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1 新人と慌しい朝


 新人が配属されることを当日言うなんて!


 部隊に与えられた部屋を出ると、繊華(せんか)はいい加減な隊長へと心の中で悪態をついた。あの人はいつもそうだ。隊で唯一の正式な軍人だというのに、どうも抜けていることが多い。せっかく顔はいいというのに台無しだ。それにどうも人が良すぎる。押し付けられた仕事をどれだけ繊華達がフォローすることになったことか。まあ、だからこそこんな実験部隊を任されることになったのだろうが……


 ため息で気持ちを切り替え、手元のファイルに目をやると、件の新人は10歳の女の子とあった。写真には色素の薄い髪をした痩せぎすの少女が写っていた。

 こんな大人ばかりの場所に連れてこられるなんて、さぞ不安だろう。それに受入予定の時間も近い。資料の確認もそこそこに迎えを急ぐことにした。




 エントランスに着くと、既に少女は到着しており対応をしてくれていたであろう男性の軍人さんと一緒に所属する隊の出迎えを待っているようだった。

 身長は130cmほどだろうか。大柄な軍人さんと並んでいる様子はますます小さく見えた。

 ――こんな小さな子まで戦いに駆り出されるなんて……

 繊華は自分の年齢(18歳)ことは棚に上げつつ、不安がらせないよう努めて明るく振る舞い声をかけた。


「こんにちは。あなたがあおいちゃんだよね?」

「は、はいっ! 伊原あおいです。よろしくお願いします!」


 表情は硬く緊張している様子で勢いよく頭を下げる彼女に、繊華は少し胸を張るように応えた。


「私は繊華っていうの。一応、あなたが配属されることになる部隊の先輩になるかな」

「……先輩」とヘーゼルの目を大きく開いて呟く様子はとても可愛らしい。思わず抱きしめたくなる気持ちをぐっと抑え、平常心、平常心とファイルを胸に抱いて心を落ち着かせていた。


 そして、そんなの様子も軍人さんに微笑ましい目で見られていたことに気付いた繊華は、なんだか急に恥ずかしくなり頬を染めた。



 軍人さんは仕事に戻り、ふたりで基地の中を歩いていく。どこから案内すべきか。何から話すか確認のため問いかけた。


「あおいちゃんは、コロニーの外で暮らしていたんだよね?」

「はい。増えたり減ったりしましたが大体20人くらいでいろんな町を転々としてました。大人たちは昔コロニーにも行ったことがあるらしいんですが、受け入れてもらえなかったと聞いてます。あっ、でも今はみんなと一緒にここのコロニーで暮らせています」

「じゃあ、ここのことはあまり知らないよね。あおいちゃんが住むことになったこのコロニーは、見ての通り海に浮かぶ人工島なの。だから陸と繋がる橋だけ防衛すれば安全ってこと。そしてその防衛のための基地がこの建物なんです!」


 繊華達が今いる基地は人工島――狭義にはそちらがコロニーと呼ばれる――ではなく橋の手前の陸地に建てられている。元々大型ショッピングモールだったここは、各テナントのシャッターが閉められ、壁や扉を取り付けられてはいるが商業施設の面影を大きく残している。ときに寂れた商店街の物悲しさを感じさせてしまうほどに。

「各部隊の部屋はもちろん。食堂や訓練室、余暇を過ごすための図書館や遊戯室なんかも揃っていて、そして何と言っても――」


 ビービービービー


「な、何の音ですかっ」

「間が悪いね。魔獣が近づいているみたい」


 突然のアラートと魔獣の襲撃に驚くあおいを宥め、展望エリアへ行くことを提案する。そこであらば安全だし、自分達の仕事も見せるにはちょうどいい場所だ。


 魔獣。――それは約10年前に起きた「臨界の日」に現れた人類の敵である。

 この世界と異世界が近付き過ぎたことで異世界から流れ込んできたといわれるそれは、瞬く間に世界を覆い尽くした。

 その結果、世界人口は大きく減り、人々はコロニーと呼ばれる一種のシェルターで生きることを余儀なくされている。稀にあおい達のようにコロニーの外でも生き残っている人々もいるが、余程運が良くない限りその生活は厳しいものとなっていた。

 魔獣は小型犬程度のものから、見上げる程の大きさまで様々な種類がいるが、共通する特徴は二つ。肉食であろうが草食であろうが人を襲うこと。


 そして、魔力を持っていることだ。


 数分ほどでたどり着いた展望エリアからは、すでに遥か遠くに魔獣の群れが見えた。望遠モニターやレーダー情報の感じからすると50匹はいそうだ。

 大型犬ほどの大きさのそれらは、一匹でも人間をやすやすと殺し得る。この群れだけでもここのコロニーの住人が全滅し得る脅威だ。


「あ、あんなにいっぱい……早くみんな逃げないと!」


 あおいは窓ガラスにより掛かるように手をつくと、狼狽えた様子でそう言った。

 魔獣への対抗策の少ないコロニー外に住んでいたのだから、魔獣の恐ろしさをよりよく知っているのかも知れない。

 だからこそ、繊華は平然と言い放った。


「確かに多いね。でも大丈夫」


 そして、少しかがみこんであおいと目を合わせると、不安を払拭させるようあえて不敵に笑う。


「だって、私達強いから!」





 眼下では魔獣を待ち受けるべく、陣形が敷かれていた。

 魔獣と戦うのは戦車でも、ましてや生身の人間でもない。

「あ、あのロボットは何なんですか?」

「ロボットと言うよりパワードスーツに近いんだけどね。あれの名前は魔導杖」

「魔導杖?」

「そう、私達が魔法を使うための魔法の杖(マジックワンド)だよ」


「ほら見て、戦闘が始まるよ」

 魔導杖がそれぞれの武器を構えると、魔獣に向かって炎が、氷が、雷が矢継ぎ早に放たれていった。そして、嵐のようなそれらを受けた魔獣は次々と命を散らしていく。

 また仲間が盾となり運良く攻撃地点を抜け出ることができた魔獣に対しては、前列の魔導杖達が素早く近付き手に持った剣で、槍で、或いは拳で倒していった。


 そして戦闘開始からわずか10分後、魔獣の群れは全て沈黙することとなったのだった。

 

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