さようなら御姉様(4)
目が覚めたらベッドの上だった。
助かったんだ。最初はそう思った。でも私の声は単語や呻き声しか発声されなくて意思表示ができなかった。腕や脚は動くけど、手を伸ばしても隣にある柵にさえ届かない。身体が真面に動いてくれない。もどかしさに耐え切れず私は叫んだ。
「あらあらどうしたのかしら」
叫ぶと大きな女性の顔がぬっと現れた。私はギョッとした。人間の顔ってこんなに大きかったっけ、まるで童話の世界の巨人みたいに見える。
「何か怖いことでもあったのかしら? よしよしいい子ね」
知らない女性が私の首に手を回し持ち上げて、大きな胸の前で揺らされる。
驚いたことで周りを冷静に観察できるようになって理解する。
私が違うんだ。私の手足が、私の大きさが、小さくなっている。それにこの女性はまるで赤子をあやすように私を扱っている。
私もしかして、本当に転生しちゃった?
「泣き止みましたわね。流石は私の愛しい娘ネェルフアムですわ」
ネェルフアム? 最近ずっとテストプレイをしていたから聞き間違いじゃないはずだ。
乙女ゲーの世界を知る為に色んな小説やゲームを読みプレイした。昨今の流行りのゲームの世界のキャラへと転生してしまったのだろう。死に際で願った祈りが叶ったのだ。ただグウェンドリンではなく、その異母妹であるネェルフアムなのは喜べばいいのかどうかは怪しい。
私はこれからネェルフアムとして生きていかなくてはならない。
その事実が発覚して五年が経った。やはりここはキョクチョウさんが開発していた乙女ゲーの世界だ。異母姉にグウェンドリンがいるし、私の母親は嫌味なシュザンヌだし、話を聞く限り他の攻略対象の男子たちもいる。
グウェンドリンはしっかりと私の理想の姉だった。優秀で、気遣いができて、容姿端麗。だがシュザンヌと確執があった。シュザンヌはグウェンドリンの母親を酷く憎み、嫉妬していた。ゲームでも設定としてあったが、日常的に見せられると醜かった。
大好きなグウェンドリンが思い入れもないキャラクターになじられ虐められる姿を遠巻きに見るのは心にくるものがあった。
「貴女は幸せになるべき。貴女はあの小娘より幸せになるれるのよ」
シュザンヌの口癖だった。愛してくれてはいるんだろう。人それぞれの愛のカタチとやらなのだろう。だけどそれは前世の親と同じの期待を込めた呪いの言葉と変わりなかった。
このまま過ごして行けばゲームのように誰かのルートに入って、幸せとやらを享受できるんだろう。
グウェンドリンを踏み台にして、攻略対象と結ばれて幸せになる。そしてこのシュザンヌを喜ばせる。
……嫌だ。
グウェンドリンは崇高で至高で最高の姉なのだ。それを汚したくない。彼女は傷つきはすれど、汚名は被らない。他人を思いやって恥辱を受けても、毅然として立ち向かう。いつも私の頭上にいて手を伸ばしても届かない太陽のような存在なんだ。
この世界はゲームのストーリーをなぞるように進んでいる。じゃあエラーを起こしたらどうなるんだろう。私がゲームと違う選択肢をしたら、どう分岐するんだろう。
湧いた好奇心とグウェンドリンへの渇望のおかげで魔が差した。
「御姉様、どうしてやられっぱなしですの?」
「やられっぱなしって……別にやられっぱなしではありませんわよ。今日も授業は満点でしたわ」
花が咲く様な笑顔でなんともないを取り繕うグウェンドリン。私にはわかる。これは無理をしている笑顔だ。
「流石は御姉様、そのお歳で立派な淑女なのですわね!」
「それ程でも……ありますわ!」
胸張って言う姿は可愛く、本当に愛おしい。
「ですが御姉様、私、御姉様がお母様に一方的に教育されている姿は見ていられませんわ」
「ネェルはお優しいのですわね。ありがとうですわ。ですが私の心配はいりませんわ。これは私とあの人の問題ですわ」
「そうは行きませんわ……私の心が痛むのです」
我ながら迫真の演技をしていると思った。
「御姉様が私を教育、いえ虐めてくださいませ」
「なっ、なにを言っていますの!? い、嫌ですわよネェルを虐めるなんて! これは私とあの人の問題ですわ!」
本来のゲームならここでエラーが発生して停止していたんだと思う。だけど物語は続いていく。
「私の気持ちも晴れるのですわ。だからお気になさらずに御姉様は私を虐めてくださいな」
心配ないよと、ゲームのグウェンドリンの笑顔を真似して言うと、グウェンドリンの表情が強張った。
「い、嫌ですわっ……」
壊れたオルゴールのように繰り返すけど、グウェンドリンは善意の押し売りに弱いのだ。
「私は御姉様が可哀そうなのは心が痛むのです。私で憂さを晴らして頂ければ、私の痛みも和らぐのです」
沈痛な面持ちになったグウェンドリンは渋々了承をした。
こうしてどのルートでもない、私だけのグウェンドリンルートが開かれたのだった。
14日 21:10投稿予定です。
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