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11人目の戦核者  作者: アメイロ ニシキ
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第6話

 「冒険者?」


 「ああ」


 鍛錬は終了。中途半端に余った丸太と薪は師匠(せんせい)が処理するとして解散になり、体力が戻った俺はいつも通りに皆の手伝いへ向かった。


 この村での主だった作業は農業が中心だ。あとは採取や狩りと自給自足な生活である。

 農業に関してはリーベルさんのようなお年寄りが担当し、村を少し離れての狩りなどは若い者達の仕事だ。


 その例に漏れず、こうして俺も狩場である森へと合流した。そこに居たユナや他の人達と軽く挨拶を交わし、現在は全員で獲物を捜索中。


 その道中、隣を歩くユナに本日の鍛錬で唐突に決まった冒険者業開始の件を伝えたのだが、突然だったにも関わらずどうにも反応が薄い。


 「ふぅん」


 「案外驚かないんだな」


 「まぁ、いつかそうなるんじゃないかって思ってたからね〜。

 ここでずっと暮らしていくだけなら、毎日リズさんと鍛錬なんてする必要も無いしさ」


 「そうか。……少しホッとした」


 「何が?」


 「冒険者になると打ち明けて、ユナに泣きつかれたらここを発ちづらいからな。思っていたより平気そうで安心した」


 ユナの俺に対する攻めの姿勢から考えても、泣きつくとは言わないまでも多少の寂しさはあると思っていたんだがな。

 この分なら大丈夫そうだ。別れる時になっても必要以上に心を痛める事も無いだろう。


 「ヒドイな〜。これでも深く傷ついてるのだよ?」


 「そうは見えない」


 「ちっちっちっ、女ってのはなかなか本心を見せないもんなのさ」


 「普段から俺にグイグイ迫る奴の言葉とは思えないな」


 「恋に対して本心を隠してどうすんのさ。それとこれとは話は別ってやつだよレド君、お分かり?」


 「俺に恋がどうのと説法を説いても意味が無いのはよく知ってるだろう?」


 「はぁ……ここを出て行くってのに、想いを寄せる女の子に対して配慮すら無いのは流石にどうなのさ〜。ショックで私が出て行きそう」


 「止めはしない」


 「そこは止めなよ! 女の子1人が家出先で野垂れ死ぬ可能性とか考えないのかな!? 魔獣とか盗賊とか強姦魔とかさぁ!」


 「お前と出会う相手が不憫だとは考えている」


 「ひどーい! むぅぅぅぅ!」


 いや事実だろ。この世界は女性優位。かつ例外を除けば力を持つのも女性だけ。世の男性は肉体的にも地位的にも女性より遥かに劣るのだ。

 手を出そうものなら返り討ち。上手く行ったとしても、後々悪事がバレれば男性側に勝ち目はない。


 例え男性側が無実でも、白を黒と平気で吐き捨てる。それが今の世界だ……腐ってる。


 ユナがそんな事をするとは思えないが、どちらにせよ男性側の勝ち目が薄い事に変わりはない。

 一般人だろうが盗賊だろうが魔獣だろうが、実力のあるユナの敵ではないだろう。


 ……ああいや、魔獣に関してはそうとも限らないか。中には師匠(せんせい)クラスの化け物も居ると聞く。

 そんなのに襲われては俺でも勝てるか怪しい。


 「うるっせーんだよさっきから! 狩りの真っ最中に乳繰り合ってんじゃねぇバカップル共!」


 ふと、俺達の前からそんな怒鳴り声が聞こえてきた。


 額に青筋を浮かばせて俺達へ吠えている1人の若い男。目付きから何からガラが悪いをこれでもかと体現している男は、狩猟用ナイフの切っ先を向けながらズンズンと近寄ってくる。


 「やんやんっ、聞いたレド? 私達カップルだって! やっぱり周りからはそう見えちゃうんだよ!」


 「悲しいな」


 「なんでさ!?」


 恋人同士でもないのにそう見られるのは悲しいだろ。俺がおかしいのか?


 「乳繰り合うなっつってんだろ! ちったぁ他の奴らの事も考えろアホ共!」


 言われて周りを見れば、皆苦笑いを浮かべて俺達を見ていた。一部血涙を流す勢いで俺を睨んでる奴もチラホラと居る。あれは年中ユナを狙っている奴等だろう。


 うん、いつも通りだ。ユナと一緒の時は大体こんな感じじゃないか。


 「相変わらずのガミガミ症だねぇゼニス」


 「人を病気みたいに言うんじゃねぇ!

 テメェ等狩りをしてる自覚があんのかよ! 真面目にやれや! 獲物が逃げたらどぉすんだオラッ!」


 「お前の声のデカさも大概だぞゼニス。獲物が逃げる」


 「ああぁぁんっ!? うっせぇよ居候風情が殺すぞ!」


 人の喉元にナイフをあてがって噛み付いてくるこの男はゼニス・ベアー。

 何を隠そう、俺に対して全力投球の好意を寄せてくるユナの実の兄である。


 毎度思うが似ていない兄妹だ。


 「我が兄ながら短気で嫉妬深いなぁ。怪我しないうちにナイフ(それ)引っ込めなって。

レドは私より遥かに強いんだから」


 「嫉妬なんざしてねぇよ!」


 いやしてるだろ。


 ゼニスは何かにつけて俺に突っかかってくる。妹のユナが俺と仲良くしてるのが気に食わないなんて理由ではなく、単純に俺が師匠(せんせい)とひとつ屋根の下で暮らしてるのがゼニスにとっては許せないんだと。


 これはユナの談である。

 要は妹同様、ゼニスも恋する男。相手が俺か師匠(せんせい)かの違いってだけだ。


 「落ち着けゼニス。狩りに集中していなかったのは事実だから謝ろう。すまなかった」


 「ちっ、あの人の弟子名乗るんなら真面目にしてろ」


 「ああ、努力する」


 下手に喧嘩腰になる必要はない。素直にこちらの非を認めれば、気に入らない表情はそのままにゼニスもおとなしく引き下がってくれた。


 「ゼニスはリズさんに愛されてるレドが本当にお嫌いなようで。ぷぷぷー」


 「んだコラぁ! 喧嘩売ってんのかユナぁっ!!」


 そのままそっとしておけばいいものを、ユナが余計な燃料を投下するもんだから、せっかく鎮火し始めていたゼニスの火が再燃焼した。


 面倒事は避けたいんだがな……そういう所だぞ、ユナ。


 ん?


 「ウサギの糞か。まだ新しい」


 「テメェはマイペース過ぎんだよ!」


 真面目に狩りをしろと言うから見つけた動物の痕跡を調べたのに、この言われようだ。解せん。


 「もー、うるさいよゼニス。ちゃんと働いてるレドの邪魔しないでってば」


 「誰のせいだ誰の!」


 「ユナ、余計な事を言ってないで手伝え」


 「はーい」


 これ以上相手をしていてもキリが無い。むしろ俺が関わってゼニスが落ち着いたためしなど皆無なのだから、刺激を与えるだけ逆効果だ。


 俺を嫌うなら好きにさせておけばいい。


 「ウサギだっけ? 近くに居そう?」


 「痕跡は真新しい。誰かさんの大声に驚いていなければ、そう遠くへは行ってないだろう」


 「うわ、絶望的じゃんそれ。誰か猿轡(さるぐつわ)持ってない? ゼニスの口塞いでてほしいんだけど」


 「だから!! 誰のせいでもがが――!?」


 「はいはい、黙ってて」


 「おえぇぇぇぇぇっ!!!」


 ユナはゼニスを吠えさせるのが上手い。

 そうして再び吠えようとするゼニスの口の中に掴んだ土を躊躇なく突っ込むユナの姿は、ある意味で師匠(せんせい)よりも容赦がなかった。


 これが2つ下の妹が兄にやる事なのだから恐ろしい。


 「近くに居る事を祈ろう。ユナとゼニス、それから他の皆は周辺を探してくれ。この辺りは比較的安全とは言え魔獣が出ないとも限らない。

 単独行動は控えるように。常に誰かと行動を共にするんだ」


 「チームを分けるんだね。レドはどうするの?」


 「もっと大物を狙う」


 さっきのウサギの糞を見た時、これまた新しい足跡の痕跡が隣にあった。形状からして猪だろう。

 人の気配には敏感で逃げ足も速いから集団で追うのは得策ではない。


 「ぺっぺっ! まだジャリジャリしやがる……っておいレド! 何を当然のように仕切ってんだよ!」


 「仕切ってはいない。あくまでも提案だ。

乗るかどうかはお前達に任せる」


 「はーい! 私レドと一緒がいい!」


 「さっき言っただろ。ユナは皆とウサギを追ってくれ」


 「えぇ〜」


 「適材適所。こっちは1人の方がやりやすい」


 「むー!」


 不満顔を隠そうともしない。


 それに、ユナが一緒では静かに行動も難しそうだからな。2人きりの状態でユナが黙っているとは思えない。

 確実に獲物を捕らえるには単独行動が一番だ。俺に限定して、だが。


 「けっ、勝手にしろ。こっちとしちゃテメェが居ない方が清々すらぁ。

 どうせならそのまま1人で魔獣に食われてくれりゃ万々歳だぜ」


 「む、ちょっとゼニス!」


 「そうか。こちらの提案を受け入れてくれて感謝する」


 「……ちっ。そういうとこがムカつくんだよ。おいテメェ等! さっさと行くぞ!」


 何やらボソリと呟いたゼニスは、皆を連れて足早にこの場から離れて行ってしまった。

 何人かは俺を気遣うような視線を向けてくるも、気にするなと手を挙げて見せれば申し訳なさそうにゼニスの後を追って行く。


 若い男達の中ではゼニスこそがリーダーみたいなものだからな。逆らえはしないのだろう。

 まぁ残られても対応に困るだけだから助かるが。


 「ごめんねレド。ゼニスはあとで生き埋めにしとくから」


 「恐ろしい事をサラリと言わないでくれ。あれでもこの村の一員だ、害せば師匠(せんせい)が黙ってないぞ」


 「うひ〜! リズさん怒らせたら私なんてミンチだよ! だから生き埋めにした事は内緒にしててよレド!」


 「ゼニスを生かす選択をしてやれよ」


 「善処する!」


 「それは遠回しに断っているのと同じだと師匠(せんせい)が言っていた」


 「じゃあ善善処する!」


 「意味がわからん。いいからお前も早く行け。手ぶらで帰る訳にはいかないんだからな」


 「はーい!」


 コロコロとよく変わる表情だ。どうやったらそんなに感情を顔で表せるのか教えてほしいものだな。


 元気よく返事をして去っていくユナの背を見送り、さて俺もと踵を返そうとしたその時、ふと背中に声が掛けられる。


 「ね、レド」


 まだ何かあるのか。

 内心で大きなため息を吐いて肩越しに振り返ると、少しだけ息を呑んだ。


 ユナはいつも笑っているイメージがある。どんな時でも太陽のように笑い、明るく、ゼニス以外には非常に心優しい。

 それが俺が抱くユナ・ベアーの人物像。……だったのだが。


 振り返った先に居たのは、寂しげに笑うユナの姿。


 「ここを出て行く前にさ、教えて欲しいんだよね。リズさんに聞いても教えてくれないから」


 「……何をだ?」


 「ここに来る前は、どこに居たの? 何か――」


 「黙れ。詮索するな」


 「っ!」


 反射的に口をついて出てきた攻撃的な言葉。

 俺の意志とは関係なしに、それ以上口を開くなと語気を強めてユナへとぶつけてしまった。


 無意識に言ってしまったとは言え悪いとは思わない。俺の過去を掘り返そうとする者は誰だろうと許さない。

 それを知っているのは俺と師匠(せんせい)だけで十分だ。


 この世界も、女も、俺の過去も、全部大嫌いだ。



 ユナの返答を聞こうともせず、俺は森の奥へと歩みを進めて行った。



 「教えてよ……誰が、レドを壊したの?」

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