結婚式と死の運命と終わりと(14)
ヴィクトルの生命活動が終わった。その瞬間から大聖堂を囲むように停滞していた炎が収縮を始める。
鏡の魔術はまだ発動したままだ。このヴィクトルから貰った記憶を摘出、複製する魔術をどう使えばいい。……逡巡している場合じゃない。収縮している速度は一定じゃない。今はゆっくりだけど、この次の瞬間に全体を包み込んでしまうかもしれない。考えを張り巡らせている暇はない。ここは直感的にやるしかない。
「待ちなさいなモモカ」
ヴィクトルの亡骸をそっと置いてから状況を打破しようと立ち上がると、グウェンの静止する言葉が飛んでくる。
「邪魔しないでよ」
「邪魔だてをするつもりはありませんわ。ただモモカが魔術を使う必要はありませんわ」
「あたしが使う必要が無いって、あんたがなんとかする訳じゃあるまいし、他に誰がこの危機を救えるのよ」
シュザンヌはネェルを抱き込むように守っているし、シャルはまだ気絶中だ。他の有力的な皇帝らも気絶中。今、行動できるのはあたしだけだ。
「そうですわね。私ではありませんわ。モモカも分かっているんじゃありませんの?」
分かっているって言われてもな。残っていて助けにきてくれそうな人間はグウェンが助けを呼びに行ったヨランダくらいか。あとはカミーユか。いやでもカミーユは炎の中に呑まれたはずだ。……だとしてもグウェンが落ち込みをみせていない。この世に絶望してもおかしくはないのに、戻ってきてからはそんな素振りはない。情報量が渋滞していたが、ようやく整理がついてきて、ふと思い当たる節があった。
……もしかしてカミーユが生きている? 何かしらの要因でカミーユは生きているからこそ、グウェンは助けがくると自信を持って言っているんじゃないか。
「……あんた大事なことは早く言えっていつも言っているわよね?」
「い、いや私としても色んな事がありましたし、物事には優先順位がありますわよ。とにかく私達は助かっているのですわ」
グウェンの言い分は尤もだった。あの状況でカミーユは生存しているとか言われたら、あたしの頭はパンクしていただろう。
「でも、その助けはまだ来ないみたいだけど?」
一刻を争うのにも関わらず辺りを見回してもそれらしい姿はない。
「もう来ていますわよ」
そう言うグウェンは下を見た。あたしもつられる様にして視線を下へと向ける。
炎の中心点くらいの床が隆起し、破砕音と共に人影が飛び出した。その人影は着地して、マントを靡かせる。それはまるでお姫様のピンチに助けに来る王子様のような出で立ちだと言えよう。主人公さながらの登場をした男は砂塵を払ってこちらを振り返る。
「やあ、助けに来たよグウェン」
フィリップだった。
「あ、あれ? どうしてそんな冷めた目で見ているんだい?」
「いや……あんたかいってツッコむ気にもなれない」
てっきりカミーユが現れるんだと期待していたからだ。グウェンも少しがっかりしている様子だ。
「……お、おかしい、普通の女性だったら垂涎ものの状況じゃないのかい」
と、ブツブツと言っているフィリップ。
「助けに来てくれたのはありがたいけど、どうする気なの? あんたまだ魔術中級者くらいなんでしょ?」
「ふっ、甘く見られたものだね」
フィリップはいつものように恰好を付けて言う。そりゃあ魔術を初めて数か月なんだから甘く見るだろう。
「僕の力に刮目せよ!」
手を大きく掲げてから腰を落として地面に手をつけた。何が起こるものかと見ていたら、大聖堂の床が波を彷彿とさせるようにうねり、隆起し形を変えていく。中心点がフィリップが出てきた穴だったので、重いヴィクトルを肩に乗せて引きずりながらそこへと移動する。一分にも満たない時間で、床はあたし達の頭上まで覆ってしまい炎から守る壁となった。
これで炎を凌ぐことができる。どんな魔術かは知らないが凄いの一言に尽きるな。
「おおすごい」
「だろう?」
明かりを一切通さない暗がりの中感嘆の言葉を漏らすと聞こえていたのかフィリップの得意気な声が返ってきた。
「てか怪我人はどうしたの?」
「ふっ、この壁を作ると同時に、この中心地へと集めておいたのさ」
ヴィクトルの亡骸を置くと、暗闇に慣れてきた目は床に皇帝から沢山の負傷者が並べられているのを捉えた。あたしが壁を作るのに注視している間に集めていたのだろう。仕事のできる貴族様だ。
「シャルの私設兵になっただけはあるね。助かったよフィリップ」
「ふっふっふ、そうだろうそうだろう。もっと甘言をくれないか」
「スゴイスゴイ、エライエライ」
「はっはっは、力が漲ってくるね!」
あたしが言えばどんな辛辣な言葉でも力が漲りそうだなこいつ。
「なんかさ、あんたの声が下の方から聞こえるんだけど」
少し違和感があった。それはフィリップの声が目線の高さではなく、もっと床の方から聞こえてくるのだ。
「流石はグウェンだ。僕の声の方へ来てくれ。そうだ、こっちだあっ! 腕を踏まないでくれ!」
「あっ、ごめん……何してんの?」
負傷者を踏まないように近づくとフィリップの腕を踏んでしまったようだ。踏むということは、腕が床に伸びているということだ。あたしの目の前には床に寝転がっているフィリップがいた。
「この壁を作るには手からの魔力では少なくてね、全身を使って操作しているのさ」
「ああ、そう。でもあんたが来た穴から他の人が来てくれるのよね?」
「そういう手筈になっているがね」
「にしては遅くない?」
「ふむ、僕が張り切ってやってきたから、もしかしたら掘った土が通路を埋めてしまっている可能性があるかもね」
「えっとこういう時って顔面踏んだ方がいいのかな?」
「待て待てグウェン! 操作はかなり繊細なんだ! それに魔力も限られているから、これは五分と持たない!」
「じゃあ余計マズイ状況じゃん!」
命綱を握って貰ったと思ったら、握ってくれた相手も崖に片手でしがみついていた状況。
「モモカ……と仰るのですわよね?」
危機的状況から抜け出せてないと知って内心慌てていると、シュザンヌが手探りでやってきた。まだやる気かと思ったが、やっぱり気の抜けている感じがしたので、警戒はしたまま闘争心は抑えておく。
「何? 今結構忙しいんだけど」
「いえ……その……水をお持ちでありません?」
「水って、何を呑気に」
「ネェルが汗を掻いて苦しそうですの。貴女は水に適した魔術を使えるのでしょう? ……どうかくださいませ」
薄眼でネェルを見ると、寝苦しそうに悶えていた。そういえばなんか暑いな。この壁の閉塞感のせいかな。
「諸事情であたしは今魔術は使えない。意地悪とかじゃないからね」
「そう……ですか……」
シュザンヌはあからさまに落胆してネェルへと寄って行った。あの高慢な女から牙と我が抜け落ちたらああなってしまうのか。
「モモカ、もしかしてこの壁はもう既に炎で覆われているのではありませんこと?」
「多分、そうなんじゃない?」
「でしたら……中にいる私達は蒸し焼き状態なのではなくて?」
「…………」
暑い理由が分かった。
「フィリップ! あんたが出てきた穴掘れば外と繋がってるんだよね!?」
「ああ、だが僕は動けないぞ」
「大丈夫。あんたの記憶を貰えばあたしはその魔術を使う自信がある」
「何を言っているんだ?」
「こっちの話!」
一回見れば魔術は使える程簡単な代物じゃない。だけど記憶に収めれば使える可能性はある。あたしとの相性は違うけど、それでも使えるはず。ヴィクトルはあたしの性質を見抜いていたはずだから、きっと使える。あたしはあたしの事を信じてくれたヴィクトルを信じる。
発動中の魔術を使おうとフィリップへと手を伸ばすと。
「姉上! 助けに来ましたよ!」
背後の穴からもう少し前に聞きたかった声がした。
振り向くとカミーユが穴から出てきて、澄んだ瞳であたしを見据えていた。それはまるでお姫様のピンチに助けに来る王子様のような出で立ちだと言えよう。こっちが本命である。前回の言い回しは無かったことにしておこう。
8日 21:10投稿予定です。
ブックマーク、評価、励みになります。ありがとうございます




