3 魔導杖と専用機
魔導杖は魔力を魔法に変えるための道具だ。魔法黎明期に使われたという杖から兵器として完成した戦車型、そして現在のパワードスーツと世代とともに形状が変わっても、その本質は変わらない。魔導杖の動力源は魔力であり、そのほとんどの機能は魔法により行使される。出力は魔力量に依存するが、もうひとつ重要になってくるのが個人の魔力の性質だ。
性格や考え方がひとりひとり違うように、精神から生まれる魔力は人により性質が違う。そのため、魔導杖も魔力の性質にあったものを使う必要があり、合わないものを使えば動作はするもののただの重い鎧に等しい。また、自分に合う機体でも使用者により様相を大きく変える。
ひとつ例をあげると、アペールオブエアーという魔導杖がある。高さ3.2m、汎用機能であるパワーアシスト、姿勢制御装置等の他、背面大型ブースターと多数のスラスターを備えている。この機体の特性は【熱の操作と熱に関する現象の再現】だ。魔力の性質が炎系統の人が使えば、多数の推進機による高速戦闘を可能としており、炎の射出や熱を宿した剣などで果敢に攻めを行うことができる。余談ではあるが、炎の魔力を持つのはこういった戦法を好む勇猛果敢な人が多い。
一方、氷系統の魔力を持つ使用者の場合は、ブースターを用いた加速はできないものの氷を滑るように地面を移動することができる。そして、ブースターを冷気や氷の礫の散布装置として使い、魔獣の行動阻害をしたり、そのまま氷漬けにしたりする。
似たような魔力の人でもできることは違い、大型ブースターを外して別の武装を取り付けるなどカスタマイズが必要になることが、従来の画一的な部隊の構築を難しくしている。
「だから、専用の魔導杖を組む必要があるんだよ」
配属の日から2週間。あおいは訓練用魔導杖での訓練を終え、ついに自分専用の機体を持つことになった。
あおいは今日という日を楽しみにしており、4人で行っている朝のミーティング(という名のお茶会)でもワクワクした気持ちを抑えられていないようだった。
「それで、皆さんの魔導杖はどんな特性なんですか?」
「お? おねえさんの自慢、聞いちゃう〜?」
「わたしのねずみさんのこともぜひ知ってほしいです」
「まあまあ、落ち着いて。あおいちゃんも困ってるよ」
話したくてたまらない気持ちを抑え、誰から話すか決めていく。みんな自分の魔導杖が大好きなのだ。
第3世代汎用型魔導杖ディアスポラ。それが繊華の機体だ。
特性は【拡散と凝縮】、主武装のランスによる接近戦の他、空気の圧縮と解放をすることで、相手の姿勢を崩すことや武器の射出を行うことができる。ちなみにランスは大きなバンプレートが特徴的で風を受けやすいよう傘のように展開する機構となっている。また、顔の横から斜め後ろに伸びているイヤーアンテナで集音をすることにより索敵をしたり、味方の魔法を広範囲化または一点集中させたりと補助も広く行える。さらには他者の精神に働きかけることもでき、意識を一点に集中させるまたはさせないことで、所謂ヘイト管理をすることも多い。
欠点は攻撃能力が低いこと。特に複数の敵を相手にするのはかなり難しい。
美月の愛機、第4世代攻撃型魔導杖ブレードランナー。
特性は【発電とエネルギー変換】、主武装は剣。魔力から変換する電気はただ放つだけでも強力だが、搭載されたモーターや電子機器に供給することで真価を発揮する。ローラーやワイヤー射出装置による移動補助やレールガンによる遠距離物理攻撃、さらには刺突もできる盾を展開するサブアーム等多彩な動きを可能にする。加えて電気エネルギーを光エネルギーに変えることで視覚的に相手を撹乱させたり、熱エネルギーに変えて武器の攻撃能力をあげたりすることもある。
ただし、その攻撃能力の代償として他の魔導杖と比べ非常に脆い。重量を電子機器や機械に割く分装甲が薄く、攻撃を受けた場合搭乗者まで届かなかったとしても機械部が壊れてしまう。また、火や水でも電子機器が異常をきたすことがあり、そうした場合直ちに機能停止とはいかないもののできることが格段に減ってしまう。
リリィがねずみさんと呼ぶのは、第4世代汎用型魔導杖フラワーズフォーアルジャーノン。一般的にはアルジャーノンと呼ばれている。
特性は【強化と弱体化】。この機体の最大特徴は変形機能があることだ。人型モード、四足獣の体と人の上半身を持つケンタウロスのような半人半獣モード、完全な四足歩行の獣モードの三形態を瞬時に切り替えることができる。強化の魔法は単純だけど強力で、四足歩行によるスピードも合わせてそのパワーは圧巻の一言。リリィ専用機の場合は人型モードのときに変形機構を格納するため、下半身がまるでスカートを履いているようなシルエットになっているのも部隊の中では高評価ポイントだ。主武装はハルバードだが、素手で戦ってることも多い。所謂物理攻撃しかできないことを除けば、欠点らしい欠点はなく搭乗者の魔力の性質にもよるが弱体化に回るという選択肢もあるためほぼどんな場面でも腐ることがない完成度の高い魔導杖といえる。なお、強化が得意な者は弱体化が苦手であり、その逆に弱体化が得意なら強化が苦手な傾向が強いがリリィはどちらも得意である。
「あいちゃんは自分の魔力について何か聞いてないの?」
「いえ、適性があるといわれたくらいで……」
「そっかー。あとは性格で大体わかるっていうのもあるけど」
「憶測でどの魔導杖か思い込んで、違ったときにショックを受けてもいけませんし、やめたほうがよろしいのではないでしょうか」
「そうだよ、美月さん。……いっそ、みんなで隊長に聞きに行く?」
「いや、その必要はない」
繊華が提案したとたん、タイミングよく隊長が部屋に入ってきた。これは扉の前で話を聞いていたのだろう。乙女の会話を盗み聞きするとは……
「先程、あおいの魔導杖が届いたと連絡があった。皆で見に行こうじゃないか」
繊華の些細な怒りも次の言葉でどこかへいってしまった。
格納庫に着くとあおい用のハンガーの扉は閉められており、まだ機体の姿を見ることはできなかった。
「それでは、除幕式といこう。始めてくれ」
隊長の合図で扉が動き、徐々に機体の姿が顕になっていく。「新型?」と誰ともなくつぶやき、あおいの様子を見る。そのすべてを収めようと大きく見開かれた目は、希望に溢れ輝いて見えた。その様子に隊長は満足そうに頷き告げた。
「第5世代試作魔導杖ニューロマンサー。特性は【模倣と同調】だ」