6 ドラゴンと危機と
ドラゴンは感情の読めない爬虫類の目でこちらを見つめている。このままどこかへ行ってくれればいいが、ガルダンジェロの背後には大勢の人間のいるコロニーがある。魔獣の人を襲うという性質を考えれば見逃してくれるというのは希望的観測が過ぎるだろう。むしろ、そちらへ飛んでいかれる前にここで倒すか逃げ帰らせる必要がある。
「ふたりとも、覚悟は決まった? 状況は最悪だけど死んでも食い止めるよ」
「あれれ、繊華ちゃん。いつもの『大丈夫』はどうしたの? こんなときこそでしょ?」
「そうですよ。こんなトカゲなんてわたしのネズミさんがたべちゃうんですから」
「ごめん、その通りだね。大丈夫。こんなやつなんて簡単に倒して隊長やあおいちゃんと祝勝会をしよう」
決意を新たに目の前の敵を睨みつける。そうは言ってもドラゴンは強敵だ。「臨界の日」以来、様々な魔獣が確認されているが、多くはこの世界にいた動物と多少の差はあれどほとんど同じ姿をしていた。しかし、少数ながらグリフォンやキマイラといったそれまでは神話やファンタジーで語られているだけだった生物が現れた。困ったことにそれらの魔獣はほとんどが在来種型より強大であり、その代表格がこのドラゴンだ。
その代わり個体数は少なく、このコロニーに現れたのは過去一度だけ。しかし、その時も基地の総力を挙げて戦ったものの追い返すのがやっとであった。
「くるよっ!」
ドラゴンはついにこちらの様子を伺うのをやめ、魔力を高めると口から炎を吐き出した。彼らの代名詞とも言えるブレスだ。人と同様個体により魔力特性はいろいろあるが、こいつは所謂ファイヤードラゴンのようだ。
これがドラゴンの強さのひとつめ、魔力が高く強力な魔法を使うこと。特にブレスは直撃すれば良くて戦闘不能、ほぼ死を免れないだろう。
ブレスの範囲から辛うじて逃れ、周りを確認する。幸いなことにふたりも無傷のようだ。リリィは回避のついでとばかりに接近し、ハルバードを振りかぶっている。
「くっ。硬いです」
思い切り叩きつけられたハルバードだったが、ドラゴンは体を軽くよろめかせただけで耐えきった。そしてそちらへ反撃に移ろうと鋭い爪のある腕を振りかぶったところを、リリィは機体を獣型へ変形させ間一髪で距離をとる。その瞬間、稲妻がドラゴンを襲った。
「あちゃー。これもあまり効いてないかぁ」
美月の魔法もあまり効果的とはいえない様子。
ドラゴンの強さふたつめ、強靭な身体を持つこと。
その大きな身体は衝撃に耐え、鱗は刃と魔法を受け流す。流石に鱗と皮の下は物理魔法ともにそこまで強靭では無いそうだか、まず傷をつけることが難しい。体の中を直接狙おうにも、口には鋭い牙があり相応の危険を犯す必要がある。
「狙うならやっぱり一点突破か。リリィ合わせられる?」
「はいー。まかせて下さい」
「じゃあ、おねえさんの役割は牽制かなっ」
言い終わるやいなや、ドラゴンへ強い光を放ち飛びかかっていく。目をくらませたドラゴンの大振りな攻撃など、美月のブレードランナーにはかすりもしない。苛立って振り回す爪を、尻尾を、牙を、美月は踊るように、からかうように交わしていく。ますます苛立つドラゴンはこちらのことを気にも止めていない。今がチャンスだ。
「リリィ、行くよ!」
圧縮し続けていた空気を解放。一気にドラゴンへ接近すると、今まさにブレスを放たんと開けていた口に向かいランスを突き出す。おまけでもう一発エアバーストを放ち、ランスは押し込みつつ、自身の離脱をはかる。直前で首を捻り狙いは外されてしまったが、ランスはドラゴンの肩あたりへ突き刺さった。
「今っ!」
「うぉぉぉぉーーーーっ!」
リリィがおたけびをあげ、ハルバードの側面をランスの石突へ叩きつける。ランスは更に押し込まれ、ドラゴンの傷を拡げていく。
「まだ浅いっ!?」
「もう一度っ。叩くのはっ。難しそうですっ」
リリィはめちゃくちゃに暴れまわるドラゴンを躱しながら、ハルバードを振るう。しかし、ついにランスは抜け落ちてしまった。
美月と繊華で協力し、電撃を傷口へ流し込むが動きを鈍らせるのがやっとのようだ。
「こりゃー、もう一回最初からかなー?」
「何度でもやるよ! エアバースト!」
同じ様に攻撃を繰り返すが、流石に警戒されておりなかなかチャンスが訪れない。そうこうしているうちに恐れていたことが起きてしまった。
ドラゴンが翼を拡げ、空へ飛び立ったのだ。
ドラゴンの人類に対する最大の強み、それは空を飛べることだ。仮に地上戦で翼が傷付いていたとしても、飛べなくなることはなく少し動きが悪くなることに留まる。このことから魔法の作用で浮かんでいると言われているが、周囲の魔力を乱したところで落ちてくることはない。そして、こちらに近付くことなくブレスを放ってくるのだ。
対するこちらの攻撃手段といえば、地上ですら効果の薄かった雷の魔法の他は物を投げる程度。唯一効果のありそうなのはブレードランナーのレールガンくらいだ。
「それでもちょっときびしいかなぁ。有効打を与える程の威力で打ったら、砲身が融けて吹き飛ぶから一発勝負になるけど、アレ、足止めできそう?」
「いやぁ無理かな。そもそも準備中に攻撃されそう」
「いっそ、基地にでも向かってくれれば後ろから狙い打てるけど」
「先程ダメージを与えたせいか、完全にこちらを狙っていますね」
ブレスを放ちに降りてきたところへ顔に向かって投石をして牽制しているが、周りに手頃なものがなくなるか、ドラゴンが多少のダメージを無視してブレスを放つようになればたちまち均衡は破れるだろう。
「ブレスを魔法で拡散させて、薄くなったところを突破して撃ち落とすのはどうかな?」
「それなら突撃する役目はわたしが。この中ではわたしのネズミさんが一番丈夫ですから」
「ううん。行くのは私。そうじゃなければ拡散はさせない」
「繊華ちゃん。本当にやるの? それなら一か八かレールガンに賭けたほうがいいんじゃない?」
「それだと外した場合、美月さんも動けなくなるかも知れないでしょ? あいつの相手は私とリリィだけじゃ厳しいよ。だから、これが一番確実」
「まだ猶予はあります。せめてギリギリまで誰も犠牲にならない方法を考えませんか?」
リリィはそう言うが、ドラゴンも段々と焦れてきている。いつこの均衡が崩れるかはわからないのだ。
(誰が行ったところで、大怪我は免れない。それならば、私がやる。これ以上、私は何も失うつもりはない! )
繊華は心配するふたりを顧みず、覚悟を決めた。次に攻撃に降りてきたとき。それがあいつの最期だと。
「っっ! 来ます!!」
繊華が魔力を高め、飛び上がるタイミングを計っていたときそれは起きた。
三人の後方から飛び上がった影は、ドラゴンの更に上まで昇るとそのまま反転。ドラゴンの背中に乗り、勢いのまま地面へ叩き落とした。
そして、ドラゴンから降りると唖然とする三人にこう言ったのだ。
「おまたせしました、先輩達。助けに来ました!」