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弟と確執とシュークリームと(2)


 シュークリームが出来上がるまでダンスの基礎を少し教えてもらって、焼き上がりのいい匂いがしてきたので厨房で出来立てほやほやのシュークリームを受け取り、再びカミーユの部屋の前までやってきた。


 さっきまで鬼教官のような態度であたしに教えていたグウェンは、胸に手を埋めるようにしながら、不安そうな顔をしている。


 あたしはグウェンの背中を叩いた。もちろん煙のようにスカッと空をきっただけだけど、それでも活を入れてやった。幽霊に活とはこれまたおかしい話。


 驚きの瞬きをしたグウェンが決心して力強く頷いた。


「カミーユ。お姉ちゃんだよ」

「………」

「今度はね、シュークリームを持ってきたんだ。一緒に食べよう」

「……姉上、帰ってください」


 シュークリーム作戦失敗に終わるの巻き。でもめげないあたし。


「カミーユと一緒にお話ししたいなぁ」

「お…私はしたくありません。お引き取り下さい」

「ジョンが腕によりをかけてシュークリームを作ってくれたんだよ。カミーユシュークリーム好きだったでしょ? 出来立てだよ、いい匂いだよ」


 扉の隙間からシュークリームの香ばしいクリーミーな香りを入れてやる。こんな香りを部屋に充満させて我慢できるはずがない。あたしだったらすぐ出てくるね。


「止めてください! 父上に言いつけますよ!」


 父上は禁止単語だろ……。グウェンもこの禁止単語を言われて身体をビクつかせて怯んだ。

 あたし程度が思いつけるのだ、グウェンもどこかでカミーユとちょっとでも仲直りしようと、強引な手段を用いても実行した。そこでこの禁止単語を出されて怯んでしまい、それ以上発展しなかった。のかもしれない。


「どうしてあたしとそんなに顔を合わせたくないの?」


 グウェンとカミーユは顔を合わせることが殆どない。

 家と仕事場を行ったり来たりするイザークが、この家に帰ってきた時に家族全員で食事をする時くらいだ。そこでは他愛会話も殆どないし、取り繕った会話しかなく、全員いるのになんとも寂しい食事なのだとこと。家族で食事をしている事実がせめてもの救い。


「………」


 言葉は返ってこなかったが、それが答えに近しい沈黙なのは理解した。


「もう………放っておいてください」

「そうはいかないよ」

「放っておいてください!」


 初めて聞いた大声と共に扉に何かが投げつけられた。音で予測すると枕かな。


「モモカ、お父様も言っていたことですし、後日改めましょう」


 見るからにしょんぼりと意気消沈状態のグウェン。


 あぁこいつら本当にじれったいな。


「グウェン。扉と窓ってどっちが値段高いかな?」

「え? と、扉だと思いますわね。どいうことですの?」


 答えをきいたあたしはシュークリームの入った箱を扉の前に置いて、中庭へと向かった。


「ま、まさか!」


 中庭に向かっているのが分かったグウェンはあたしが何を実行しようとしているかに気がついた。


「ま、待ちなさいな! お父様に叱られますわよ! さっきの倍は怖いですわよ!」


 怒り肩で歩くあたしを引き留めようと、目の前でそんなことを言う。


「叱られるのは嫌だし、怖いのも嫌」


 成人済みでガチ説教とか虚しすぎて泣きたくなる。


「ですわよね! 考え直しなさいな。後日に持ち越しましょう!」

「けどこんな曇った気持ちを持ったまま日を跨ぐのはもっと嫌!」


 そう。説教は一過性のものだ。大声で泣いたら気も晴れる。だけど、これはそんなのでは解決しないし、解決しなければならない。


「んなっ! 我儘ですわ!貴族令嬢がしていい我儘ではありませんわよ!」

「我儘上等! あたしは悪役令嬢のグウェンドリン・ド・ラインバッハだもん!」

「へ、屁理屈ですわ! この! 力づくでも止めてみますわ!」


 例え実態があったとしても、グウェンが傷や命を恐れないくらい本気で止めない限りあたしに敵う訳はない。


 カミーユの部屋からは中庭の奥の広場を見渡せる。

 カーテンで閉め切られた窓がカミーユの部屋とは練習中は思いもしなかった。カミーユの部屋に行ったからこそ、そこがカミーユの部屋だと判別できた。


 カミーユの部屋の窓から数歩距離をとってから、あたしは深く大きく息を吸ってから叫んだ。


「カミーユ! 窓から離れて!」

「や、やらせませんわよ! モモカ!」


 駆けだして、立ちふさがったグウェンを突き抜け、窓の前で両足を地面につけて飛び上がった。窓の上部の淵に捕まって曲げた膝を思いっきり伸ばした。


 バリン! パラパラ……スチャッと、窓を割ってから腕の力を使って半回転し、ガラスを踏みながら着地した。


 閉め切られていた薄暗い部屋に夕焼けが差し込んだ。扉の前で燃えるような赤い瞳が入った双眸を見開いて、こちらを注視していた。グウェン似の男の子だ。癖っ毛の金髪が夕焼けを反射させていて、あたしとお揃いだった。


「これでやっと話せるね」


 腰に手を当てながらそう言うと、カミーユは口を開けては締めてと、言葉を詰まらせていた。


「モモカ! 貴女! 無茶し過ぎですわ! カミーユが怪我していたらどうするんですの! カミーユ、怪我ありませんか? あぁ御髪が乱れて怖かったですわよね」


 グウェンはあたしに強い目つきを向けてから、カミーユへと近づいて慈しむようにカミーユの肌にガラスの切り傷がないか探しつつ、頬を撫でていた。そういうとこだよグウェン。


「あ、姉上…なんで」


 ようやく思考がまとまったカミーユが話し始めた。

 だけどあたしの大声と、窓が割れた音で使用人たちが何事かと駆けつける足音が屋敷の中からも外からもしていた。


「とりあえず、行くよ。扉の前のシュークリームの箱取って!」

「え、あの?」

「ほら! 早く!」


 あたしの有無を言わせない勢いにカミーユは扉を開けて箱を取った。それを見たあたしはカミーユの手を引いて、無理やりにでもカミーユをお姫様抱っこして窓から飛び出した。


「お、お嬢様!?」


 ヨランダに見つかったが、脱兎の如く中庭の奥へと走り出した。


「は、離してください! って力強っ! お、俺をどこに連れて行く気ですか!」


 お姫様抱っこと言っても手で持っている部分は関節なので、多少は暴れられても大丈夫。ふふふカミーユ君、鍛えたりないね。


「そうですわよモモカ! どこに行きますの」

「裏の山!」

「「う、裏山?」」


 どうしてか知らないけど、気分が高揚しだしたので笑って言うと、姉弟でハモりをきかせて返された。


 背後では使用人たちが必死に追いかけてきていたけど、今のあたしには追いつけない。

 また使用人達の奥では今日を憂うように陽が陰り始めていた。


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