さようなら御姉様(5)
独自のグウェンドリンルートへと歩を進めて八年が経った。
グウェンは……御姉様は依然お母様と仁義なき戦いを繰り広げていた。
私はあの時に理解した。このゲームの展開を知っているからこそ、私の思い通りに御姉様を描くことができる。理想の御姉様を作り上げることができる。
そして理想を超える御姉様を見てみたい。
一度湧いた欲望は際限なく、誰も止める人間がいなければ、もう私の気持ちは抑えられなかった。
まず異母兄であるカミーユを御姉様と仲違いさせることで、ゲーム上では御姉様の味方の一人を削ってみた。カミーユは引きこもり同然になってしまって、私との接点もなくなったけど、それでも御姉様は自分の道を歩んでいく。
お母様を焚きつけてフィリップを許嫁にして望まない婚約をしてみても、フィリップを眼中に入れず、なんならフィリップが絆される始末。ダンスが苦痛になるかとも思ったけど、舞踏会の頂点へと駆けあがっていく。
ヴィクトルに頼んで呪いをかけて貰ったら小さな不幸な出来事に襲われることが多くなって、アレルギー物質を間違って食べて寝込んだりするものの、数日後にはケロリとした姿で現れる。
御姉様は完全無欠であった。唯一無二の御姉様。どんな事象を起こそうとも、歯牙にもかけないし哀れな姿を見せない。私如きが何をしたところで御姉様の輝きは薄まらない。
御姉様が第三皇子であるシャルルと結婚することになった。シャルルルートでネェルが舞踏会で負けてると発生するバッドエンドルートだ。私はそもそもダンスをしてこなかったから、御姉様と戦う事もない。だから勝手にそのルートが選ばれたんだろう。
バッドエンド後のストーリーは私も知らない。ゲームオーバーとなってタイトル画面に戻るだけだ。
でもこの世界はタイトル画面に戻ることもなく時は進んでいく。
御姉様が王宮に行ってしまうので、私もシャルルの事を慕っていることにして、お母様にお願いを申し出ると、私も王宮へと行くことになった。
シャルルは病的に女性が苦手だ。それは家庭の事情で片付けてもいいが、革命が起こった王国という環境が作り出した病気と言ってもいい。ゲームでは触れる事さえも拒否されるが、イベント内で確実に好感触の選択を繰り返すことで身体に触れる事を許してくれる。
でもバッドエンドの御姉様は健気にもシャルルと気持ちが繋がった架け橋であるダンスだけで好感度を上げていた。ゆっくりと好感度が上がっている為に、婚約しているのにも関わらず触れ合う事すらなかった。
御姉様は王宮でも敵を作って、シャルルの母から迫害されていた。シャルルの母クレマンテーヌはシャルルの事を自分の手持ちの道具としか捉えていなく、シャルル自身もそのことを理解している。御姉様はそれを口にしないが雰囲気で察して、そういう考えが嫌いな御姉様道を行ってしまったのだろう。
私はクレマンテーヌの本性と性格をゲームで知っているので、自分を売り込みに行った。私こそがシャルルを引き立てる事が出来て、次期皇帝にすることできると。その証にシャルルの女性嫌いを治して見せると豪語した。
ネェルにとってはバッドエンドだけど、御姉様から見ればシャルルルートなのだ。ゲームとは違うかもしれないけど、根本的な設定は変わらない。
シャルルに近づいて好感度が上がる選択肢と全く同じことを言った。そうしたら次第にシャルルが私に好意を寄せていくようになった。所詮はゲームのキャラクターだから、心を操るのも容易いものだった。
暫くしてシャルルに婚約を破棄するように頼むと、猛烈に断られた。どうやら御姉様を愛する気持ちだけは本物らしい。
「ネェルとはいい友人だ。ボクのこの難儀な性格を治す為に付き合ってくれて有難いとも思っている。だけどボクはグウェンの事を愛している。だからボクは君の気持に応じる事は出来ない」
御姉様を。グウェンドリンを愛している。
この男は私の地雷を踏み抜いた。
一攻略キャラクターの癖に何が愛しているだ。私の方が愛している。私の方がグウェンドリン理解している。私の方が愛の重さが違う。お前みたいなポッとでのキャラクターが私のグウェンドリンを知った風な口をきくな。
この男を不幸にすれば御姉様はどういう顔をするのだろう。
いいやこの男共々不幸になった時に、御姉様はどうするのだろう。
グウェンドリンはいつまでグウェンドリンであり続けてくれるのだろう。
地雷を踏み抜かれたことと、リミットテストをしてみたくなった欲望で、我を忘れてしまった。……もしかしたら冷静だったかもしれない。
「これは御姉様の為なのですわ。シャルル様が私と一時的に婚約を結べば、御姉様はクレマンティーヌ様からの執拗な嫌がらせは無くなりますわ。私がそう約束しましたもの……クレマンティーヌ様は約束事は必ずといって守る御方でしょう?」
これは御姉様の為、御姉様を救う為だと言い聞かせると苦渋の決断をしてくれた。
私と婚約を告げた時の御姉様の顔は初めて見る絶望に満ちた顔だった。笑顔も笑顔と呼べないほどぎこちなく、ただ泣くこともせずに呆然としたような表情。それでもシャルルの「ごめん」との謝罪を聞いて、言いたい言葉を全て飲んで「おめでとう」なんて言うんだもの。どこまでもグウェンドリンという存在は私の想像の上を行く。
御姉様が婚約破棄されたことで実家へと帰ることになった。
そこで私の手を離れてしまったことで物語が勝手に動き出した。
フィリップと再度婚約をしたのだ。これはシュザンヌが謀ったことだろうと一報を聞いて理解した。
そして王宮では事件が起きた。御姉様が王宮でシャルルと共に作っていた茶葉に毒素が含まれていることが判明した。その茶葉は全王子王妃にも振舞われていて、大問題になった。首謀者は御姉様であり、シャルルは一切関与していないとの捜査結果になり、主犯である御姉様には死罪が告げられた。
こちらの事件に関してはクレマンティーヌが仕組んだことだと後で知った。クレマンティーヌとシュザンヌは裏で繋がっていて、どちらの人間からも敵意を向けられている御姉様の息の根を確実に止める為に計画された出来事だった。
もう私の手を離れているので、減刑の余地もなく、絞首刑が執行される日が来た。
私は涙を流した。
だってグウェンドリンが死んでしまうのだから。ゲームでもバッドエンドの中で流刑はあったけど、大体は田舎でスローライフしていてある意味幸せそうな姿が描かれているだけだった。死罪なんて重いのは一切なかった。
結局ネェルのシャルルエンドに入っている。しかも生き残るはずのグウェンドリンも死んでしまう。
これから私は何を目標に、何を見る為に生きていけばいいの。御姉様らしいグウェンドリンを見たかっただけで、壊れてほしくなかったのに。ただただ藻掻き足掻き這いあがる姿が見たかっただけなのに、どうして私の願いはこうもいとも簡単に壊れてしまうの。
離れた室内の窓から、絞首台に立たされるグウェンドリンを見下ろす。
そこにいるグウェンドリンは酷くやつれていて、記憶にあるグウェンドリンとは違った。
でも、それでも御姉様だった。
私と目が合うと、軽く目を細めたのだ。
あれだけのことをされて。これだけの目に合いながらも、御姉様を演じ切る素晴らしさ。
これで終わりなんだという思いと。これがグウェンドリンというキャラクターの一番輝かしい結末なんだと思うと笑顔が零れた。
私はこの瞬間の為に生まれ変わったんだ。
ああグウェンドリンは最期まで姉なんだ。
最後にまたグウェンドリンと目が合った瞬間に、グウェンドリンの身体が台の上から抜け落ちた。
「さようなら御姉様」
満足感に喪失感という相反する感情が渦巻きながら、私の第二の人生の目的は終焉を迎えた。
20日 21:10投稿予定です。
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