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弟と確執とシュークリームと(4)


「そう…俺は卑怯なんです。姉上を置いて逃げた後も、ずっと姉上を避けて、姉上が歩み寄ってくれても怖くて拒絶した! 俺は卑怯な男です!」


 どうやらカミーユには活は入らなかったみたい。残念ながら、叱責と捉えてしまったようだ。

 あたしはもう見守るだけ、これは当事者間の問題。だからあとは頼んだよグウェン。


 グウェンはカミーユを抱きしめた。それは母が子を安心させるために、子へと羽衣をかけるかのような抱擁だった。

 あたしもグウェンに重なるように同じ行動をする。


「姉……上?」


 グウェンは黙って抱きしめながらカミーユの頭を愛おしく撫でた。


「違いますわよ。カミーユは卑怯ではありませんわ」


 本日一度も聞いたこともない優しい声だった。こんな声だせるか、と思っていたら勝手に口が動いて、遜色ない声を出していた。


「カミーユ、貴方、部屋の中でずっとお勉強をしていたのですわね? さっき部屋の机に経済の本と積み上げられたノートの山を見ましたわ」

「それはただ父上の跡を継ぐための勉強で」

「そうですわね。偉いですわ。でも本当は早く一人前になって、独り立ちして心配ない姿を私に見せたかったのですわよね。そんな思いやりをしてくれるカミーユがどこが卑怯と言えまして?」

「なっ…なんで……なんで分かるんですか」


 カミーユは自分のこれからの行いを言い当てられて動揺していた。


「分かりますわよ。だって私は」


 小さく溜めて。


「カミーユの姉ですもの」


 当たり前を含みつつ慈しむように言った。


 その一言はカミーユの深い傷には致命的だった。傷が深かったからこそ、傷の奥から感情という血が留めなく溢れ出して、カミーユの涙腺を決壊させた。


「ごめんなさい。姉上、ごめんなさい」


 カミーユはグウェンの胸に顔を埋めるように泣いて謝った。


「いいのですわ。いいのですわよ」


 子供をあやすように撫でて、その優しさに生まれたてのような裸の心で触れたカミーユはもっと声を上げて泣いた。

 姉弟が共に傷つけあった傷をようやく治し始めた瞬間だった。


 カミーユが落ち着くまでグウェンは抱擁も愛撫もやめなかった。

 カミーユが落ち着きを取り戻した頃にようやくあたしの身体は自由になった。


「落ち着いた?」

「はい…すみませんみっともないところを見せてしまいました」


 あたしの胸から顔を埋めるのをやめて、泣き腫らした顔で律儀な事を言う。


「なーに言ってんの、醜態見せてこその家族でしょ」


 久々に自分の口で喋ったような感覚で、グウェン程ではないが朗らかに笑って言うと、カミーユに驚いた顔をされた。

 おんや? 言葉の選択を間違えたか?


「そうですね」


 ちょっと間があったけどカミーユは砕けた笑いで返してくれた。どうやら取り越し苦労だったみたい。

 ホッと一息をついたあたしの視点はカミーユが持っている箱に移動した。


「そうだシュークリーム食べよ! ほら開けて開けて」

「は、はい」


 もう出来立ての香ばしい匂いはしないけど、とっても美味しそうなシュークリームを箱の中から取り出した。汚れた手でも気にせず食べれるように、紙ナプキンを入れてくれている気配り上手なジョンには感謝しないとね。


「私の分はありませんの?」


 指を咥えながらグウェンが覗き見ていた。ある訳ないでしょうに。そもそも幽霊なんだから食べなくてもいいでしょ匂いで我慢してなさい。


「姉上が俺の好物を覚えていてくれて嬉しいです」

「当ったり前ですわ!」

「……忘れる訳ないでしょ。さ、食べよ」


 グウェンも元気になって何よりだ。

 カミーユは昔を思い出してシュークリームを頬張って、甘さに感激して、あたしの顔を見てきた。口にクリームついてたら取ってやると、恥ずかしそうにしていた。実の弟じゃないのに実の弟に思えてきたな。これが母性が擽られるってやつ?

 

 姉弟は昔に戻って止まっていた時間を動かした。その報酬と言ってはなんだが、あたしは夜景を見ながらシュークリームを食べるという、久々に羽を伸ばした乙な時間を過ごせて満足だ。


「夕食前に食べちゃったら叱られそうですね」


 ほぼ完食といったところでカミーユがおどけて言う。


「どうせ叱られるんだし気にしない気にしない。もう一個食べちゃおっかな」


 疲れた身体に糖分が染み渡るんだよね。何気に転生してから初めて口に食べ物を入れている気がする。


「いけませんわよモモカ! これはカミーユの為に作ってきたのですわ! 残りはカミーユのものですわよ!」


 手を伸ばそうとしたらグウェンに止められた。まるであたしが卑しい人間みたいじゃないか。


「姉上……食べますか?」


 最後の一個をおずおずと差し出してきた。グウェンに心底軽蔑した目をされているんだけど。あたしが悪いのこれ。


「は、半分こにしよう。ね、半分こ」

「そうですね!」


 カミーユがシュークリームを器用に半分に割って手渡してくれた。グウェンがそれなら許すとの頷きをする。なんなのこいつ。


「あの……姉上」

「ん? どしたの?」

「姉上はヴァロウヌ卿とカップルを解消されたのですよね?」


 あたしのシュークリームを食べる手が止まった。

 グウェンへと視線を移すと、間抜けな顔同士で視線が合った。


「あのすみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが、聞こえてきたものですから」

「そうだよ! カップル! カップルカップルカップル!」


 カミーユとグウェンの仲を取り持つことに集中し過ぎていて失念していた。


「ど、どうされたんですか」


 いきなりのカップル連呼にカミーユも戸惑いが隠せていない。


「カミーユ!」

「は、はい!」

「あたしとカップルを組んで!」

「へぇっ! お、俺が、姉上とカップル!? むむむ無理です!」


 当初の目的をようやく言えたのに断られた。


「なっなんで!?」

「見つけましたよお嬢様」


 あたし達の後ろからようやく探し当てたヨランダが割って入ってきた。


「ねぇカミーユなんで!? どうしてあたしと組んでくれないの!?」


 了承してくれないカミーユの肩を大きく揺さぶる。

 なんか頭も体もポカポカして、自分が何やっているのかわかんない。


「お嬢様!」

「組んで組んで組んで! あたしとカップルを組んで!」

「失礼しますお嬢様」

「きゅっ」


 ヨランダがあたしの意識を奪う行動をしたのだろう。ストンと瞼が落ちて目の前が真っ暗になった。


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