4-17 射手ノ矢
王城、玄関ホール。待ち構えていたマックと、南による戦闘の最中。
とはいっても、マックが先程から攻撃をしている対象は南本人ではなく、団体で移動していたがために下手に逃げられなくなっていたカルミの使用人達に向けてだった。
「ほらほら! いつまで守り切れるかなぁ!!」
調子に乗って破壊光線を撃ち続けるマックに対し、必死な思いで使用人達に命中しないように防ぎ続ける南。今のところどうにか捌き切れていたが、何度の突発的に動き続けたせいで明らかに南の身体に疲労は蓄積されていた。
「ハァ……ハァ……」
「息が上がってきているな。そろそろ限界が近いか?」
勝ち誇った態度のマック。南は自身の曲げた両膝を叩いてどこから来ても良いように構えを取る。
しかし、南の主体の戦闘法上、マックのような飛び道具が主体の相手とはどうしても相性が悪くなる。
更に今回は真後ろに守らないといけない人達が大勢いる状況。大技も出せず守る戦いに慣れていない彼女は余計に不利になっている。
(どうにか技を出したいけど、下手に離れて皆さんを危険にさらすわけにも……)
「ぼ~っと突っ立ている暇はないぞ!!」
マックはまたしても光線を発射し、南は今度も受けるも、蓄積したダメージも相まって軽く弾かれてしまった。
(良い感じにバテているようだな。コイツの存在も珍しい。カプセルに閉じ込めて売り物にしてやるか)
マックは頭で思い付いたとおりに行動を起こそうと、敢えて自分から距離を詰めて南の有利な状況に持っていった。
(自分から近付いて来た! 何をするつもり!?)
裏があることを薄々感じつつも、南は自分の攻撃範囲にまで来たマックにすかさず正拳を突き立てた。
マックは彼女の攻撃を右腕の鋏の側面に滑らせるように当てることで威力を殺し、逆に体勢を崩させることで隙を生ませた。
「しまっ!!」
「かかったな。これでお前は負け確定だ!!」
使用人達に危害が加えられることを恐れて彼等に意識する南は、マックの鋏の口が自分に向けられていることに気付いていない。
マックは好機と捉えてカプセル精製用のスプレーを吹き出した。
「これは!!」
回避に移ろうとするももう間に合わない。万事休すかと思われたそのとき、突然守られていた使用人の一人が南を押し出し、代わりに自分が精製されたカプセルに閉じ込められてしまった。
「チッ! ミスったか!?」
カプセルのことを知らなかった南だが、そんなことは二の次だ。今彼女は、守っていたはずの相手の一人に庇って貰ったことを自覚していた。
「何を!? どうしてこんな!!」
声に詰まって言い方の抽象的な質問を出してしまう南。閉じ込められた女性の使用人は、動揺している南に対し自分のピンチすらも置いておき、優しい声で話をしてくれた。
「庇って貰ってばっかりじゃ、いけないと思ったから」
「え?」
守りながら戦うのが当然だと思っていた南は、相手の言葉を理解するのに少し遅れた。
「私達だって吸血鬼、戦う力はあるのに、怖がってばかりでいつも庇われてばかりだったから……
お嬢様やリガー、それに今は貴方にも。だから、少しでも自分に出来ることをやりたいと思ったの」
「だからってこんな!!」
真剣な話をする二人を放っておいてはくれないマック。必ず決めるトドメとして敢えて隠していた技を晒されてしまったことでかなり苛立っている。
「邪魔な真似を! 手数を見せてしまっただろうが!!」
怒りにまかせて捕らえた使用人を真っ先にカプセルごと殺してやろうと破壊光線を発射し、南はこれも受け止めようとカプセルの前に出てしまう。
「そんなことをしなくても! 僕が!!」
「ダメ!!」
構えの体勢が中途半端になり、受け身が取りきれるかどうか分からない南に迫る破壊光線。
だがマックの攻撃は彼女に命中する直前、突然二人の間に出現した障壁に阻まれて相殺された。
マックだけでなく、南すら何が起こったのか理解できていなかったが、障壁の正体はすぐに分かった。彼女の後ろに引き、守られていたはずの使用人達が、彼等自身の血液を固めて作った即席の壁だった。
「皆さん!」
「大丈夫か嬢ちゃん!!」
「守って貰ってばかりで、ごめんなさい!!」
「貴方たちまで……ダメです! 危ないから下がって!!」
使用人達が自分の守ってくれたことに感謝するより先に注意の台詞を吐いてしまう南。だがそんな彼女に彼等は一度顔を向けて忠告に対する返事をした。
「だからって、アンタが俺達のせいでやられていくのをただ見ておけって言うのか!?」
「確かに私達は、リガーと違って能力を鍛えたわけではない。でもだからといって、何も出来ないわけではない」
「たった数日だけとはいえど、貴方も私達と同じ主の元で働いてきたんです。あの御方は、自分の使用人が勝手に死ぬことを絶対許しはしない」
南は彼等の言葉を聞いて我に返った。ここまで自分は、自分の身を省みずに、周りいる人に何が出来るのかも考えず、とにかく自分が守るという事だけにいつの間にか執着していた。
例えこの場で相手を倒したとしても、同時に自分が重傷を負ってしまったらどうなってしまうのか。
敵は目の前の一人だけではない。明確にどこにいるのかも分からない。そんな危険な状況に周りだけを残して自分が倒れては、余計危険な目に遭わせてしまうだけだ。
南は今、目の前の相手と戦っている事しか頭になかったのだ。
(そうだ! 例え今の戦いに勝てたって、それだけじゃ全然足りない……なのに僕は、今この時だけのために力を使い果たそうとしていた。自分しか戦いえないものだとばかり思い込んで)
南は自身の両手で自分の頬を高い音が玄関ホール内に響き渡るほどに叩き、焦りのあった精神を元に戻した。
次に彼女は無言のままに自身の右拳をカプセルにぶつける。すると内側からはどれだけショックを与えてもビクともしなかったカプセルが、大きく亀裂を生じさせて破壊された。
「馬鹿な! 俺のカプセルを一撃で!!」
内側からの衝撃とは違い、外側からは一定以上の衝撃を受けることでは破壊されてしまう弱点があった。
しかしだからといって、何かしらの特殊攻撃や武器を使われるならばまだしも、人間の拳、それも立った一撃で破壊されたことなど、マックにしてみても初めての経験だった。
焦りと動揺にマックが身体を震わせ、それを止めるためにふと右腕の鋏を上げる。この瞬間、南は彼の身体のあるものに気が付いた。
マックとは逆に心を平静に戻した南は、使用人達の前に出た。今度は一人で必死になるのではなく、仲間と協力して戦うためだ。
「ありがとうございます皆さん! では少しの間だけ、時間稼ぎをお願いします!!」
「時間稼ぎ?」
「適当に技を出して貰うだけで構いません。後は僕が決めますので!!」
右腕の力こぶを上げて明るい表情を見せる南。何か確証を感じた彼女の表情に、他の者達も自然と勝てる気がしてくる。
「ふざけるなよ……俺達の自慢の鼻をへし折りやがって!!」
カプセルを破壊されたことに余程腹が立ったのか、マックは激情して破壊光線を撃ち出してきた。
これに使用人達は血で作ったたてを展開して防ぐと、次に別の使用人二人が腕から出した血しぶきを飛ばして目くらましを作った。
(目くらましで近付く気か? あの拳を直接受けるのはかなりマズいが、墓穴を掘ったな。俺達が変身能力を持っていることに奴は気付いていない。ならば……)
マックは使用人達が束になっているところに突っ込みつつ、前に出ている使用人の一人に変身して入り込もうとした。
だが彼が入り込む前に突然死角から回し蹴りを受けてしまう。どうにか直前に後ろに下がったために完全に喰らった分けではなかったが、それでもマックは吐き気を及ぼした。
「ゴホアッ!!……(直撃を免れてこの威力だと!?)」
しかし目くらましは消えず、南がどこにいるのかは彼に今だ分からない。とはいえ相手もこの目くらましでマックの姿は見えていないはず。今の攻撃は偶然だと片付けようとした彼だったが、直後に背中に攻撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
(何で!? 奴は俺の位置が分かっているというのか!?)
「クソッ! 一体奴は何処に!?」
混乱するマックに次々と襲いかかる打撃。どこから来るかも分からない連撃に防御すらままならず受け続けていた。
だがどれも決定打には欠け、何度も同じような攻撃を受けている内に一つ分かってきた事があった。
(おかしい。さっきから攻撃は次々来るが、前から拳、後ろから蹴り。発動までの間隔でどう考えても人間の動きじゃない。これは、まさか……)
この瞬間、血液の目くらましが晴れた。マックの目の先には、距離を離れた場所に南の姿があった。
つまり、ここまでの連撃に南は一切干渉をしていない。彼女はただただ技の準備をしていただけで、攻撃は血液を操作する使用人達が行なっていたのだ。
(やられた! 時間稼ぎを!!)
「為にため込んだ分、ぶつけさせて貰うよ! 夕空流獲得術……」
南は事前に後ろ真っ直ぐ引いていた右腕を、弓矢の矢を放つように同じく真っ直ぐ高速で突き出した。
「<十一式 射手ノ矢>」
蠍突きよりもより鋭く素速い正拳突き。マックは逃げる余裕はとてもないと感じて咄嗟にカプセル精製用のスプレーで即席の防御壁を三枚生成したが、射手ノ矢は軽々とこれを貫き破壊してゆく。
冷や汗を流すマックだが、冷静に塵埃が吹き飛んでいく様子から正拳突きの現状を計算した。
(クソッ! だが勢いは弱まっている。ここまで弱めれば、俺の鋏で再び滑らせて軌道を変えれば対処できるはずだ!!)
マックは南の最初の攻撃の時と同様に右腕の鋏を前に出して受け流そうとする。
だがマックの予想に反し、射手ノ矢は彼の右腕が滑らせることも出来ないままに貫き、右腕を方から吹き飛ばしながら高速の衝撃を真正面から受けさせられてしまった。
「これは!? 俺の鋏が何で……」
吹き飛んでいく右腕を改めて見ると、貫かれた鋏の穴の周りに事前に入っていたものらしきヒビを見つけた。
「ヒビ!? いつの間にこんな……ハッ!」
マックは一つだけ思い当たる瞬間があった。最初に南の攻撃を受け流した、あのときだ。
南は我に返ってマックを見た時にこれに気が付き、彼が防御をしても防ぐ切れない鋭い技を放ったのだ。
「射手ノ矢は、夕空流の技の中で最速の技であり、刺突の威力も高い。でもソの分使用までに多少の時間を要してしまう。だから時間稼ぎが必要だった。上手く言って良かったよ」
顎を引いて鋭い視線を向けてきた南の顔を見るのを最後に、マックはショックに出血したまま気を失った。
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