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弟と確執とシュークリームと


 カミーユ・ド・ラインバッハ。御年十五歳。ラインバッハ家の長男で家督を継ぐ者。

 そしてこれからあたしのカップルとしてダンスをしてもらう唯一の希望。


「カミーユ、開けて」


 あたしはカミーユの部屋の前の扉をノックして猫撫で声で言う。


「……」

「開けてほしいなぁ。カミーユに会いたいなぁ」


 返ってこない声にめげずに声をかけ続ける。


「…姉上」


 すると扉の奥からどんよりとした声が返ってきたので、ちょっと浮足立つ。


「帰ってください」


 浮き足を挫く一言で一蹴された。


「ほ、ほら、言ったでしょう。無理ですわよ」


 隣で心配そうにしているグウェンに言われても、あたしにはカップルを組める相手がこの扉の奥にいるカミーユしかいないのだ。代わりを屋敷の外で探していると、あたしが鍛える時間が減ってしまうし、見つかるかもわからない者に時間を割けない。


 どうしてあたし達がカミーユの部屋の前で拒絶されているかと一言に説明すると、グウェンとカミーユは互いに疎遠関係を作っているからである。


 グウェンは幼少期やんちゃであった。まぁそれは手の付けられない程に男勝りかというくらいにはやんちゃだった。屋敷の裏にある野山を駆け回り、木に登って木の実を取り、野草を探し、貴族の令嬢とは思えない行動をしていた。

 それはシュザンヌから解放される一時を満喫するのと、亡き母との思い出に浸る為だ。


 カミーユもシュザンヌを本当の母ではないと物心ついてから分かるようになると、そんな姉と同行した。

 二つ下のカミーユは姉にべったりと付き纏うくらいお姉ちゃんっ子であった。グウェンは母親代わりを務める為に、初めての弟の面倒をよくみていたので懐かれていた。


 野をかけて転んで泣く弟の手を握ってあやしてやり、木に登れず木の実も取れない弟にとって一緒に食べたり、野草と雑草を間違って食べて共に腹を下したり、木漏れ日射す広場で一緒に踊ったりと、仲睦まじい姉弟だった。

 だがその睦まじさも妹のネェルが一人で歩き、言葉を話すようになるころには引き裂かれた。


 グウェンはシュザンヌの計らいによって野山に外出するのを禁止させられた。音楽や裁縫やダンスやマナーといった貴族に必要な講習を疎かにしているといちゃもんをつけられたのだ。当時のグウェンは全ての講習をそこらの同い年の貴族よりかはできていたのにも関わらずだ。

 講習していたのは全部シュザンヌの息がかかったもので、訂正はされなかった。


 カミーユも同じような指導をされていたが、グウェンよりもキツイものではなかったが、まだ幼いカミーユは姉と過ごしたあの至福の時間が忘れられなかったのだろう。

 身体も精神もボロボロになっているグウェンを裏の野山に誘ったのだ。


 グウェンはカミーユの気持ちを汲んで、掟を破って二人で野山に繰り出した。


 そこで事件が起きた。

 グウェンが過労で倒れたのだ。カミーユはまだギリギリ未就学児であり、グウェンの身体を背負うなんてこともできず、自分がどうしたらいいのかが分からなかった。

 これはあたしの想像でしかないが、慕っていた姉が苦しそうに何も言わなくなった現実は、幼い子供には相当堪える光景だろう。


 誰が悪いとか、何が悪いとかはあたしには考える事しかできないけど、誰も責める気分になる話ではない。事故だと処理するなら人身事故だろう。


 カミーユはグウェンの介抱をしたが、一向に目を覚まさないグウェンに恐怖したのかもしれない。

 

 逃げた。

 

 グウェンはそう言っていた。

 幼い子供がどうしていいか分からず、その場から逃げ出しただけの話だと、寂しそうな顔をして言っていた。


 幸い二人が行方不明になっているのを気がついたヨランダに道中で出会って助かったのがオチだ。

 二人はこってり叱られて、今後一切本当に野山に出かけることは無くなった。


 その後グウェンはカミーユが自分を置いて逃げた事を心のしこりにしてしまったようで、シュザンヌとの抗争も激化したのもあり、距離を置くようになったらしい。


 カミーユもカミーユで責任を感じたのか、極力グウェンとは顔を合わさずに部屋に引きこもりがちになってしまい、現状のこのありさまである。


 グウェンはカミーユに嫌われていると言っていたが、そんなことはないだろうと軽視していたあたしは、門前払いされるとは思いもよらなかった。


 弟をカップルにするのは無理だと言われたけど、諦められないあたしはこうして行動している訳で、一蹴されたくらいじゃへこたれない。


「なんか案はないの? ないと強硬手段にでるけど」

「物騒な単語ですわね…カミーユの大好物のシュークリームをお土産にするとかはどうですの?」 

「よし、やってみよう!」


  すぐさまに厨房まで戻って、シェフのジョンを見つける。例によってグウェンの静止は無視。


「ジョン! シュークリームある!?」

「おわっ、お嬢様。シュークリームですか? 今晩のデザートにはありませんね」


 背後から声をかけたら肩をビクつかせたジョンは厨房で用意している献立を見ながら言う。


「違う。あたしが食べたいんじゃなくて、カミーユに持っていくの」

「へ? 坊ちゃまに? これまたどうしてです?」

「顔を見て話したくなったから。ほらそういう時って、何か食べ物あった方が話しやすくなるじゃない?」

「確かにそうですが…」


 何か言いたげなジョンはちょび髭をモゴモゴと動かしていた。そして意を決したのか口を開いた。


「あの…もしかしてカミーユ坊ちゃまとカップルを組もうとしています?」

「ぎくぅ」


 オノマトペを発言したのはグウェンであり、あたしではない。あたしはそんな間抜けな発言はしない。

 どうやらフィリップとカップルを解消した話は、一時間も経っていないのに屋敷に広まっている。もうちょっとしたら勝負事のことで呼び出されるんじゃなかろうか。


「そうだけど、何か問題があるの?」

「も、問題だらけですわよ…」


 言っておいてなんだけど、自分でもそう思う。だから何とかしようとしているんやろがい!


「問題は…まぁありますが……分かりました。最高のシュークリームを今から作りましょう!」

「ジョン! ありがとう! でも買ってくるんじゃなくて?」

「市販のよりもわたくしが作った方が美味しいです! そこは一料理人として譲れません!」


 ふん! と鼻息を荒くして言うジョン。よくわからんが助かった。


「は、はぁ。でも今から作るってなると、時間がかかるんじゃ?」

「一時間半で作り上げてみせますよ」

「はやっ…いのか? というかジョンはあたしの要望をきいても大丈夫なの?」

「わたくしお嬢様のダンスのファンなんですよ。だからあのダンスを昔のようにカミーユ坊ちゃまと踊っているのが見られるのならば奥様の小言なんてなんのそのですよ」


 親指たてて微笑むジョン。ジョンいい奴、あたし好き。


「あら嬉しい事を言ってくれますわね。だけどどちらも現実にはなり難いですわよ……」


 あたしのダンスが下手って言いたいのか、それともカミーユとペアになれないとネガティブな事を言っているのか。前者は別に事実なので気にしないけど、後者だったら尻を蹴り上げて気合入れてやらなきゃならない。


 何か手伝えるかとそわそわしていたら、ちょうどお父様とやらから呼び出しがかかったようで、ヨランダに呼び止められた。

 シュークリーム作りはジョンに任せておいて、あたしはヨランダに御縄頂戴されたようにお父様の部屋へと向かわされた。


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