結婚式と死の運命と終わりと(8)
「乙女ゲー?」
あたしの突拍子もない発言に首を傾げて復唱したのは、ようやく戻って来たグウェンだった。
「ど、どうなっていますの? どうしてネェルが?」
説明を求めらても、説明をしていられない。背後にいるヴィクトルでさえも、あたしとネェルが何を言っているのかも把握していない。
あたしの目の前にいるネェルだけがその単語の意味を理解している。
「白々しい! ここまで来て嘘を重ねるのね、この恥知らずが!」
罵倒されようが、知らないものは知らない。乙女ゲーなんてしたこともない。
「いやっ、あたしはそういうのがあるのは知ってるってだけで、やったことなんて」
「ここが乙女ゲーの世界だと知っていなきゃ、正しいルートを歩めるわけがないじゃない!」
シャルとグウェンが結婚するのが正しいルートだとすれば、何か障害があるはずだ。ゲーム、いや、そういったフィクションには何かしらの障害が付き物だからだ。ネェルが言っているのはその障害を乗り越えて、ルートに沿ってしまっているということだ。例えばシュザンヌの謀とか。
「シュザンヌの謀は確かに打ち破ったけど……」
でもそれはグウェンから先の顛末を聞いていたからで、ゲームの内容を知っていたからじゃない。
「あれは私が直接手を加えなかったから出来ただけに決まってるでしょ。私が手を出してたら、あんなお粗末な結末にはならなかったわよ!」
溺愛していた娘にお粗末と言われてシュザンヌの頬がひくついている。
「え、では、前回のあれらは……ネェルが仕組んだことなのですの? ど、どうなっていますの? この娘は本当にネェルですの!? モモカ答えてくださいまし!」
グウェンが前世の思い当たる節を口にして顔を青ざめさせていた。あたしの予想は大凡正しいんだろう。
ごめんねグウェン。今は貴女と喋ってはいられない。
「そんなのよりも、他のルートの条件も満たしているのが何よりの証拠! カミーユと仲直りし、ヴィクトルを絆し、フィリップを尻に敷いた! グウェンドリンのシャルルルートなのに、不正確な事が起こってるのはあんたが操作したからでしょ! 言い訳できる!?」
カミーユと仲直りしないと舞踏会には出られなかったし、舞踏会に確実に勝つ為に保険としてヴィクトルに師匠になってもらう事も無かった。そしてフィリップに勝って尻に敷く? 事も出来なかっただろう。その全てを成したからこそ、今、ここで結婚式を挙げている未来に繋がっている。
でもやはりそれは偶然の産物で、行き当たりばったりの友情と努力と根性で綱渡りした成果だ。
「わ、分からない。あたしはただ必死にグウェンを救おうとしただけで」
「グウェンを……救う?」
あたしの言葉にネェルの細い眉根が動いた。恐らくこの言葉はネェルにとっての地雷だったのだろう。あたしはそれを思いっきり踏み抜いた。
「お前が、お前如きがグウェンドリンを救う?」
ネェルは乾いた笑いを漏らし始めた。
「ははは、あははは、ハハハハハハハ!」
あたしには分かる。怒りが限界値を突破した時、人は笑う。
「ふざけんな!」
「ぐっ!」
「モモカ!」
叫び声と共に視界が大きくぐらりと揺らいで、悲痛なグウェンの叫び声が聞こえた。ネェルの右脚があたしの横顔を蹴ったのだ。咄嗟に首を捻ってダメージを軽減したが、思いっきり蹴られたせいで大した軽減にはならなく、あたしは肘をついて少しだけ倒れないように気を保って、床に身体を近づける形になった。
「何がグウェンを救うだ! お前がやってるのは自己満足だろうが! シャルルと結婚することがグウェンドリンを救うことになるのか!? お前がシャルルのことが好きでやっていることを、グウェンドリンを救うなんて言い訳にしやがって! 夢みるなら一人でやってろよ!」
側頭部から頬へと熱い水が流れていくのが分かる。
「モモカ! 血が!」
心配して寄ってきてくれるグウェン。
そんなグウェンを余所に、確実に命を取りに来た攻撃で、致命的な血が流れたことによって、あたしの戦闘狂のスイッチが入るのを自覚できた。
「な、なによその目!」
一方的な暴力はあたしがかくも嫌う事。カミーユを守れなかった喪失感、この場の出来事を阻止できなかった虚無感。全てを消し去るほどの嫌悪があたしの中で生まれる。それは威勢となって態度にも表れているようで、ネェルを睨みつけている。
「やめなさいよその目。まるであの母親みたいなその目やめなさいよ!!!」
再びネェルの黄金の右脚が放たれるけど、今度は分かり切った攻撃だったので血だらけの手の甲で受け止める。受け止めた手で右脚を掴んで、軽く押し戻すと、ネェルは態勢を崩して尻餅をついた。
「ネェル!」
「来るな!」
あたしが明らかな抵抗をしたことで、シュザンヌがネェルに近寄ろうとしたが、ネェルが大声で静止させた。
「そ、そうやって暴力に訴える気ね。グウェンドリンは暴力に訴えないわよ。あんたの化けの皮を剥がしてやったわ! いいわよ殺しなさいよ! 私は死ぬのなんて怖くない!」
もう膝をついて許しを請うのも、絶望するのもする意味がないあたしはゆらりと立ち上がって、尻もちをついたままのネェルの前へと移動する。
「怖くない! 怖くないわ!」
そう自分に言い聞かせるように言うネェルの身体は震えている。
「モモカ駄目ですわよ! 暴力では何も解決しませんわ!」
どいつもこいつも、あたしをなんだと思ってるんだ。
全員の思惑とは違うように、あたしはネェルへと手を差し伸べる。
ネェルは、差し伸べた瞬間に目を瞑って自分の結末を勝手に意識した。が、あたしはただ手を差し伸べただけなので、自分の身に何も起こらないことを不思議に思って瞼を上げた。
「な、なによ……この手」
「立ちなさい」
「は?」
「自分で立てないのならあたしの手を取って立ちなさい」
「な、何よ上から目線の物言いで……グウェンドリンにでもなったつもり!?」
「立ってって言ってんの。分かる?」
凄味を利かせた声にネェルは背筋を伸ばした。そしてあたしの手を取らずに、膝に手を置きつつ立ち上がった。
「先に宣言しといてあげる。あたしは今からあんたを叱る」
「な、何を言って」
パシン! と、乾いた音がなって、あたしの右の張り手がネェルの左頬を赤く腫らした。ネェルは何をされたのか理解していなくて、赤くなった左頬を呆然と触れていた。
4日 21:10投稿予定です。
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