4-19 目の前か、全体か
気を失って倒れていたはずが意識が回復し、ぼんやりと目を覚ました幸助。
目先の警視がハッキリ見えるようになり始めに見たのは、戦闘があったあととは思えない程綺麗な王城の天井と、彼の目が覚めてホッと一息を就いたユリの顔だった。
「気が付いた?」
「ユリちゃん? 俺は……」
「だめか、やっぱり南とは通じない」
聞き慣れた声に幸助が顔を傾けると、彼が打ち込まれて陥没した壁の側に持たれてブレスレットを操作しているランの姿があった。
「よう、起きたか寝ぼすけ。捜して見つかったと思ったら気絶して倒れているんだから驚いたぞ」
現状への感想を述べたランは、次に幸助に対し冷たい声で質問を出した。
「で、何でお前はここにいるんだ? 俺は仮説を立てたとき、お前に南と共に使用人を連れて城から脱出しろと言ったはずだが?」
鋭く尖るランに視線につい目を背けてしまう幸助。何も答えない幸助だったが、これにランは目を閉じ、ブレスレットを付けている左腕を降ろして幸助の心情を本人に代わりに口にする。
「まあ、大体想像は付くがな。俺の仮説を聞いてお前はユレサだっけ? あの令嬢を助けようと一人密集を抜けて手にの懐に突撃。
その後令嬢を連れて逃げ出した先で追ってと戦闘になり負けた。筋書きは大体こんなところか?」
続いてランは腕を組み、幸助のこの行動によってもたらされた結果を彼に伝えた。
「お前が早とちりで動いてくれたおかげで、口封じに動いた連中の動向が想定より素速くなり、俺もユリも少しピンチった。おそらく南もだろう。
お前は目先のことばかり追いかけすぎなんだよ。結果全員がとばっちりを受けた。令嬢がグルだった可能性も十分あっただろうにな」
ユリによる回復が完了し身体を起き上がらせた幸助は、ユレサまでも敵とみなしてきた意見に反発する。
「ユレサさんは違う! 彼女は巻き込まれただけだ!!」
「そう思わせる芝居の可能性もあったって事だ!」
幸助は立ち上がってすぐにランとメンチを切り、お互いの意見をぶつけ合う。
「お前は目の前のことばかりに注目して全体を見ようとしていない。だからこうやって後のリスクに対応できていないんだ!」
「目の前の相手も助けられずに誰が救えるっていうんだ!!」
「その結果目の前の相手すらも救えなかったって言ってんだ! それだけじゃない。お前は自分の身体だって危険にさらしたんだぞ!!」
「自分の……身体?」
ランの指摘に幸助自身が気付いていないようだったが、彼を回復したユリが説明した。
「私が気付いたの。回復させているとき、幸助君の身体にあまり傷が見えなかった。どっちかっていうと、内側から酷く疲労しているようだったの」
このユリの説明を受け、ランは原因となっているのであろうと思い幸助に見せたのは、彼がアングラの技を受けてめり込んだ壁の穴だ。
「相手の攻撃を直撃してこうなったか? んですぐに自分の大技を出そうとして、身体が耐えきれずに倒れたんだろ。己の状態も見切ることすら出来ないとは、そこまでキレていたか?」
確率の話ならばまだしも、自分の身に起こった事実を突き付けられてしまえば幸助も反論の口を閉じるしかない。
「ま、結果的には良かったかもな。七光衝波しかり、お前の全力の技は威力が大きすぎる場合が多い。発動していれば城が一部吹っ飛んでいたかもしれない」
「城が、俺の技の巻き沿いに……」
「出来るでしょうねえ、幸助君、私達が今まで見て来た人達の中でもトップクラスの火力持ちだから」
ユリからの補足も入り、幸助は初めて自覚した。
彼は今の今まで自分が手に入れた俗に言う『チート』能力は、見方を変えれば恐ろしい脅威にもなる。
自分では誰かを守っているために使っているつもりでも、その飛び火で別の場所で被害が出てしまうこともあったのだと。
今にして思えば勇者の世界にてランから結晶を奪い取ろうと戦いを仕掛けたときもそうだ。
幸助はココラ達を助けるために結晶を奪い取る事にばかり意識を取られ、戦闘区域の真下に居る人達に自分の魔術の飛び火が当たるかもしれなかったことを少しも頭の中に思い浮かべなかった。
あの時幸助が勝利出来た理由も、ランが彼の分まで周りに気を向けて油断が生まれたからだった。
ランは目線を壁から幸助に戻すと、真っ直ぐ彼の顔を見ながらハッキリ伝えてきた。
「お前の力は確かに強い。だがだからこそ、力の使い方考えなければならない。あの令嬢を守りたいんだったらこそ、お前は怒りを理性で抑える事を覚えるんだ。でないと自分の力で、大事な奴すらも傷付けてしまう」
幸助はランの言葉に考えさせられ、面と向かっていた視線を下に降ろして拳を握った。
反省しながらも今この時にユレサに何かあればと思うとあって、幸助は拳を強く握り締めて内心の焦りが露見する。
ランはそんな彼の心情に気付き、彼の右隣にまで足を進めて自身の右手を彼の右肩に軽く置いた。
「焦るな……お人好しなお前の心情は大体分かる。だが闇雲に突っ込んだところで罠が仕掛けられている事もあり得る。
こんなときだからこそ、何か突入する手立てを考えなくてはならないんだ」
「ラン……」
「安心しろ。さっきはああ言ったが、ユレサ嬢も必ず助ける」
「お前、その気ならそうと最初から」
ランの意地悪な物言いに幸助が苦い顔になって指摘しようとした矢先、突然幸助の右肩に乗っていたはずの右手を伸ばして上げ、軽く頭をしばかれた。
「イタァ!! 何すんだいきなり!!」
当然腹を立てて怒り出す幸助に、ランは彼から歩いて離れながら理由を口にする。
「ユリをピンチにさせた分だ。本当はもっとしばきたいところだが、魚人の世界での借りもあるからこのくらいにしておいてやる」
「借りを自覚しているんなら殴ることを止めろよ」
「だが、そのおかげで肩の力が抜けただろ?」
ランに言われて幸助は自身の無駄に力が入っていた拳がゆったりと開いていた。
「これは……」
「全く回りくどい奴よねえ」
ランの代わりに距離を詰めて幸助の隣にやって来たユリが話し出す。
「ユリちゃん」
「アイツなりの優しさよ。幸助君にばかり重たいものを背負わせたくないの」
「重たいもの……なんだか、たった一歳差なのに随分年上になだめられている感覚だなぁ」
「いいじゃない。なだめてくれる相手がいるって幸せな事よ。少し寄り添ってくれるだけでも、本当に嬉しくなるときだってあるの」
このとき、幸助が見たユリの目付きは、いつも通り明るいながらも何処か儚いように見えた。その彼女の目線お先には一歩先を歩いているランの背中がある。
「それに、アイツは全然大人っぽくなんてないわ。無理矢理背伸びしてそれっぽく見せているだけよ」
「背伸び? 何でそんなこと?」
「無理にでも大人びないといけなかったのよ。自分の大切なものを失わない為に……」
「大切なもの……それって」
幸助が具体的な部分をユリに聞こうとする直前にランは二人に対して振り返り、首を動かして彼等を急かす。
「何突っ立ってんだ、どうにしろここに長居しても意味がない。移動するぞ。南を探しに行く」
「……だな」
幸助は今はそんなことをしているときではないと考えて引っかかったことを胸の奥にしまい、ランに追い付こうとユリと共に軽く駆け足をしだした。
ところが二人がランの隣にまで並びかけたとき、ついさき程二人を急かした張本人が右手を横に出して道を塞いだ。
「おいおい、今さっき急かしておいてどうした?」
「誰か来ている」
「「ッン!」」
ランの優れた聴力が微かな足音を聞き取った。彼の耳を信頼している二人はすぐに気が緩んでいた顔を引き締める。
だが彼等に対し、足音の正体は特に正体を隠そうとする努力もなく真正面から姿を現した。
「貴方!」
「リガーさん!!」
現われたのは、カルミの側にいたはずの使用人リガー。
何故彼が一人でこの場にいるのかが気になった三人だったが、次の瞬間には彼の背後から飛び出してきた血液の槍を咄嗟に回避する羽目になり、とても質問など出来ない状況に持ち込まれた。
「お前っ!!」
「いきなり何を!?」
リガーは口を閉ざしたまま顎を引くと、三人の後ろに飛んでいた血液がUターンして戻りながらランと幸助の背中に飛びかかってきた。
「二人とも! 後ろ!!」
ランは素速く、幸助ユリの言葉で気付いたためにワンテンポ遅れて剣を手に持ち、血液を波の面の部分に当てて軌道を逸らした。
「何でこんな攻撃を!!?」
「おいおい、まさかお前!!」
ランは何か察したようだが、続く猛攻にユリも守りつつ動いているがために喋る余裕がない。
音から感じ取り、攻撃の隙間を縫ってリガーの間合いに入ったランは、彼が血液で生成した剣を鍔迫り合いを行ないながら話しかける。
「まさかと思うがお前ら、俺達を売ることを条件にゴンドラと組んだのか」
「察しがよろしいようで良かったです。説明する手間が省けました」
なんとカルミは広間にいるゴンドラに対し、彼等の正体を始めとする今回の事件の詳細を黙っておき、ラン達を始末する見返りとして自分達の身を見逃して貰う。そういう取引をかわしていたようだ。
「ほお、そうかい。流石は悪役令嬢。手段を選ばないところは共感するよ!!」
お互いの鍔迫り合いの力が強くなる中、ふとしたときにリガーの方が敢えて力を緩めることでランが前屈みの体勢にさせられる。
ランの顔が丁度リガーの左隣に重なり、少しして血液を纏わせた左拳で殴りつけて気絶させた。
「ラン!」
「貴方方も、すぐに」
倒れたランを余所にリガーは目線にまで上げた左手の指を鳴らして宙に浮いている血液を複数本の槍の形に変形させ、幸助とユリに向かって飛ばした。
二人は抵抗するも手数の多さに捌ききれず、かといって大技を使って相殺出来ないことも重なってとうとう間合いにまで近付けてしまう。
「クソッ! ここでも俺は、何の役にも立てないのかよ!!」
幸助は、自分がこの場の戦闘でも役に立てていないことに自分自身を責めながら気を失っていった。
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