歴史と不敬と女神様と
それから朝ご飯を持ってきてもらって、一心不乱に食べた。マナーが悪いと注意されたけど、細かい食事マナーまでは知らないから仕方ないじゃないか。
身体を拭くのは嫌がって抵抗してみせたけど、怠いし、動きにくいしで、最終的に抵抗虚しく服を脱いで拭いてもらった。貴族のお嬢様は水やお湯での手荒れやあかぎれの手を作るのは公の場での権力の指標になるから、自分で洗わないのだと小言を言われた。
謹慎処分と言っても、日々の勉強はあるようで、本日は歴史の専門家を呼んでの講習授業。
立つと膝が笑って動けないので、ベッドの上に簡易の机を作って優雅に授業を受けることになった。
まずはここがラリア皇国というのはグウェンから教えてもらっていたので、偉人がどうのこうのの授業の内容を無視して、成り立ちを質問をした。
ラリア皇国は建国三百二十年と一つの皇族が持つ国としては比較的に長い間国として保っている歴史ある国らしい。世界の国々五本指に入る国で国力も高く、富国だ。百年前に内乱や動乱の時代に巻き込まれたらしいが、三十年前にかなり落ち着いたようだ。それは今の王様がイザークや他の官僚と共に統治したからだ。
で、今は平和な時代みたい。
平和って言っても、表立った戦争はない代わりに、謀略はあったりするから、貴族階級で国の重役の娘になってしまったあたしも、歴史とやらの渦中に巻き込まれたってこと。
シュザンヌの謀以外にも気をつけなきゃいけないってことでもある。
それからはなんか長ーいこと、もっと前の歴史の話をされた。魔物がいて、魔物と交わった魔族がいた先史時代の話とか、昔の人類が実は今よりももっと高度な文明を持っていて遺物とやらを使っていたとか。魔術や魔法とは違う特別な術を持っていたとか。それはあたしがしたかった異世界転生の世界だったために、悔し泣きしそうになった。
授業が終わって歴史家が帰った後の、昼過ぎくらいに寝ていたグウェンがようやく起きた。
「ふわぁ、おはようございますわ」
「いいご身分だね」
「なにを当たり前のことを言っていますの」
皮肉が伝わらない……。
「てか幽霊が寝る必要あるの?」
「ありますわよ! みなさいなこのお肌の張りの違いを!」
ほっぺをずいずいと見せられても。
「わからんわからん。そんなことより、昨日あんたあたしの身体を動かしていたよね?」
グウェンが起きたらどうしても訊きたかったことを単刀直入に訊く。
あれは気のせいなんかじゃない。あたしの意思ではなく、グウェンの意思でこの身体は動いていた。
「そんなことよりって……でもそうですわね。私が動かしていたように感じましたわ。モモカどうやりましたの?」
「知らないよ、グウェンがしたことじゃないの?」
「わ、私も知りませんわよ。そうですわ、カミーユを想う二人の気持ちが奇跡を起こしたのですわ! そうに違いありませんわ! あぁなんて美しい事ですこと!」
両手握って天を仰ぐ夢見がちなグウェンを馬鹿にしようとしたけど、全くと言って的外れな事を言っていないので馬鹿にはできなかった。
あの時あたしも、カミーユの心をグウェンへと向かせるためにカミーユを想って行動していた。それがあの現象を引き起こしたなら、グウェンと両想いになればいつでもグウェンに身体の主導権を譲渡できるのではなかろうか。
「あんたの女神様? だっけ、何か詳しい事は聞いていないの?」
「詳しい説明? 私がもう一度やり直すチャンスを与える代わりに、私が助言者となり、私の魂と近い者の魂を入れて、つまりモモカの魂を身体に入れて、死を回避せよとしか説明されてませんわよ」
それだけだが何か? みたいなおとぼけ主人公の言い草で大事な事を言った。
「あたしがグウェンと魂が近いって?」
「分かりませんわ。似た者同士ではないですわよね。ありえませんわ」
「絶対それじゃん! あたしとグウェンの魂が近いから、想いが重なると同調して身体を渡せるんだよ! なんで早く言わないの!」
「そんなの知りませんわよ。そもそも魂が近いってなんですの!? 私は女神様の恩寵によって突き返されましたが、人は死んだらヴァルハラへと行くのですわ!」
あたしからすれば魂に意志が宿っていて、それが人を形成する根幹になるモノだと思っていた。じゃなきゃ転生なんてものを信じて生きていられないじゃん。グウェンは魂の概念がちょっと違うから重要だと思わなかったのかな。
「あたしもこれが絶対だっては言えないけど、魂の形が似てるってことじゃないの?」
「魂の形? 魂は物体ではありませんわよ!」
「比喩だよ比喩! 例えば丸型の魂とか三角型の魂があるとして、あたしとグウェンは丸型だったから引き合ったとかそんな感じだよ」
「魂が…丸型?」
意味が分からなくてより目になって間抜けな顔になってる。ダメだ、根本的な価値観が違うせいで、あたしの説明では埒が明かなそうだ。
「理論はともかく、あたしとグウェンが想いを合わせれば、あんたがこの身体を動かせるってこと!」
「………それは嬉しい事ではありますけど、女神様との契約違反になりませんこと? 私は助言者で、行動するのはモモカと仰っていましたわ」
「じゃあ何らかの罰が下るって訳? へっ女神様だかなんだか知らないけど与えてみろってもんだ」
あたしからすれば既にこの悪役令嬢転生が罰みたいなものでしょ?
「まぁ!なんてことを言うのです! 不敬ですわよ!」
「だーってあたしの神様じゃないもんね。あたしは勝手に説明もなく連れてこられた被害者だもん」
グウェンの女神様であって、あたしの神様じゃない。こんな悪役令嬢転生をさせる、御神体もない悪神を信奉しろって言うのがあたしの思想とは反りが合わない。
バキッっと、突然簡易机の真ん中が折れて、あたしの膝に直撃した。
「いったぁ! 何! 何で机が急に壊れるわけ!?」
膝をさすりながら折れた部分を観察すると、経年劣化からか腐っていた。
「ほら見なさい、女神様は見ていらっしゃるのですわ」
罰が物理的過ぎる……こんなの女神じゃなくて祟り神とかの一種だ。
ベキッ! っとまた激しめの音がして、今度はベッドが左へと傾いた。態勢が維持できなくて、あたしはベッドから投げ出されるように落ちて顔面で受け身をとらされた。
「うぎっ……」
鼻を赤くしながら原因を見ると、ベッドの脚が折れていた。心の中までもを読まれるようだ。
「ぐっ……でもこれであたしとグウェンが想いを重ねても罰が起こったとは考えられないね」
物理的な祟り――罰ばかりなので一概には考えられない。
「そうですこと? 結局カミーユにはカップルを断られていますし、体調は不調ですわよね?」
「む、それは…偶然かも」
「重なれば必然にもなりますわ」
やけに食い下がってくるな。
「グウェンは自分の身体に戻りたくないの?」
「戻りたいですわ。ですけど、女神様の意思に背いてまで戻りたいとは思いませんわ」
あぁなるほどね。あたしが異世界転生を信じるのと同じくらい信奉心が厚いんだ。
グウェンの踏みにじられたくない部分をあたしは気安く踏んでいたのか……。
「わかったよ……さっきはグウェンの女神様のこと悪く言ってごめん」
「いいのですわよ。女神様もきっとお許しになられますわ」
笑った膝で必死に立ち上がっている最中に、ご飯の食器を片付けに行っていたヨランダさんが帰ってきた。
それで部屋の惨状を一瞥してから、あたしを冷たい目で見てきた。
「お嬢様。そんなにこの生活が窮屈なのでしたら、別の部屋にご案内することを旦那様にお願いしておきましょう」
「待って! 違うの! あたしが自発的に壊したんじゃない! 偶発的な罰が当たっただけなの!」
「遠慮しなくてもいいんですよ? この部屋よりは多少は狭いですが、物はなく、殺風景で、冷たくひんやりとして、考えを改めさせて落ち着きを取り戻せる部屋ですから」
懲罰房だねそれ!
これも女神様の罰って言うならば、もう一切契約違反行為はしないことを誓います。あと悪口も言いません。だから頼むので自習室とやらの懲罰房行きは許してください。お願いします。謹んで、謹んでお願い致します。
必死に謝って、折れた原因を見せたら自習室行きは無しになった。