第13話
「では、ここにサインを」
「はい」
「レド・ヴァレンタインさんですね。ようこそレイムウッドへ。歓迎いたします」
「どうも」
(あら? ヴァレンタイン? ……まさかね)
村を出発して3日後の昼時。ついに目的地である街へと到着した。
街に入るための簡単な手続きを終え、女性兵士の横を通り過ぎて門を潜れば、多くの人で賑わう大通りが俺を出迎えてくれた。
前に来た時よりも活気づいているように見えるのは気のせいだろうか。まぁ、悪いことではないからどうでもいいが。
「ふぅ……ようやく肩の荷が下りたな」
通行の邪魔にならないよう大通りの端で背負っていた鞄を下ろし、グルグルと肩を回す。ここに来るまでに色々と起こり過ぎてクタクタだ。
何度も襲撃を受けたのはもちろん、元騎士の連中に事実上の弟子入りを申し込まれたりと、散々だった。
そのリューネ達とは街から少し離れた位置で別れた。着いて来られても迷惑だし、アイツ等にとっても街中は危険だからな。自分達を追いやった連中にどうぞ捕まえてくださいと言ってるようなものである。
最後の最後まで配下にしてくれと喧しかった。面倒になって殴り飛ばしそうになるのをグッと堪えつつ、アイツ等だけでも生きていけるように狩りのやり方を叩き込んだ。
実践無しでも飲み込みは早く、教えたことをスムーズに理解する辺りは流石腐っても元騎士と言ったところ。
ただ、狩りを教えただけでは今後奴等が悪さをしない証明にはならなかったので、不安の芽を摘む意味でも師匠の教えを可能な限り教え込ませた。それはもうみっちりと。
道中で狩りの基本を教えつつ、会話の中にそれとなく師匠の言葉を織り混ぜて入念に教育。その甲斐あって出会った時とは見違えるほど目付きが変わった。
天啓を得たと言うべきか。少なくともそう表現していい程度ではあったと思う。
『胸に刻みました。アカメ様の教え、決して無駄にはしないとこの名に誓います。我等一同、決意を新たに歩む所存です。
今後ともよろしくお願いします、アカメ様。いえ、ボス!』
『この命、ボスのために』
『ボスのために!』
以上が最後に聞いたリューネ達の言葉である。
もはや何を言っても聞き入れる様子ではなかった。何がボスだ。勝手に人を祀り上げないでもらいたい。
配下にするとは一言も言っていないし、単純に気持ち悪かったが故に特に言葉を交わすことなく別れたが……今になって少し不安になってきたな。
俺の知らない所でよからぬことを企ててなければいいが。
(いや、もう俺には関係のないことだ。子供でもあるまいし、あれだけ教えたのなら馬鹿な真似はしないだろう)
多少マシな奴等だったとは言え俺にとっては有象無象に過ぎない。もう会うこともない奴等を気にしていたって仕方のないことだ。
……まさか街の外で待機してたりとかしないよな?
「……やめよう」
考えるだけ無駄だ。過ぎたことをあれこれ考えるよりも、当初の予定通りに行動すべし。
まずは宿を確保して荷物整理。その次は武具屋で新しい防具と剣を見繕おう。
下ろしていた鞄を背負い直して、活気溢れる大通りを進み始めた。
しばらく歩いてみて気付いた事が一つある。
それは、俺が思っていたよりも男女が共存している事実。師匠に連れられて来た時は色々と心に余裕が無い時期だったせいもあり、周りの様子も禄に見れていなかった。
多くの出店では男性が営んでいる物も少なくない。女性と共に支え合って働いている光景もチラホラ見受けられた。
俺のイメージとはかけ離れている。男性も女性も関係なく協力し合う当たり前の姿……まさしく村に居た時と同じ光景がそこには広がっていた。
悪い奴等ばかりではない、か。確かに、これを見てしまうと師匠の言葉は本当だったと実感せざるを得ない。
だが、あくまでもそれは一般人に限っての話。真に腐っているのはやはり冒険者ギルドと見た。
実際、街道で初めに俺を襲ってきた3人組は冒険者くさかったからな。大通りがこの様子だからと気を緩める理由にはならない。
「そこの兄ちゃん! 一つ買ってかないかい!?」
不意に横から男性に話しかけられた。出店の店主だろうか。鍛え上げられた両手でこれ見よがしに串に刺さった肉を持ち上げている。
香ばしい香りが食欲をそそる。つい反射的に首を縦に振りそうになってしまった。
「いや、俺は──」
先を急ぐからと断ろうとした途端、狙いすましたかのように鳴り響く腹の音。言わずもがな俺の腹から発せられたものだ。
何だかんだほとんどの食料をリューネ達に分け与えてしまったからな。正直腹ぺこだった。
「はっはっはっ! 体は正直ってやつだなぁ! これ1本オマケしてやるから、食ってみな!」
「いいんですか?」
「おうよ! 見たところ、レイムウッドには慣れてないだろ? 歓迎の意味も込めてオッチャンからのサービスだ」
む、バレてる。キョロキョロし過ぎてしまっていたせいか。簡単に悟られるようでは俺もまだまだだな。
「では、お言葉に甘えて」
「おう! 若ぇもんは食ってなんぼだ!」
暑苦しいを体現している男性から肉を受け取り、多少警戒しながらも齧り付いた。口の中いっぱいに広がる肉汁。ただ焼いた訳ではなく、しっかりと下処理もされて味も付いている。
熊肉とはまた違った味わいだ。これはなんの肉だ? 何にしても美味い。
「……これ、肉は何を?」
「ミートファンガっつぅ猪の肉だな。レイムウッドじゃメジャーだぜ? 口に合わなかったか?」
「いえ、とても美味しいです。初めて食べる味なので少し戸惑いました」
「はっはっはっ! そうかい!」
これが猪だって? まったくクセがないぞ。普段狩りをして食べている猪とはまったく違う。
いったいどんな下処理をすればこうまで旨味が──って、いかんいかん。なまじ料理をする身だから、つい気になってしまった。目的を忘れるなレド・ヴァレンタイン。
……とは言え、美味いものは美味いんだよな。
「恩を受けては返すが常識。名を聞かせてもらえますか?」
「俺ぁダグだ。ダグ・ティールマン。見ての通りここでの商売を生業としてる。ま、この肉串がメインの商品だな」
「分かりました。ではダグさん、追加でもう1本……いえ、2本貰えますか? もちろん代金は払います」
「はっはっはっ! 律儀だねぇ、いや当たり前か? まぁ何にしても毎度! 一番出来の良いもんをやるよ!」
「ありがとうございます」
「いいってことよ! ……しかし何だ、今時珍しい兄ちゃんだな」
「珍しいとは?」
「いやぁ、同じ男の俺が言うのもなんだけどよ、どいつもこいつもしけた面ばっかで気が滅入るのよ。
女の顔色ばっか窺ってビクビクしてるばかりで情けねぇったら。その点、兄ちゃんは堂々としてるもんだ。不慣れな場所でもその姿勢は好感が持てるね」
ふむ、貴重な情報だ。現地人であるダグさんが言うのだから信憑性もそれなりに高い。やはり多くの男は女の影に怯えていると考えて行動するべきだな。
少し探ってみるか。
「周りを見た限り、そういった様子は見受けられないようですが?」
「そりゃあ此処はな。街の門を潜って一番始めに人が通る場所、つまり大通りはレイムウッドの顔だ。
マトモな神経をした奴等はここに集まって店を構えてるし、国もそれを推奨してる。イメージってのは大事だ。
が、ちょっと道を外れて裏通りに入っちまうと酷ぇもんさ。女に搾取されて絞りカスになっちまった野郎共がそこら中にいる」
「綺麗に見えるのは表だけ。裏はゴミ溜まり、か」
「何とかしてやりてぇが、俺に出来るのは隙を見て飯の一つくらい施してやることくらいだ。
自分にも力があったら、なんて何度も思ったぜ。ほらよ、肉串2本な」
情けないと言っておきながら見て見ぬふりはできないのか。良い人だなダグさん。こんな人まで搾取の対象に成り得ると考えたら、腸が煮えくり返る思いだ。
手が汚れないようにと綺麗に包装された肉串を受け取り、代金を払おうとした。その時。
「あー、噂をすればだ。わりぃ兄ちゃん、ちょっと店動かすぜ?」
店を動かす?
俺がそんな疑問を口にできないまま、ダグさんは慣れた手つきで店を畳んでいく。手伝う暇すら無くあっという間に片付けられ、肉焼き器を担いで大通りの端へと移動を開始した。
よく見れば、そんな謎の行動に出ているのはダグさんのみならず、周りで出店を開いていた皆も同様だった。
何やら不穏な空気を感じて、俺も端へと身を寄せる。
「ダグさん、これは?」
「ああ。見ろよ」
顎で指された大通りの奥へ視線を向ける。こちらに歩いてきているのは武装した集団だ。ザッと数えただけでも軽く30人以上は居るだろうか。
道を開ける人々はそんな集団に向かってしきりに頭を下げていた。
随分と偉い身分の者達なのか。そう思ったのは一瞬。すぐにそれは間違いだと気付かされた。
「っ……!」
集団の中の1人が下卑た笑みを浮かべながら、大通りの端に寄せた店の商品を当たり前のようにくすねていた。
代金を払っている様子も無い。店の人も文句すら言わずに頭を下げ続けているばかりだ。一件、また一件、同じ事を繰り返されて尚、誰もそれを咎めようとしない。
正しく、異様な光景だった。
そしてこれは予想通りと言うべきか当然と言うべきか、全員女である。
「ありゃレイムウッドの冒険者ギルドに所属してる破翼の連中だ。あそこまで集団なのは初めて見るな……デカイ案件でも引き受けたか?」
「冷静ですね。この状況をおかしく思わないのですか?」
ダグさんの反応を見るに、随分と慣れた様子だ。おそらく日常的に繰り返されてる光景なのだろう。
「おかしいさ。だが俺達に物申す力なんざ無い。下手に反抗して奴等の怒りに振れれば、それこそ終わり。デタラメな罪をでっち上げられてレイムウッドから追放される。最悪は死罪だ。
仕事を引き受けた連中は大体この大通りを通って街を出て行くんだが、面倒事に巻き込まれたくないから皆道を譲るってわけだ。特に破翼の連中にはな」
罪……立場は違えどリューネ達を嵌めた連中と同様の手口か。これは横行していると見ていいのかもしれない。
「なるほど。胸糞悪いですが、これも自衛の為なんですね」
「そういうことだ」
「ちなみに、破翼とは?」
「冒険者を集めて結成されたチーム名みたいなもんさ。ほれ、あの先頭を歩いてる赤髪の女が破翼のリーダー。アリューシカ・ベルゼだ。
兄ちゃんも巻き込まれたくないなら、絶対に関わるんじゃねーぞ?」
「お心遣い痛み入ります」
赤髪の女。背丈は低いものの、強気な瞳は強者の風格を感じるものではある。しかしそれ以上に纏っている雰囲気そのものが堕落のそれだ。
無意識に女を観察する目付きが厳しくなってしまう。ふと、そんな俺の敵意に気付かれたか、件のアリューシカ・ベルゼがこちらへと歩いてくるではないか。
「ちっ、目ざとい奴め」
「……?」
俺以上に不快感を顕にしていたのは誰あろう隣に立っていたダグさんだ。忌々し気に舌打ちをしたかと思えば、然りげ無く売り物を自分の背後に隠した。
他の男達とは態度がまるで違う。へりくだるでも威張るでもなく、堂々と真正面から受け止めようとするその姿勢。無意識に感嘆の声が漏れるところだった。
この佇まい。どこか師匠を思わせてくれる。こういう男も居るんだな……侮れん。
「久し振りだねダグ。相変わらずしけた商売してるんだ? 飽きないの?」
「いらっしゃい冒険者様。何か入り用で?」
「用が無いとダメなの? 意地悪だな〜。じゃあ肉串貰える? 全部」
「毎度。合計で……銀貨11枚だ」
「いやいや、私達これから大仕事に行くんだよね。だから英気を養わないといけないわけ。分かる?
そんな私達に激励も込めた施しをするのが男の役目じゃん? ね? 簡単なこと。当然タダだよね」
「はっはっはっ、冒険者様は冗談が上手くていらっしゃる」
「……んー、面倒くさいなぁ。反抗の意思ありってことで捕まえちゃうよ?」
「真っ当な商売をしている相手にそれはどうなんだ? それに、そんな事をすれば困るのはアンタの方だろ」
「……ほんとムカつく。ま、いっか、どうせボソボソの肉なんて食べれたものじゃないし。みんなもこの店のもの食べてお腹壊さないようにねー!」
聞いていられない。どう考えても悪はこの女の方だ。端から売り物をタダで受け取ろうとし、それが叶わないと見るやダグさんの評判を落としかねない発言。
俺の前でそんな蛮行に至ろうとはいい度胸をしている。大通りのど真ん中に埋めてやろうか。
「っ……ダグさん?」
「何も心配いらねぇよ兄ちゃん」
アリューシカに一歩踏み出そうとした瞬間、ダグさんに肩を掴まれて止められた。面倒事は避けたいという意思表示にしては晴れやかに笑っている。
そんなダグさんの様子を怪訝に思っている間に、肝心のアリューシカはその場を離れて移動を開始してしまった。
その後ろをゾロゾロと付いていく冒険者達。誰も彼もがダグさんを恨みがましく睨みつけながら歩き去っていく光景は異様の一言に尽きる。普通ではない。これは何かあるな。
やがて冒険者達の姿が見えなくなった頃、そそくさと営業再開しようとしていたダグさんに疑問をぶつけてみた。
「お知り合いですか?」
「まぁな。ちょっとした因縁ってのがあるのよ。いやまぁ、そんな大したもんじゃねぇんだが、アリューシカには姉が居てな?」
「あれの姉、ですか」
言ってはなんだが妹と同様に碌でもない性格をしていそうだ。
「そうカリカリしなさんな。で、その姉ってのがミュシカ・ベルゼ。ちょっと前まで色々と話題に上がってた元冒険者で、現在の俺の嫁さんだ」
「なるほど、元冒険者…………ん? 嫁?」
「はっはっはっ! まぁそういう反応になるよなぁ!」
豪快に笑い飛ばすダグさん。俺はといえば軽い混乱状態だ。流石にそれは予想外だった。
「嫁さんは今時じゃ珍しい数少ない男性肯定派でな。依頼をこなしに行く前に、毎回俺の店に寄ってくれたりで仲良くなっちまってよ。
ある日デカイ獲物を狩り終えて、その死骸を引き摺りながら帰ってきたかと思えばいきなりプロポーズされてな。あの時は目ん玉飛び出るかと思ったぜ」
「随分と独特というか何というか……」
「プロポーズの言葉は、私のために毎日肉を焼いてくれないか、だぜ? 笑えるだろ?」
「返事はもちろん?」
「おう! 俺も嫁さんに対しては初めから好印象だったからな。了承させてもらった。
……まぁ、それがアリューシカにとっちゃ気に食わないらしくてよ。元々仲の良い姉妹で、特に妹の方は姉にべったりだった。だから姉を奪った俺が心底憎いんだろうさ。
あそこまで態度が酷くなったのも、俺と嫁さんが籍を入れてからだからな」
「先ほど言っていた、困るのは相手側というのは?」
「簡単な話だ。嫁さんは俺側。だから下手に俺に手を出せば怒られんのはアリューシカなんだよ。
どんなにひん曲がっても姉にだけは強く出れねぇからなアイツ」
「……話を聞いた限りでは、根っからの悪というわけでもなさそうですね」
「そうさなぁ、今は色々と拗らせてる時期ってやつか。でもま、元々男相手にゃ厳しかったのも事実だ。嫁さんも気にしてるし、何とかしてやりてぇが……っと悪いな、お客さんに聞かせるような内容じゃねぇや」
「いえ、気にしないでください。到着早々に貴重な情報を聞けて満足していますから。要注意人物が分かっただけでも収穫ですよ」
「変わった兄ちゃんだなぁ。そうだ、兄ちゃん名前は?」
問われ、何と答えるべきか迷った。リューネ達には偽名を名乗ったが、あちらは面倒を避ける為だったからな。
ダグさん相手ならば本名を名乗るのも吝かではない、か。何より恩を受けた相手に名前を偽るのは仇で返すように感じて嫌だ。やはり真実で応えるが道理。
「レドです。レド・ヴァレンタイン」
「良い名前じゃねぇか。男らしくて最高だぜ!」
暑苦しい笑顔と共に親指を立ててくる。ふふ、憎めない人だ。間違いなくダグさんは周りからも好かれている人物だろう。
こういう人と繋がりを持つのは悪くない気分だ。
「ありがとうございます。では、先を急ぐので俺はそろそろ行きますね。あ、これ肉串の代金です。ご馳走様でした」
「毎度! 気に入ったなら今後とも贔屓にしてくれよ!」
「もちろん。そのつもりです」
アリューシカ・ベルゼについてはもちろん、何より男性肯定派の女性が居ると分かったのはかなり大きい。
しかも元冒険者。奴等全員が腐っている訳じゃないのか。この先俺1人では対処しきれない事態に直面する可能性も考えれば、そういう人達と協力関係を築くのも悪くはなさそうだ。
ミュシカ・ベルゼ。貴重な意見を聞けそうだし、ぜひ一度会って話をしてみたいな。その為にもまずはダグさんとの信頼関係を築かねば。
いきなり他者の領域に踏み込み過ぎるは悪手。焦らず見極めるべし。師匠の教えだ。
懐から真っさらな手帳を取り出して、これまでに出会ってきた人達について簡潔に走り書きをしておく。
どうでもいい出会いだったとしても、どこで縁が繋がるか分からないからな。念の為である。
そうして手帳に書き記しながら、俺は道行く人を器用に避けつつ大通りの奥へと歩みを進めていった。
「ひぃふぅみぃ……ありゃ、肉串1本分多いじゃねぇか。最初のサービス分まで払ったのか? 本当に律儀だなあの兄ちゃん。
しっかし、ヴァレンタイン……ヴァレンタインねぇ。どっかで聞いたような……?」




