風呂と危うさと異母妹と
それからは三日間、自動ロボットのように言われたことをして、やることをやって、なんとか謹慎処分期間を何事もなく過ごした。
四日目の朝にイザークから呼び出しがあったので、ここ三日で身に着けた慎ましやかな態度で入室した。
「おはようございますオトウサマ」
「おはようグウェン。しっかり反省はできたようですね」
「はい。己の蛮行を悔いて悔いました。心洗われました」
結局三日間ダンスの練習はできなかったので、生前のグウェンが茸を食べて寝込んだ期間を過ごしてしまったのだ。二日酔いが治った後に基礎をこれでもかと叩きこまれたけど、頭で理解しても結局は身体で覚えなければ意味がない。
「カミーユとはうまくやれたようですね」
「はい。だけどカップルは断られました」
ヨランダとしか会えなかった三日間、カミーユからの返事はなかった。
「そのことですが、カミーユとカップルを組んでもらうことにしました」
「えっ!? だってカミーユは嫌だって……カミーユが了承したのですか?」
酔う前の記憶が正しいならば断わられている。もしかしてあれも酔っていた?
「カミーユも社交界で踊る年齢ですからね。丁度良い機会なので提案したまでですよ。最初は渋っていましたが、ある可能性を告げたら了承してくれましたよ。なのでカミーユを想うなら、変な気遣いなどせずにカップルを組んであげなさい」
四日前に会った時よりも若干元気がないイザークは力なく微笑んだ。
全然違った。でもでもカミーユとカップルが組めるなら、結果オーライだ。
「え、だったら最初からオトウサマが言ってくれれば…」
「何か言いましたか?」
「イエ! ナニモ!」
絶対聞こえてる呟きなのに聞こえないふりして返してくるのは怖い。
「お父様、お元気がないですわ」
グウェンから見てもやっぱりイザークの元気はないようだ。クマもあるし、白髪が増えた気がするし、ほうれい線を強調する皺も濃くなった気がする。
「オトウサマ、ご飯はちゃんと食べていますか?」
「ははは、最近は忙しくしていましてね。心配しなくても食べていますよ。そんなに疲れているように見えますか?」
「かなりやつれているように見えます」
「お転婆な子らに振り回されているからかもしれませんね」
「ご、ごめんなさい」
自覚大有りなので肩身が狭い。
「責めていませんし、謝ることではないですよ。子は親に迷惑をかけて良いのです。親はその迷惑が新たな行動力になるのですからね。ただし分かっているとは思いますが、度が過ぎるのはよろしくありませんよ」
「き、肝に命じていますとも」
「つまりモモカのせいで、お父様は仕事が増えてやつれているのですわね」
これまでのトラブルメーカーのお前が言うなお前が!
「グウェンとカミーユのダンスを楽しみにしていますよ」
「頑張ります! と、いうことは謹慎は終わりですか?」
「本日付で謹慎を解きます。清く正しく、ラインバッハ家の名に恥じない様に過ごしてください」
「やった! グウェンドリン・ド・ラインバッハ謹んで家名に恥じない日常を過ごすことを確約します!」
「大言壮語にも程がありますわね」
一々小言を言ってくる奴だな、もう。
一通りの挨拶をしてからイザークの部屋を後にして、ある場所へと大急ぎで支度をして向かった。
あたしは謹慎が解けたら、いの一番にしたかったことがある。
それは………風呂に入ることだ。
謹慎中、髪は解いてもらったり、微妙な湯でつけ洗いしてもらい、香を焚いてもらっていたけど、そんなんじゃべた付きや臭いの元はとれない。癒しとは言えない。
三徹生活でも、近くの銭湯に行って心も体も洗濯していたくらいには風呂は欠かせない存在だった。
「モモカって案外綺麗好きなのですわね」
脱衣所で脱ぎにくい衣服を慣れない手つきで脱いでいるとグウェンに心外な事を言われた。多分グウェンはあたしのことを獣か何かだと思っているに違いない。
「案外で悪かったわね。あたしの世界では一日でも風呂に入らないと世間体では気味悪がられるおかげで、必然的に風呂好きか風呂嫌いのどっちかになるの」
綺麗好きとはちょっと違うけど、外靴で部屋の中に入る文化でもない。毎回脱ぎそうになる。
「ゆとりのある世界なのですわね」
皮肉で返すのか、真面に受け取るのか迷った挙句何も言わなかった。
衣服を全部脱いで生まれたままの姿になって、タオルを持っていざ出陣。
風呂場は旅館の風呂かと勘違いさせるほどに広く、洗い場の奥に湯気の立つ大きな風呂があった。
うざったいくらい長い髪の毛をタオルの中にまとめて、身体を洗って、かけ湯をしてから、熱い風呂にちょっと冷えている足先を入れ、程よく熱が回ってきたらゆっくりと全身を湯につけた。
「んー最高!」
じゅんわりと身体に熱が染み渡っていくのに元気をもらい、大きく伸びをする。朝なのに湯が沸いていて、入れるのって最高だな。
「そうですわねー」
隣でグウェンも服を着たまま入っていた。
「あんたって温かさとか感じるの?」
「感じませんわよ。気分ですわ気分」
「そ、そう」
そういう肌感覚の部分が無いのは可哀そうではあるな。
納得いくまで浸かってから、一度出て髪の毛を洗う。転生前のあたしはここまで髪の毛を伸ばしたことが無いので、まさか完全に洗うのに十分以上もかかるとは思いもしなかった。かなりてこずった。ドライヤーがないから乾かすのも同じくらい時間がかかる気がしてきた。
石鹸の泡を丁寧に落とす為に、締めに頭の上からお湯を被って、グウェンに愚痴と提案をする。
「だー、鬱陶しい髪の毛だ。散髪しよう。切っちゃおう」
「駄目ですわよ」
「駄目って言っても、これを毎日自分で洗うのは難儀する…ん? なんか声が高くない?」
顔にべっとりと張り付いた水分を含んだ髪の毛をかき分けて、返事をした方を向く。そこにはあたしと同じ裸んぼうで、屈んだ姿勢のままあたしを見つめている黒を含んだ赤茶毛の女子がいた。
返事をしたのはグウェンじゃない。グウェンはまだ風呂でぷかぷか浮いていた。
「御姉様の御髪は美しいのですから、切るなんて駄目ですわ」
この子がネェルと呼ばれているラインバッハ家の次女で、グウェンが虐めている異母妹。
張りのある肌に、子供ながらに肉付きはいい。愛くるしい程に丸顔で、目もグウェンとは違いくりんくりんに丸い、なのに鼻は鋭利で、口は小さい。黒赤茶の髪を肩まで降ろした可愛らしいお嬢様。
ネェルフアム・ド・ラインバッハだ。