結婚式と死の運命と終わりと(10)
「なっ、なんでお前なんかと! てか状況分かってんの!?」
音楽なんてない。燃え盛り、業火に包まれている大聖堂の嘆きだけが音として存在している。
「そ、そうですわよ! 何を呑気に踊ろうとしていますの!?」
周りは炎だらけで、床には参列者の負傷者死傷者多数の死屍累々。普通の神経をしていたら踊っている場合ではない。
「だったら、今の今まで話している場合でもなかったはずじゃない」
「はあ?……あっ」
グウェンに返した言葉にネェルが反応して抵抗が弱まった。その隙にあたしは身体を大きく前へと倒してダンスを開始する。
「おかしいと思わない? これだけ炎が回っていたら直ぐにあたし達も巻き込まれているはずでしょ?」
「そ、それは、ヴィクトルが魔術を」
「そうヴィクトルの魔術の才能は天賦の才。この炎を全て操作しているの」
火の手が回らないのも、空気を生命活動が限界になるほどに汚さないのもヴィクトルのおかげ。あの男はあたし達の成り行きを見守っている。だから普通の火事よりも時間には猶予があるのだ。
「でもこれは……魔術じゃなくて魔法の域じゃ?」
ようやくあたしの話に乗ってきたネェル。考えるのに夢中であたしのリードに合わせて勝手に身体が動いて、それなりのダンスになっている。
「そう。これは魔法でしょうね」
「魔法だとすれば、これだけ長時間稼働したら死ぬじゃない……あっ……」
「その通りよ。あの男はあんたと同じ考えで行動しているのよ」
「…………」
やることを見通していると宣言してやると、ネェルはバツが悪そうな顔をする。
「ねえ、確かにあたしはグウェンじゃないけどさ、ここ半年はあんたと接していて嫌いじゃなかったよ。悪い事はいっぱいあったけど、こうして楽しいことだってあったじゃない」
「は、はあ? 楽しい?」
「あたしさ、この世界に来てダンスの楽しさを学んだんだよ。誰かとこうして手を取り合って、身を寄せ合って、身体を動かして、心を通じ合わせる。物真似でもなく、独り善がりでもないダンスって楽しいんだよ」
「あ、あんたイカれてるわ!」
「よく言われる」
後ろにいる霊も慣れたもので、冷めた瞳で成り行きを見守ってくれている。
「て、てかどう考えても私を無理やり動かして独り善がりのダンスじゃない!」
「じゃあノッてきなよ。あたしに手綱引かれてるのが気に食わないなら、あたしを超えてみなさい」
「ど、どうしてあたしが……それにグウェンドリンはダンスが得意じゃない! 超えられる訳ないわ!」
「あたしはグウェンじゃない」
あたしは物真似しかできない道化。でも今のダンスは誰かの見様見真似ではなく心に従っているダンスだ。だからネェルさえ本気になれば主導権を握ることは可能。かもしれない。だって負ける気なんて更々ないから。可能性の話だ。
「あんたが勘違いしている事を教えておいてあげる」
「な、なによシャルルの事はあんたが認めたじゃない」
「恋バナはもういいわ。あたしの性格よ」
「性格?」
「あんたはこの後に自死して精神的に追い詰めようとしているようだけど、あんたが卑怯者の敗北者のように小狡く死んだところで、あたしは涙一つ流さないわ」
「なっ……サイテーね」
他人を死に追いやっている人間には言われたくない。
「あたしを精神的に負かしたいなら一つよ。勝負で負かしなさい」
「勝負……」
「あたしを見てきたんでしょ? あたしが一番絶望しそうになった瞬間も一番近くにいたじゃない」
舞踏会でネェルは一番近くにいた。それを思い出してようやく迫害を企む小物の顔から、あたしが好きな挑戦者の顔へと変わった。
「本気……だよね。お前はそういう奴よ…ね」
ダンスは一通り終わりを迎えようとしている。ただ二人の間でそれは前奏が終わる合図なのだと合意がなされた。
あたしとネェルのダンスバトルが始まった。曲はない。ただワルツを踊るだけ。それをお互いが思うがままに主導権を握る。勝敗結果は敵わないと諦めたらだろう。
言葉にしなくても、初めて心が通じ合った気がする。
「うわ、下手くそ! グウェンはそんなミスしないわ!」
「そっちこそテンポズレすぎ。まあ素人さんだからしょうがないか」
罵り合いながらあたし達は踊り続ける。
「まだやるの?」
「当たり前えよ、貴女に負けを認めさせるわ」
一通り踊り終わるっても、あたし達は続ける。 二回、三回、四回と、反復練習のように踊り続ける。
ダンスは心と体が通じ合うから、相手の変化をいち早く気が付ける。ダンスなんてシュザンヌが課した甘々な義務教育程でしか触れていないはずなのに、グウェンに師事されているあたしに勝てるはずないのに、ネェルは果敢にも全力であたしに勝とうとしている。
ネェルとして? それとも中にいる人間として? あたしには分からない。でも負かしてやるという気持ちの良い気概は好きだ。
それが全身から伝わってきて心地良い。
ネェルは全てを投げ出すかのように全力だ。だからこそ終わりはやってくる。
六回目の中盤にネェルの膝が力なく抜けた。
瀕死の生き物の呼吸音で、肩で息をし、滝のように汗を掻いて、その場にへたりこむ。頭は床の一点を見つめていて、もう憎まれ口を叩く力も残っていない。
「モモカ……これが狙いでしたの?」
グウェンとカップルになってダンスバトルをするということは、グウェンに魔力を吸われるということだ。一、二回なら通しでしても問題はないだろうが、三回を超えると魔術適正のある人間でも魔力切れを起こす。ネェルはこれらを満たさない平凡な子だ。
「まだ……やれ……る」
グウェンドリンへの執着と、あたしへの反感で行動しているネェルを挑発するだけで、こんなにとんとん拍子に事が進んだのは少し予想外だった。でも最期に一花を咲かそうとしている人間には的確な挑発だったんだと実感した。
震える膝で立ち上がろうとするけど、掴んでいた手からも脱力して、その場でへたりこんでしまった。
7日 21:10投稿予定です。
ブックマーク、評価、励みになります。ありがとうございます




