4-16 渦鋏 弾
視点は城内廊下に戻り、追っ手の兵士によって取り囲まれたユリ。
「コイツが脱獄犯の手助けをしたそうだな」
「逮捕ししだい、拷問で口を割らせてやる」
キツい目線を向ける兵士達に、受ける側のユリは緊張感もなく、呆れた様子で彼等に軽口を話しかけた。
「全く、ごつい男達がか弱い乙女に寄ってたかって取り囲むだなんて。ホンットあり得ないわね。
もっと女の扱い方を知っておかないとモテないわよ」
ユリの火に油を注ぐような発言に、兵士達の怒りがますます悪化したように見えた。
彼女としては手っ取り早くこの場を納めたかったが、大勢を相手に自分のエネルギーを使った攻撃はリスクがある。
(一気に撃退しないとね。ランから抜け出したときにこれをくすねておいて良かったわ)
ユリはいつの間にか右手の手元に隠していた結晶を一度上に軽く放り投げ、心臓の手前位置に来たときに同じ手で掴み取ると、結晶は光り輝きだしてユリの全身を包み込んだ。
そして光が消えると、一瞬にして彼女の服装が変化した。
彼女自身の髪の色と同じ宝石のように美しいエメラルドグリーンのミニドレスに、白いライン。黒い手袋やブーツと、何処か彼女らしい特徴を捉えたものに変わりなり、出現したステッキを左手で握った。
ユリはスカートを翻すようにその場で一回転をし、右手を頭の上に上げて指を鳴らした決めポーズを取った。
「『魔法少女ユリ』! 見参!!」
突然意味の分からないものを見せられて困惑している兵士達を余所に、ユリはポーズを解いて魔法少女に変身した自分を自画自賛していた。
「いや~、これ一度やってみたかったのよねえ。ホント私って、何を着ても、似合っちゃうんだから困っちゃうわねぇ」
彼女が自分に見惚れて独り言を呟いている間に、兵士達は困惑を引っ込めて攻撃を仕掛けようとしていた。
敢えて声を出さず、手振りのみで合図を送り合いながらユリに近付く彼等だったが、彼女はただ自分に見とれているわけではなかった。
「全然余裕もくれないのね。レディーファーストって言葉を知らないの?」
ユリはステッキを強く握り、間合いに入って来た兵士達に向かってさっきとは逆回転しながらステッキを振り、その際に飛び出た光りの粒子を彼等に触れさせた。
粒子に触れた兵士達は、ランのときと同様に彼等の戦闘意欲を失わせ、次々と空気が抜けた風船がしぼむように倒れていった。
「こ! これは!?」
兵士の一人が目の前の事態に戸惑っている隙に、ユリは自分の服に付いたホコリを払うように倒していき、最後の一人までも抵抗させることすらなく撃退した。
最後の一人を倒したユリはステッキ先端から僅かに吹き出していた粒子を、銃口から出た煙を消すように軽く息を吹きかけて霧散させると、結晶の効果が切れて元の姿に戻った。
「いいわね、魔法少女の結晶。ノース君に感謝ね」
魔法少女の世界にいる妖精、ノースに感謝の思いを浮かべながら手に持っている結晶をしまった。
この場を納めた彼女がカルミ達を捜して援護に回ろうかと後ろを向いて移動しようとしたところ、兵士達が来た方角から足音が聞こえたことで反射で振り返った。
目線の先には、何処か疲労し、冷や汗をかいている様子でフラフラと歩いているランの姿があった。
「ラン?」
「……?」
名前を呼ばれた彼は、顔を上げてユリの顔を見るも、どこか不思議な顔をしている。だがそんなことよりユリが注目したのは、彼の血を流している左手だった。
「貴方! 怪我して!!」
慌てて寄ってくるユリに彼は若干身を引きかけたが、手を取る彼女に何処か見とれて足を止めた。
ユリが手を触れる男。彼は将星ランではない。本物のランをカプセルに閉じ込めながらも、脱出しようとした彼の攻撃の飛び火を受けて負傷したスゴウだ。
(コイツ、白ローブの女か? 丁度良い。俺が偽物って事は気付いていないようだし、このまま上手いこと唆して利用してやるか)
内心ニヤつきながらも顔には出さないスゴウ。ユリは彼を回復させ、傷口を元の状態にまで治した。
彼女の回復術に驚きながらも抑え、スゴウはすぐに質問する。
「仲間は今どこにいる?」
「皆? 多分、王城から出るために玄関にでも向かっていると思うけど」
「そうか。なら一旦合流しよう。手に入れた情報を話しておきたい。ゴンドラは危険だ」
「そうね」
スゴウの言い分に乗せられるまま、ユリは彼を連れて王城玄関に歩き出してしまった。
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一方傷心中のユレサを連れている為に身動きが取りにくい幸助。その彼女は、幸助が話していた男、ランについて触れた。
「幸助さんは、その人に出会って旅をするようになったんですね」
「まあね。変な男だよ、素っ気ない上に人使い荒い。でもやることなすこと全てが結果的にプラスになっている。言いようによっては、本当にしつこくて執念深い奴さ」
幸助とユレサでランに対する話が盛り上がりかけたとき、突然彼等が隠れていた壁から、幸助を挟み込むように突然刃物のようなものが飛び出し、そのまま彼の首を切る勢いで内側に迫ってきた。
気が付いた幸助がユレサの背中を押しながら壁から離れると、今度は縦方向にも刃物が通り、一が抜けられるほどの大きな穴を開けて腕だけを怪人の姿にしているアングラが出現した。
「アングラさん!!」
「ユレサさんの使用人!?」
アングラは少し機嫌が悪い様子で怒り肩を下ろしながらユレサに問い詰めた。
「こんなところに逃げ込んでいましたか。お嬢……お迎えに上がりました」
幸助はすぐにユレサの前に被り、剣を差やらら抜きながら先手必勝で突撃をかけた。
「ハァ……愚直なアホはいちいち面倒くさい」
アングラは右手のハサミの穴から渦状の破壊光線を撃ち出しつつ、それ以上の素早さで右腕を突き出すことでハサミに渦を纏いながら殴りかかってきた。
「<渦鋏 弾>」
思わず剣の刃で攻撃を受け止める幸助だが、回転の勢いを止めることは出来ずに右方向に脚を浮かされてしまい、そのまま回転をかけて向井の壁が陥没するほど弾き飛ばされた。
「コウスケさん!!」
幸助を心配するユレサ。重傷を負っているであろう彼にアングラは己の鋏を見ながら説明する。
「俺とウィーンはただ能力を使うのではなく鍛えていてな。一つ一つは単純でも、重ねて出せば大いに威力を発揮する。
高速回転を加えた突きだ。この世界の奴には分からないだろうが、用は工事現場のドリルの一撃をまともに受けたも同じ。防御で防ぎきれるわけでもなく人間が立っていられるとは……」
勝ち誇った説明をしていたアングラだったが、攻撃を当てた相手は気を失うどころか、埋め込まれた壁から出てきて彼を睨み付けてきた。
「確かに、普通なら危ないなこれ」
「これはこれは、頑丈な身体だな」
だが高速回転による衝撃は幸助の身体にも響いている。実際頭から出血もし、軽くめまいもしている。
立てていたとしてももう反撃は出来ないものだろうと見たアングラは、彼は放置してユレサの連行に動いた。
「さあ戻りましょうお嬢様。貴方にはまだいて貰わないと困ります」
口調こそ丁寧だが、話を聞かせる相手には無感情と感じ取れる台詞を口にするアングラに、ユレサは恐怖から後退りをしてしまう。
これに無理矢理にでも彼女を連れて行こうとしたアングラだったが、伸ばした左腕を横から割り込まれた誰かの右手に掴まれて止められた。
「貴様……」
「これ以上……ユレサさんの努力を、悪用させたりはしない!!」
ダメージを受けているはずでありながら、強い力で腕を握ってくる幸助。アングラは彼の頑丈さに驚いた。
「直撃を受けてここまで動けるとは。その体の防御の高さ……いや、精神的な執念深さと言ったところか。やせ我慢とも取れるがな」
アングラは掴んできた手を振り払いつつ、右手の鋏で切り裂いてやろうと後ろに身を引いた彼に右手を広げて前に出した。
幸助はこれに左拳を強く握り締め、絞り出されるように体内の魔力を纏わせると、鋏の攻撃に対し正面から殴りにかかった。
(正気かコイツ!? 真っ二つに切り下ろされるだけだぞ!!)
予想外の幸助の行動に目を丸くするも、そのまま攻撃を仕掛けていった。
お互いの拳と鋏がぶつかり、幸助の左腕が切り裂かれるかに見えたが、拳は切られるどころか力任せに押し返してみせた。
体勢が崩れたアングラに、幸助は右手に持たれた剣を下から左斜め上にかけて切り裂く。身を引かれたために軽くかすっただけだったが、一直線上に切り裂かれた傷がアングラに付けられる。
自身がもう少し前に出ていれば真っ二つに切り裂かれていたかもしれないことに、アングラは大量の汗をかいてゾッとした。
(コイツ、化け物か!? 俺達の鋏は、やりようによっては金属の塊ですら切断できる。いくら咄嗟に攻撃したとはいえ、人間の拳に押し負けるなんて初めてだぞ!!)
動揺するアングラに幸助は振り上げた剣の持ち手を両手で強く握り、一歩踏み出しながら力一杯振り下げようとかかった。
アングラも追い詰められて切り裂かれることを覚悟した。
だがここで幸助が一歩踏み込んだ瞬間、身体の中で張り詰めていた糸が引きちぎれたかのように力が失われ、剣を手から滑らせて落とし、身体も前のめりに倒れ込んでしまった。
(何だ!? まさか魔力切れ!? こんなときに!!?)
必死に身体を動かそうとするも、痙攣して微かに震えるだけで立ち上がることも出来ない。
先程殺されかけたこともあって警戒は緩めなかったアングラ。
だが怖がるユレサの間合いにまで近付いても動かなかったことから、徐々に目線を幸助から外してすぐにユレサにスプレーを吹きかけ、カプセルの中に閉じ込めてしまった。
「ユレサさん!!……」
どうにかして身体を動かそうと右手を伸ばす幸助だったが、彼の思いを踏みにじるようにアングラは左手の指を鳴らして恐怖の顔に固まったユレサをどこかに転送してしまった。
「ッン!!」
幸助は、またしても自分の手で目の前の相手を守り切れなかった事態に声を失ってしまった。
アングラはそんな彼を見下して鼻で笑った。
「フンッ! ヤケになっての力技だったか。俺の技でダメージを受けた直後のゴリ押し。身体がついて行けずに故障したのだろう。なんともまぁ、哀れなものだな」
怒りを発露させてもどうにもならない幸助。アングラは彼を始末する必要はないと判断し、倒れたまま放置してこの場を去って行った。
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