもりだったしね」

「そうでしたのね。よ、良かったですわ」


 ホッと胸をなでおろすグウェン。


「ただ、グウェン。あんたまだあたしに隠していることがあるでしょ?」

「へっ…隠し事?」

「ネェルを虐めているのが、ふりってさっき言ったでしょ。あんたがネェルを危惧するなら、一蓮托生であるあたしに隠し事は極力無しにしてほしい。かと言って明け透けに何でも話せって脅迫でもないからね。ただ謀殺に関わることは嘘偽りはなしにしよ」


 最初に言っておくべき事柄なのだろうが、ようやくグウェンの性質も分かってきたし、親睦も深まってきたので口にした。初めにルールを決めると堅苦しくなって、人間関係の気疲れを早くに起こしてあんまりうまくいかないのは経験談。


「…分かりましたわ。モモカは女狐にやり返すのではなく、ネェルに仕返しするのが卑怯だと言いましたわよね? それは私も同感ですわ」

「やりたくてやっていた訳じゃない。んだよね?」


 小骨のようにずっとつっかえていたグウェンの言葉を記憶から持ってきて復唱した。


「ええ。私、最初はあの女狐に対して仕返しをしていましたのよ。何が気に入らないのか授業を押し付けてくるので、普通の成果以上を上げていましたわ。そうして鼻っぱしを折ってやっていましたの。まぁそれも過労で倒れてからは出来なくなりましたけどね。女狐もお父様に厳重注意されて、私の身体に直接危害を及ばさず、周りを攻める陰湿な手段に講じるようになりましたの」


 そこまでは既に説明された事なので軽く頷いていた。


「それが三年くらい続いていたのですが、ある日ネェルが私に言ってきたのですわ」


『御姉様、どうしてやられっぱなしですの?』


「って、ネェルから見れば私は気丈に振舞って、大きな大人に負けじと抵抗する大人の女に見えていたそうですわ。まったく、どこを見てそう思ったのかは知りませんけど、とにかくネェルは私が一方的に女狐にやられているのが見ていられないと、言ってきたのですわ」

「それでネェルを虐め始めたってこと?」


 ズバリに言うと、グウェンは下唇を噛んでから話し始めた。


「そうですわ。ネェルの提案で、ネェルを対象にして虐めをして仕返しをすればいい。そうすれば私の気も晴れるし、女狐を見返せると言われましたわ。もちろん断りましたわよ。だってネェルは私と女狐の間には関係ありませんもの。そう言ったらネェルは」


『私の気持ちも晴れるのですわ。だからお気になさらずに御姉様は私を虐めてくださいな』


「と、笑顔で言ったのですの。私はまた断りを入れましたが、ネェルはまた同じように言うのです」


『私は御姉様が可哀そうなのは心が痛むのです。私で憂さを晴らして頂ければ、私の痛みも和らぐのです』


「なんて六歳の子供が言うには高尚な事を言われたのですわ。これは私が周りを気にせずに、あの女狐と対立するせいで言わせてしまっているのだと後悔しましたわ。だから、渋々受け入れましたわ。これがネェルを虐めている顛末ですわ」


 顛末を全て聞いて唖然としながらも、先程のネェルの不思議な態度に符号が合った。

 あれはあたしが虐めるのを待っていたんだな。そうなるとネェルはグウェンにだけ虐められることで、空虚な心を満たしている特殊な事情を持つ女子になるが、そこだけの点で見れば確かに危険ではあるか。


 何年もたって形骸化してしまった儀式のような事なので、ネェルの根本を形成していることだろう。

 つまり既に泥沼に嵌っている。カミーユのとは違う嫌な確執である。これを取り除くのは苦労どころか、現状では無謀かもしれない。


「大体分かった。話してくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそお耳汚しの話を真剣に聞いて頂きありがとうございますわ」


 グウェンの表情は晴れないけど、どこかスッキリしたように見えるのは、あたしの小骨が取れたからだろうか。


「とりあえず、あたしはネェルを虐めることもないから、近づきもしない。これでいい?」

「え、えぇそれで大丈夫ですわ。ですが…あの子はもしかしたら先程のように自分から来るかもしれないですわ」

「その場合はさっきみたいにあたしが臨機応変に対応するから安心してよ」

「安心…できませんわね」

「はぁ、そこは信頼して安心するところでしょ」

「だってモモカ、貴女のやることなすことを振り返ってみなさいな」


 やることなすこと振り返っても、結果的に解決しているし好印象しかない。何が不満なんだ。


「別に…安心していいじゃん」

「物凄い自己肯定感ですわね! 私、毎回ハラハラしていますわよ!」

「人生波乱万丈で楽しそうでいいね!」

「誰のせいでそうなっていると思っていまして!?」


 とかなんとか辛気臭い空気と湯気を払いつつ、流石にのぼせてきたのであたしは風呂から上がって脱衣所へと向かう。


「退屈させないようあたし頑張っちゃお」

「程々にしてくださいまし。お父様に叱られるのは寿命が縮みますわ」

「それは……そうかも」


 オトウサマはどこでも怖いものだし、叱られるのは嫌な事だ。


 脱衣所への扉を開けると、丁度反対側の扉が開くところであった。その扉の奥から顔を覗かせたのはカミーユだった。


 頭に巻いていたタオルを取って肩にかけて、反対の手は扉を開けたまま、真っ裸で大股開いた状態での対面。カミーユは目を見開きながら固まってしまった。そのまま扉が勝手に閉まっていき、あたしだけ脱衣所に残される。


「あらあらカミーユ恥ずかしがらずに一緒に入ればよろしいですのに」


 弟に裸を見られたのにそんな風に言えるグウェンがある種羨ましかった。


 あたしにとっては異性に裸を見られたのと同義なので、この身体全身を覆いつくすような熱は、風呂で溜め込んだ熱ではないのは明らかである。


 もうお嫁にいけない。


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