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結婚式と死の運命と終わりと(13)


 あたしはヴィクトルの前までやってくる。全員が固唾を飲んで成り行きを見守っている。


 こいつは、ヴィクトルは罰を求めている。それがこの舞台の綺麗なオチだから。


 ただ魔法を使ったことで死という逃れられない運命では終わりたくないのだ。それは右目の呪いと一生向き合ってきたからかもしれない。呪いに抗う為に細やかな抵抗をしたいのだ。


「ヴィクトル! あんたのせいで結婚式もめちゃくちゃだし! 皆傷ついた! あたしはもう我慢の限界だ! だから覚悟しろ!」


 まるで当てられた台詞のように声高らかに指さして言う。


「覚悟しろ? 一体何を覚悟すればいいんですか?」


 ヴィクトルはそれはもう嬉しそうに役を演じ切りながら笑った。


「悪い事したら制裁が必要でしょ! コレをくらう事を覚悟なさい!」


 右の手を握りしめて、拳を作る。悪い事したら男女平等否応なしに鉄拳制裁。あたしん家の時代遅れの教育方針だ。


「ダンスバトルとかではないんですの!?」

「他人を痛めつけておいて、自分だけ痛い思いしないと思ってる奴には違う薬が必要なのよ」


 それに劇的に終幕をするならば、この場合ダンスバトルでは盛り上がりに欠ける。やっぱり最後は血と汗が飛び交うバトルだよバトル。ってあたしの中の創作魂がそう言ってる。


「そうですね。痛く、しないでくださいね」

「最初だけ痛いかもね」

「き、記憶を飛ばすつもりですわ!? や、やめなさいモモカ!」


 グウェンが止めに来ようとしたが、あたしは拳を振りかぶって、ヴィクトルは目を瞑ってそれを受け入れる準備をしている。 


 あたしは拳をヴィクトルの顔面にぶつける瞬間、拳を解いて、身体を目一杯ヴィクトルの胸に向かって突撃させる。


 ヴィクトルは歯を食いしばっていただけなので、思いもよらないタックルに身体をよろつかせて、そのまま後ろへと倒れる。


「な、何を、しておられるんですか?」


 ヴィクトルは胸の中で顔を埋めているあたしに対して問う。


 あたしは驚いていた。ヴィクトルの身体が思ったよりも簡単に倒れたからだ。元より殴るつもりなんて毛頭なく、こうして突進かましてマウントポジションとってやって正論という拳ぶつけて、最終的に慰めてやろうと思っていた。だが、体力に自信があるヴィクトルの力の無さに動揺している。それは本当に時間が残されていないという意味だから。計画変更。


「あんたは……よくやった」

「なんです?」


 胸に顔を埋めながら言うと、不機嫌な声が返ってきた。


「あんたは一人で呪いと共存して、そして一人で解決にまで至った。よくやったよ」

「それは……違う。私はそんなのを求めていません。同情なんてまっぴらですよ」


 ヴィクトルはあたしの手から逃れようと回している腕を掴むが、半年で鍛え上げられた腕を、既に虫の息な力では剥がすことが出来なかった。その間に現代柔術直伝で脚を極めて、余計に抜け出せないようにしてやる。


「くっ、離しなさい! こんな幕引き誰が望みますか!」


 腕も脚も無理と分かったら、あたしの頭を引き剝がそうとする。残念、ダンスのおかげで首も鍛えてるんですね。


「なんでこんなに力が強いんですか!?」

「情熱がなせる力、愛の力ってやつだね」

「ふざけっ、貴女はシャル様の事を慕われているのでしょう!」


 胸と頭の間に手を入れて額を押し上げられる。額が上がって不細工な顔になっていることだろうが、あたしは反論する。


「異性としてね!」

「だったら他の男に冗談でもそんなはしたない事を言うものではありませんよ」

「こんなにイケメンの癖して口説かれ慣れてないのはウケる」

「心の声は閉まっておいた方がお上品ですよ!」

「残念でした、あたしはお嬢様じゃありません!」


 ヴィクトルは敵わないとみたか、額を押し戻すのも止めて、抵抗をやめた。男前な胸板を挟んでの攻防はあたしの勝ちのようだ。


「仕方ありません。こっちは使いたくなかったんですが……」


 この男を師として仰いできたから解る。魔術を使うつもりだ。


「死んでも離さないから」


 顔を上げて言うと、魔術を発動しようとしていた手が止まる。あたしの目が本気だと理解してくれたようだ。


「……何が目的なんです」


 呆れられている。時間が無いようだし、冗談は程々にして、あたしなりの幕引きをしてやろう。


「あんたを愛してあげる」

「なっ何言ってますのモモカ!? 正気ですの!?」

「勘違いしないでね。異性としてじゃなくて、人としてって意味だから」

「……結局、同情ですか」

「あんたにはパンチより効くでしょ?」


 物理的な罰を与えても、痛がって満足するのがこのヴィクトルとかいうマゾ男の本性だ。あたしも一発殴れて満足だけど、それじゃあ釣り合っていない。こいつのやった事と釣り合いを取れる事象は現段階ではない。だから幕引きを手伝う変わりに、こいつが一番痛がる方法を取ってやっている。


「あんた、もう立ってるのもままならないんでしょ?」

「……」


 ヴィクトルは返事をしないが、沈黙が答えだろう。


「このままあんたをヨシヨシしながら、あたしの腕の中で命尽きてもらうから」

「…………馬鹿なんですか?」

「阿保なんですの!?」

「間抜けですわ……」


 この場にいて言葉を発せる人間に罵倒される。普段だったら泣いてる。


「……本気。あたしがあんたに欠けているものを最後にあげるって言ってんのよ。劇的でしょ」


 ヴィクトルに必要なのは痛みじゃない。この男はそれをもう嫌という程に味わってきたはずだ。この男の心にはポッカリと空虚な穴が開いている。それを埋めて劇的な最期を迎えてもらう。死は覆らないなら、それがあたしなりの幕引きで、この男への責任の取らせ方だ。


「それにあたし、悲劇より喜劇の方が好きだし、モニターの画面を最後に見るより、あたしの美貌を観て逝った方がいいでしょ?」


 誰も理解してくれない微妙な空気だったので、今度は茶化して言うと、ヴィクトルの眉が歪んだ。


「ぷっ、ははははっ」


 いつもの嫌な薄ら笑いじゃなくて、年相応な青年のカラッとした笑いだった。


「ははははっ……はぁ………」


 あたし達はヴィクトルが笑い終わるのを待って、言葉も待つ。


「面白い事がこれ以上ないと思っていたのに、本当に貴女は飽きさせないんですね」

「死ぬのが惜しくなってきたでしょ?」

「ええ、貴女の先行きが見れないのが悲しいですね」


 ヴィクトルの心からの本音だ。でもそれが出来ないからこそ、ヴィクトルに与えられた罰なのだろう。


「貴女のお名前、教えていただけますでしょうか」

「モモカ。セリザワモモカ」

「…………なんだか、懐かしい気がします」


 そう言うと、ヴィクトルの手が力なく床へと置かれた。胸の上にいるあたしはヴィクトルの呼吸が小さくなっていくのが分かった。


「重いんですけど……」

「言ったでしょ、死んでも離さないって」

「……この後の事はどうするつもりですか?」


 ヴィクトルが力尽きれば、魔法の炎は制御を失い一気にこの大聖堂を包む。


「あたしには秘蔵の魔術があるから何とかなるよ」

「…………鏡の魔術ですね」

「え、何で知ってんの?」

「貴女の師ですよ。新しく会得した魔術くらい見抜けますよ」


 魔術って奥深いんだな。


 そんなことを想っていると、ヴィクトルは力を振り絞って手を伸ばしてくる。なので、その手を握ってやる。


「私の皇族の魔術を鏡の魔術で写してください。役に立つはずです」


 確かあたしが最終的に大聖堂を大脱出するのを予想していたんだっけ。鏡の魔術を習得するのを見抜いていたなら、それを織り込み済みで考えていたはずだ。だからこの焔の魔法を打開できるんだろう。

 

「泣いてるんですか?」

「悪い? 誰だって愛する人が死ぬのは泣くでしょ」


 それと今まで悪さした奴が最後に主人公に手を貸す展開に弱いの。


「嬉しい事ばかり言ってくれますね。……さあ早く」


 あたしは涙を指で拭って、掌になじませる。そして鏡の魔術を発動する。ヴィクトルもそれに合わせて記憶を抜き取る魔術と複製する魔術を発動する。


 あたしの手元にある水鏡に二つの魔術が刻まれる。


「ああ……あれが本物のお嬢様なのですね」


 虚ろな瞳であたしの奥にいる者を見つけたヴィクトルは呟く。


「確かに……比べると似ていませんね」


 ほぼ瓜二つなんだけどな。やっと第三者からされた評価は不満だった。


「でも、私はモモカさんの方が好みですよ」


 そう小さく呟きながらヴィクトルは莞爾と笑った。


「あたしも――」


 何か言葉を返そうと思ったけど、目の前に、人はいなくなったのに気がついて言葉を詰まらせてしまった。まだ温もりがある。最期の言葉にだって温かみがある。だけど、もうそこにはあたしの言葉を待っているヴィクトルはいない。


 最後の言葉だけは二人だけの秘密なのだろう。



17日 21:10投稿予定です。


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