4-14 スゴウ
視点は戻って地下牢。今だカルミもリガーも二人揃ってランの語りかけに対して腰を上げようとはしなかった。
「おいおい、そろそろ勘弁して立ってくれないか。このままいったらお前ら本当に処刑されるぞ」
何処か少し急かす素振りをするラン。その原因はすぐに現場に現われる形で残りの二人も理解させられた。
地下牢に複数の脚音が響き、同時に鉄の甲高い音が鳴り渡る。城を警備していたはずの兵士達が、まとまった数で地下牢の中に突入をかけてきたのだ。
当然見張りを気絶させ檻を開けているランの存在は、端から見れば完全に犯罪者だ。
「貴様! 牢の前で何をいている!?」
「あ~あ、思ってたよりはやく来たか」
兵士達は剣を構え、問答無用でランに襲いかかった。ランはこれに対しぼやきながらも焦る様子はなく、ローブを着込んですぐにブレスレットを外すと鉛玉のようか形にして真正面に飛ばした。
狭い地下牢の廊下のの都合上、兵士達は縦に並んで進むしかない。
そのため先頭の一人が攻撃を受けて倒れただけで、ドミノ倒し方式で倒れるまではいかないながらも、体全体の動きが大きくもたついてしまう。
ランは彼等に出来た隙を見逃さず、猫のように人混みの隙間をすり抜けながら器用に兵士達の装甲の隙間を縫って腹や首に鋭い拳や手刀を直撃させ、次々と気絶させていった。
全員倒し終えて軽くて払いをしたランは、自分の手元に戻ってきた武器をブレスレットに戻しながらカルミ達に告げる。
「こういうことだ。何でもいいからさっさと逃げろ」
ランの再三の忠告。しつこい彼の姿勢に沸点を越えて怒鳴り散らしてしまう。
「何で助けるのじゃ!! もうわらわはお前のご主人じゃないのじゃぞ!?」
カルミの怒声に対し、ランは一度軽く息を吐いてから冷静な態度ながら逆ギレとも取れる言い回しで返事をする。
「知るか。俺は、俺が助けたい奴を助けるだけだ。
例えそいつがこの世界で犯罪者に成り下がろうと、例えこの世界で忌み嫌われている存在であろうと、俺にとっては関係無い」
ランが突発的に言った何気ない台詞に、座り込んで頭を下げていたリガーの表情が少し動いた。出会ってすぐの頃のカルミの言っていた言葉を思い出したからだ。
「自分にとっては関係無い……か……」
そこに別の箇所から侵入した兵士がランが距離を離した隙を狙ってカルミを始末しようと剣を突き立てた。
気が付いたランはローブに仕込んでいる麻酔針を打ち込もうと腕を上げたが、彼が動くよりも前に兵士の剣を受け止める人物がいた。
「き、貴様!」
「お嬢様を、傷付けさせはしません!!」
攻撃を受け止めたのは、先程のランの台詞に奮起したリガーだ。彼は兵士を弾き飛ばしてすぐにカルミの手を引いて強制的に立ち上がらせた。
「お主! なんで!!」
「すみませんお嬢様。今回ばかりは、お嬢様の意向に逆らわせていただきます!!」
リガーは一度ランに顔を向けて合図値をし、ランも同じ動作を返すことで了解を示すとすぐにリガーは兵士が入って来た扉が閉まる前にカルミを引き連れて脱出した。
一時入って来た兵士全員が倒れたときに、ランは服の中に妙な違和感を感じてボタンを開く。するといつの間にか服の中に隠していたユリの姿が消えていた。
「アイツ……また勝手に抜け出したな」
一人地下牢の中に残ったランがジト目になって独り言を呟いていると、カルミがここから脱出したことを知らない兵士達が先程より大人数でこの場に入って来た。
現われた兵士の一人が牢が開いていることに触れる。
「カルミが牢屋の中にいない! あの男が解放させたのか!!」
「取り押さえろ!!」
再び襲いかかって来る兵士達に、ランは同じ手口で返り討ちにかかろうとした。
ランは気絶で済ませるという枷がありながらも、狭い廊下や檻の中を軽い脚で駆け回り、ときには鉄格子を掴んでポールダンスのような滑らかな回し蹴りをするなど、猿のような動きで敵を翻弄する。
逆に数で押す戦法をとった兵士達は、ランの動きに全く対応が出来ずに次々と撃退されていった。
「全く数が多いな。こんな狭い場所で集団戦術なんて愚作だろう?」
動きを止めずにごもっともな突っ込みを交えながらランは最後の一人までも拳を甲冑の隙間に当てて気絶させ、廊下や牢屋の中に大量に兵士が倒れたある意味混沌とした空間を作り上げた。
(数だけで攻めてきてたから単純に終ったな。このままここにいてもボヤ騒ぎを解決できる訳でもないし、増援が来る前に俺もカルミ達を追いかけるとするか)
などとランが頭の中で考え事をしているとき、彼の後ろから身長に立ち上がる兵士が一人。
兵士はゆっくり体制を整えながら右腕を上げて銃口を向けるような構えを取った。しかしランは相手が何かを仕掛ける前に気が付き、振り返り様に蹴りを入れた。
ところがその兵士は弾かれることもなく、警戒したランが少し後ろに下がって距離を取る。
「気絶していない奴がいつとはな。当たり所が悪かったか?」
「生憎、コイツらとは身体の造りが違うのでな」
「何?」
兵士は直後に頭から水のような幕に包まれ、幕が晴れると同時に怪人としての本当の姿を現した。
「お前は!?」
「俺っちは『スゴウ』。異世界を又にかける地上げ屋稼業、『ゴンドラ』の構成員」
「ほう、自分から名乗ってくれるとは親切だな」
「お前のことは噂で聞いているからな。白いローブに変形するブレスレット。お前が次警隊の……」
ランはスゴウの話が終る前にいきなり飛び蹴りを仕掛けた。
自己紹介をしたままのスゴウは反応が遅れて受けてしまうも、すぐに身を後ろに飛ばしてダメージを和らげる。
「悪い。いちいち話をする気はなくてだな」
ランは倒れたスゴウも兵士達と同じく撃退するために近付いた。しかしスゴウは倒れた状態で右腕の穴から渦巻き状の光線を放ち、ランは咄嗟に光線を避けた。
そのときにポケットの中にあったユリから貰ったキーホルダーを落としてしまったが、それに気付くよりも先に動いてすぐのランを続けざまにスゴウが放ったスプレーが襲う。
ランはスプレーの存在を知らなかった上、動作の直後で避けきれず、生成されたカプセルの中に閉じ込められてしまった。
「これは!」
スゴウは敵はもう倒したも同然と余裕を浮かばせるようにゆっくり立ち上がる。
「フフフ……かかっったな。これでお前はもう負けだ」
「何?」
閉じ込められてすぐにカプセルを破壊しようと何度か強く叩くランに、スゴウはあざ笑いながら自慢気に語り出す。
「どれだけ攻撃しようが無駄。そのカプセルは内側からは絶対に壊せない。俺っち達の種族特性のものだ」
スゴウは説明しても尚無造作にカプセルを割ろうと叩き続けているランを見て滑稽に思い高笑いをしながら、再び頭から身体を幕に包んでランの姿そっくりに化けて見せた。
動揺しているのか狭いカプセルの中で動きが大きくなるランにスゴウは彼の姿に変身した理由を口角を上げて馬鹿にするように話した。
「この姿なら、警戒されずにあの令嬢に近付ける。面倒な戦いは避けて美味い汁を啜るのが俺っちの好みでね。正直ウィーンのおっさんのやり方は反対なんだが、戦っても叶わないから黙ってるよ」
少し愚痴を挟んだ言い分を並べて説明を終えてすぐに左腕を肘を曲げた状態で上げ、見せつけるように指を鳴らそうとする。
「安心しろ、別に命を奪いはしないさ。男は若い女に比べれば売れ行きが悪いが、それでも労働力として欲しがる輩はいるからな。精々俺達の金になってくれ……それじゃあな」
スゴウはランに煽り文句を言い終わると共に指を鳴らしにかかったが、その寸前、自身の左手が極度の高熱が当てられる感覚に襲われた。
何が起こったのかと彼が視線を向けると、ランがカプセル内でギリギリ収まった光線銃から撃ち出したレーザーが、カプセルを透過してスゴウの左手に命中したようだ。
「き! 貴様あぁ!!」
即座に腕を引いて光線から逸らすも、かなりの出血をしてしまうスゴウ。
ランがこれを見て口にしたのは、スゴウのことではなく自身の閉じ込めているカプセルについてだった。
「う~む、光線類は透過してしまうか。珍妙なカプセルだな……」
ここまでスゴウが話してきた挑発を聞いていた反応とはとても思えない平然としたランの態度。
「ん? あぁ……さっきからペチャクチャ喋ってるみたいだが……悪い。ほとんど聞いてなかった」
スゴウはランのケロッとした態度と台詞によって、ランが今の今までカプセルから脱出することだけを考えており、自分が上から勝ち誇って語っていた話など、一切聞く耳を持っていなかったことを察した。
その上、ランが発射した光線の流れ弾を受ける形で左腕を負傷したとあっては、カプセルの転送も出来ない。挙げ句このまま廊下にいれば確実にレーザーによる追撃を受けてしまう。
マズいと感じたスゴウは、どうにしろ拘束したことには変わらないランはここに置いておき、もう何も言うことはなく冷や汗をかきながら地下から逃げ出していった。
一人取り残されたランは、自身の閉じ込めているカプセルをどうにか破壊できないものかと右拳を強めに握って内側から思いっ切り叩いた。
だがそんなランの力技もむなしく、彼の身体を囲ったカプセルはヒビが入るどころかビクともしなかった。
(どれかの結晶の力で破壊するか? いや、光線が透過するならエネルギー波の例外でないと見た方がいい。下手に技を出して城を大がかりに破壊したら、ゴンドラよりも圧倒的な被害者が出てしまう)
さっきはカルミ達に対して勝ち気な態度をしていたラン。だが彼は内心で実のところ、どこか不穏な気がしてならなかった。
(どうにかしてはやいことここから脱出しないとなな。打撃は効かず、光線類は透過する……何か方法はないものなのか?)
薄暗い地下牢の空間の中では、兵士がいつまたやってくるかも分からない危機的状況下の中で取り残された一人の青年による高い音が露骨に分かるほど目立って響き渉っていた。
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