4-27 エメラルルド
ふと一言何かを呟いたラン。他の誰にも彼が何を言っているのかが分からなかったが、ユリだけが何かに気が付いて南の抵抗を振りほどかん勢いで動こうとする。
「ちょっとユリさん! ダメだよ! 君は赤服に狙われていて!!」
だが小さい身体を上手く動かし、ユリは南の拘束から脱出して変身を解いた。
「そんなこと言ってる場合じゃない!!」
そこからユリはすぐにランに向かって飛び出そうとするが、再び南が羽交い締めにして邪魔をする。
「放しなさいよ南ちゃん!!」
「ダメ! ラン君から君の事を預かっているから!!」
「そのランが危険なの!! このままじゃ取り返しのつかないことになる!!」
ランが危なっかしい事をするのはこれまで何度もあったが、それでこんなにユリが焦るのは初めて見る。
「だからって君が負傷したら、それこそラン君が!! とにかく! あんな危ない女の人には近付けさせない!!」
「危ないのはそこじゃないわよ!!」
「エッ?」
南はユリが何を言っているのかが理解できなかったが、すぐに目の前の現象で分からさる事になった。
ランが女に間合いにまで近付かれ、ナイフで切られるとなったときだった。
「まずは一人目! 胴を切り裂いて喰らってやるわ!!」
異変が目に映ったのはここでだ。つい先程までパワー差に押さえつけることも出来なかった女のナイフを、ランは片手で軽く受け止めたのだ。
「ッン!?」
驚きつつ何かがおかしいこの光景に女はナイフを引き戻そうとするが、力を入れてもビクともしない。下に向いていたランの視線が女に向けられたとき、彼女は突然、首や心臓に鋭利な刃物が突き刺さるような恐怖心を感じた。
(何? ついさっきまでとは明らかに違う。速く逃げた方が)
こうなればナイフを一度手放して距離を取ろうとした女だったが一歩遅く、ランは空いていた左拳を女の腹をぶつけ、彼女が握るナイフごと吹き飛ばした。
その威力たるや、幸助や南のような身体能力が普通以上の力や女の力おも超え、腹にめり込む激痛を与えながら吐血させた。
「ガハッ! カハッ!!……何よ、この威力!?」
息を整えようとする女。だが顔を前に向けたときには既にランが間合いにまで距離を詰め跳び蹴りを命中させると、突然ランの右足が爆ぜた。
(脚が、爆発した!?)
次に彼に蹴り飛ばされて距離が取れたときには、女は血反吐を吐いて地面に転がっている姿にされた。
「こんな!……こんなぶっ飛んだこと!!」
経った一瞬の間に起こった肉体の変化。興奮と混乱を抑えて再びランの様子を確認すると、何故か彼は防御のために必須なはずのローブを取り去り、身体に起きている異変を露出させた。
爆発したかに見えた右足は何も変化が見当たらなかったが、顔には歌舞伎の隈取りにも似たような奇っ怪な模様が浮かび、瞳、髪も模様と同じを色に変化して宝石のように輝いている。
それもその色は、ユリの髪色と全く同じエメラルドグリーンだ。
一部分を見れば美しくも見えるが、全体的な風貌はどういう訳か巨大な猛獣にも引けを取らない殺気と気迫を感じ取った。
落ち着かせようとしても身体の震えが止まらない女。目の前の相手がどうなっているのかを考えた末、一つ思い出したことがあった。
「思い出したわ。白ローブの男。いや、本当に怖いのはそれを脱いだときですってね。本気を出したとき、エメラルドの輝きを放つ男……
数年前、鉱石の世界の進行した帝国の戦士や兵器獣を撃退した次警隊創設メンバーの一番弟子、現、三番隊の隊長『将星 ラン』」
「隊長!?」
「ラン君が!?」
幸助も南にも初めて耳にした。次警隊の存在については既に大悟から聞いていた二人だが、こんな重大な事実を知らされていなかったことには動揺を隠せない。
だが今のランは女からの話を続けるつまりがさらさらなく、無言のままにまたしても間合いを詰めて攻めだした。
女もやられっぱなしでいるわけがなく、血相を変えた怒りの表情で力任せにナイフを振るった。
「調子に乗るな!! クソがぁ!!」
男勝りな荒っぽい口調の叫び声を上げ、殴りかかる欄の右肩にナイフを当てた女は、そのまま限界まで腕を振るって欄の右腕を付け根から切り裂いてしまった。
「ラン!!!」
「ラン君!!」
片腕を切られたことで倒れている幸助はもちろん、物陰に隠れていた南も前に出ようとする。しかし今度はユリの方が南の体を抑え、幸助にも通信機から声をかけて動きを止めた。
「待って!!」
「何で!? ランが腕を切られているんだぞ!!」
「このままじゃ殺されてしまう!!」
「行っちゃダメ! あの状態のラン相手に向かって行ったら、とても怪我では済まないだろうから」
南はここに来て、ユリが警戒を促している対象が女ではなく、姿が変わったランであることに気が付いた。
事実、これまでの旅路で普段のランの戦いからを見て来た幸助達は、今のランがまるで別人のようにも見えていた。
器用さの欠片もない、ただただ単純な怪力によるゴリ押し。力任せに相手を攻撃し、周りに対する配慮もなく破壊する荒々しい戦い方。
幸助はゴンドラとの決戦の直前、他でもないラン自身から言われた台詞を思い出した。
「お前の力は確かに強い。だがだからこそ、力の使い方考えなければならない」
右腕を切り裂いたことに好機を見た女は攻撃が来ない数瞬の間にランの身体を丸ごと喰ってしまうとする。
「腕を失い力は落ちた! これならあ~しが!!」
直後、彼女が感じたのはランの肉としての味ではなく、左頬に受けた鈍器で殴られたかのような強烈な痛みだった。
(今の攻撃は何!? コイツ、今の今まで武器なんて持ってなかったはずじゃ……アアァ!!?)
女は鈍器の正体に気が付いて思わず普段ではとても出すことの出来ないような高い声が口から飛び出してしまう。
何とランはナイフに切り裂かされて地面に落ちかけていた自分の右腕の開いた手を残っていた左手で掴み取り、こん棒を使う感覚の力強い勢いで振り回して女に攻撃したのだ。
欠損した腕を武器にする普通の人間なら考えられないランの戦い方に恐怖を強める女。
更に彼女の恐怖の時間は続く。ランは振り回した右腕を逆方向に振るうと、切り裂かれた腕の付け根に方の部分を押し当てると、欠損していたはずのランの右腕が元の位置に戻り、服の損傷を除けば何事もなかったかのように動かした。
「腕を元に戻した!?」
「なんて再生能力……」
幸助と南は、初めて見たランの能力に驚かされることばかりだ。だが二人は同時に、今の得体の知れない彼の様子を受けて無意識の内に身体をこわばらせてしまう。
女は顔が引きつりながらも横を向かされた顔を元の位置に戻して今度こそ技を出そうとすると、再生させた腕を使って左側から再び殴られてしまった。
左腕で殴られたにしては大きい威力に何がどうなっているのかかすんだ視界でランの現状を見る彼女。
(なんで腕が!? さっき切り裂いたはずじゃ!?)
腕をひっつけた瞬間を見ていなかった女は動揺を隠せず、生まれた隙に再びランが蹴りを入れた。
奥に飛ばされ吐き気を及ぼし吐血する女。一方的な戦いが続く中、彼女は必死な形相で目を凝らし、ランが間合いに入って来たときを見逃さずに突いた。
「やられてばかりで! たまるかアアアァァァァァァ!!!!!」
女は先程ランと幸助の大技を同時に喰って防いで見せたわざ、<乱池>を行使した。近付きすぎたランは技の範囲内に入ってしまい、後退して回避するには踏ん張りがきかずもう間に合わない。
「近付きすぎよ! これならあ~しの攻撃の方が速い!!」
目にも止まらぬ早業でランの身体に食いかかり、千切る勢いで噛み付いた。
このままランを殺そうとした女だったが、ここでも彼女の勢いは災いになった。
食いちぎった肉は即座に爆発を起こし、女は口を内部から酷く損傷してしまった。
「アッ!……ガガガゲッ……」
口から黒い爆煙を噴き出す女が顔を上げつつ白目を向きかけた正気をどうにか留めてランを見た。
その彼は、今この時にえぐられ血を流していた腹が、ちぎれた右腕が戻ったときと同様に衣服を残して組織がすぐに再生、元の状態に戻っていく。
(コイツ、何がどうなってるのよ!?)
瞬発力、異能力、、回復力、馬力。全てにおいて今のランは女に勝っていた。完全に分の悪い勝負になった彼女だが、かといってこのまま引き下がるわけにも行かないプライドがあった。
「あ……あ~しが……こんなところで……負けるわけ!!」
しかし御託を並べている間にも、ランは一切表情に変化がないままに彼女の顔を右手で鷲掴みにして地面に陥没する強さで叩きつけた。
後頭部から出血させてより意識がもうろうとなる女。力が緩んで手から離れるナイフを拾い上げたランは、逆手持ちをしながら彼女の頭に突き付ける。
何も知らない第三者から見れば、ランが女に襲いかかり殺しにかかっている邪悪な人物にも見えかねない状況。
女は眼前に迫る恐怖に唾を飲み込み息が止まる思いになる。ランは彼女とは逆に目を細めると、ナイフを持つ右腕を一度上に上げてから彼女の脳天を貫く姿勢で腕を降ろした。
女が反射で目を閉じてしまい、ナイフが彼女を軽々と貫貴トドメが刺されるかと思われたそのとき、突然にランの近くから別の人物の声が入って来たことで意識が少しそれる。
「酷いものだな」
「ッン!!」
この場に今の今まで存在しなかった男の声。ランはこれによってナイフの突き刺さる箇所が横にずれ、女に命中し損ねた。
すぐにラン声の正体を知ろうと振り返ろうとするも、彼が動ききる前に声の人物はランを蹴り飛ばした。
さっきまでの殺気立った姿とは打って変わって簡単に蹴り飛ばされるラン。
蹴り飛ばされたランに、頭で考えるより先に動いたように走り出したユリ。同じく何かを感じて彼に詰め寄る幸助と南。
ユリはランよりも先に現われた人物を見て驚いた。
「アンタは!」
「ん? どこかで会ったか? おかしいな、こんなべっぴんの顔、一度見たら忘れそうにないんだが」
緊迫した場を動かし主導権を握ったのは、ランとユリが露店で出会った青年、『コク』だった。




