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ダンスと屈辱と許嫁と(3)

「こんなのでは来週の舞踏会では僕とのカップルは継続できないね。君の調子が戻るまでカップルは解消しよう」

「そんな勝手な」


 舞踏会のダンスは一人ではできない。カップルがいないと舞踏会には出られない。

 舞踏会に出られなければグウェンの死の運命が決まってしまう。


 ……もしかしてこれが謀か。シュザンヌと手を組んでいるならあり得る。悪いものを食べたなんて常套句だけど、今日は本来食べさせられていたのだ。しかもこいつは見計らったように来訪してきている。大いにあり得る。


「勝手? 僕は君が恥をかかないように案じてあげているんだよ。妬まれ口よりも感謝してほしいくらいだよ。まぁ? どうしてもと言うならば、深く頭を下げれば今後も面倒を見てあげても構わないけどね」


 何が恥をかかないようにだ、一緒に公の場で恥をかきたくないだけだろう。

 それにフィリップは許嫁関係での主従関係の実権を握ろうとしているのが透けて見える。このままなし崩し的に主導権をあたしから奪って、傀儡にしようとしている。

 こ、こいつ卑怯だ。紳士とは程遠い人種だ。


 くそっ、選択肢が少ない。

 舞踏会に出られなければグウェンは死んでしまう。そうするとあたしも死ぬ。……だったら。

 

「分かった」

「モモカ!」


 拒絶反応しかないグウェンが叫んだ。


「ほう君にしては素直だね。君が頭を下げるのを見れるなんて見物だね」


 腹の奥底でも笑いが止まらないであろうフィリップは嬉しそうに言う。


「誰が頭を下げるって?」

「なんだって?」

「あたしはカップルを解消するのを了承したの、頭なんて下げないよ」


 あたしだってここまで虚仮にされて、こいつの手は握れない。


「…そうかいそうかい。皆の者聞いたかね、カップルは解消だとさ」


 執事二人とヨランダが証人と言わんとし、演劇人ばりに囃し立てるフィリップ。


「な、何を言ってますの…舞踏会には出ないと」

「悔しくないの」


 戸惑っているグウェンだけに聞こえる声で言った。


 そう悔しい。こんな自分が中心に世界が回っていると勘違いしている奴にいいように言われて、いいようにやられて、挙句の果てには尊厳を破壊されかねない。会社も貴族社会も柵まみれだけど、人と人との関係で、意のままに操れる物のように扱うのだけはやってはいけないことなのだ。あたしはそれが耐えかねれない性質だ。


 グウェンの目を見つめると苦虫を嚙み潰したような顔をしてから。


「く、悔しいですわよ!」


 陰っていた瞳に光を宿らせて、力強く叫んだ。


「それが聞けて良かった」

「モモカ?」


 不敵笑った後に、あたしはフィリップへと基本姿勢と同じくらいの距離まで移動する。


「な、なんだい?」


 胸倉を掴まんとする勢いに少しだけ臆すフィリップ。


「舞踏会で勝負しようよ」

「勝負? どうして僕がそんなことを?」

「あらら、怖いんだ」


 鼻で笑ってやると、フィリップも口角を上げた。


「ふはは、怖い? 有り得ないことを、勝負する道理がないって言っているんだよ」


 フィリップからすれば勝負する利点は一切ない。このままあたしの無様な姿を堪能しておけばいいだけなのだから。そうは問屋が卸さない。


「調子崩してステップ踏めない女子に勝負を挑まれて、言い訳がましく拒否するんだ。フィリップって……いやヴァロウヌの男って小心者なんだね」


 自身はおろか家名を馬鹿にされたフィリップは流石に笑顔を保っていられなかったようで、額に青筋が浮いた。


「いいだろう。受けてたとう! だが家名を冒涜したのだ、勝敗を喫した時はその重責に見合った行動をしてもらう! 僕と婚姻の議をしてもらうぞ」


 ここで言い訳がましく拒否してきたら、拳と拳の勝負に変えるところだった。ちょっとは男らしい部分はあるみたいだ。


「あたしは、あたしを馬鹿にしたこと、していることを誠心誠意込めて謝罪をしてもらう」

「ふっ、いいだろう」


 そんなことでいいのかとの笑いだ。誠心誠意を込めた謝罪がどんなものか知らないみたい。


「決まったね。勝負の内容はどちらが舞踏会で一番拍手を貰えるかにしよう。その方が分かりやすいでしょ」

「あぁそれでいいさ。二言は無いね?」

「ない!」

「では勝負成立だ。ふはは、カップルも解消したと言うのに君は誰とカップルを組んで来るつもりだい?」

「カップルはいるよ」


 心当たりはいるので自信満々に言うとまた笑われた。


「ふはは、強がりはよせ、僕以外に君に好意を寄せる物好きなんていないだろう。あぁそうだ。君の取り柄はダンスだけじゃなくて、その美貌と身体もあったか。それを使えば間男くらいは捕まえられるかもね。ま、そんなのでは僕には勝てないけどね。舞踏会で君がどんな顔をするかが楽しみでならないよ。では失礼するよ」


 高笑いしながら執事を連れてフィリップは去っていく。

 ヨランダは律儀にお辞儀をしていた。塩撒いてくれ塩。


「お嬢様、あのような勝負を勝手にお決めになさりますと旦那様に叱られますよ」

「やっぱりマズイ?」

「こってり絞られますね」


 どうやら家長お説教コース確定らしい。


「ですが私はスッキリしましたよ。フィリップ様は人を軽視しすぎです。……私としたことが口が滑りましたね。失礼致しました」

「いいのいいの。言いたいことも言えないなんて身体に毒を溜めるものだよ。あたしの前では素のヨランダでいいよ」

「…お気持ちは有難いですがそうはいきませんので、いつも通り接しますね。では私は今度こそ仕事に戻ります」


 ヨランダはまた戻って行く。しっかりと背中を見送っておいた。今度こそ行ったよね?


「モ、モモカ? どうしてあんな勝負事を? ヨランダの言う通り無謀な勝負ですわ」

「だって悔しいじゃん。あいつはさグウェンのことを都合のいい女と思ってるじゃん。友達がそんな扱いされていて、黙ってられる訳ないよ」

「と、友達?」


 突拍子もない言葉を投げかけられた反応をするグウェン。


「協力者だけど、もう友達みたいなもんでしょ? あれ? もしかしてあたしだけがそう思ってた?」


 だったら恥ずかしいな。


「いえ……私たちは友ですわ」


 グウェンは手をもじもじさせながら返事した。


「よしよし、じゃあ友達だしダンス教えてくれるよね?」


 言質を取ったので、早速友達特権を行使しよう。


「い、いきなりですわね。親しき間柄にも誠意がありまし」

「おーしーえーてーくーだーさーいー!」


 誠意を込めて大声で言ったら、耳を塞がれた。誠意を受け取れよ。


「わ、分かりましたわ。だからもうちょっと声を抑えなさいな、はしたないですわ」

「ワーイ、グウェンスキー」

「声は大きいですのに片言ですわね!」

「ソンナコトナイヨ」

「そんなことしかありませんわ!」


 馬鹿みたいなやりとりをしてお互いに乾いた笑いする。

 グウェンもダンスの必要さをあたしに思い知らせれたし、あたしも大声で引っ叩いてやったので、互いに得心して向き合う。


 あたし達はようやく同じ道を共に同じ方向を向いて歩き始めた気がする。


「そういえば二人が言っていて気になってたんだけど、グウェンはどれくらいダンスが上手なの?」

「どんな舞踏会でも拍手喝采を貰えるくらいには上手ですわよ」


 当たり前ですわ。と付け足すグウェン。


「えーこんなぶよぶよの身体で?」


 お腹付近を触るふりをして言うと、グウェンは顔を紅潮させた。


「そんなに太っていませんわよ! 確かにポージングの維持は筋肉が悲鳴を上げますわよ。でもこう、なんですの? 相手と踊っているとそんな悲鳴もなんのそのですの」

「うわっ感覚派の意見だ。さっきも用語とか使ってきたしさ、そんなんでちゃんと教えられるの?」

「はぁ~? できますわよ! やれますわよ! 一日でみっちりきっちりしごいてあげますわ! 大口を叩くんですから、泣いて謝っても止めませんわよ!」


 どうやらグウェンのやる気スイッチを押してしまったらしい。


「上等じゃん。あたしこういう地味な修行編嫌いじゃないんだよね」


 一巻分くらいなら読んでいられる。


「ですが、カップルの候補は誰ですの? もしかしてヨランダとは言いませんわよね?」

「馬鹿にしてくれちゃって、社交界のダンスに使用人と踊れないでしょ」

「では誰ですの?」


 あたしでも知っていて、身近にいて、異性。それは。


「弟さん」

 

 この家に住まう二個下の弟、カミーユ・ド・ラインバッハだった。


「お、終わりましたわ……」


 褒められるかと思ったけど、予想外に顔を青ざめさせてグウェンは落胆しながら呟くのであった。



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