4-12 ゴンドラ
流れるような動きと手つきで気配を察知されることもなく国王とマルジに凶器を突き付け、見慣れた姿を変貌させたウィーン達。
次々と起った異常事態にユレサは何処から指摘するべきなのかが分からなくなった。
そんなユレサに対してウィーンは近くにいた一人に国王の監視を任せ、彼女にゆっくり歩いて近付きながら詳細を説明した。
「いやはや……ここまで我らをつれてきてくださり、本当に感謝しておりますぞユレサ様」
次に核心を突く台詞を口にするとき、ウィーンの口角が大きく邪悪に上がった。
「貴方の努力の甲斐あって……我々ゴンドラは、この王国を極めて円滑に侵略ことが出来る」
「侵略!?」
ウィーンが語っている途中、マルジは自身の首元に凶器を突き付けられた事で恐怖に足がすくんでしまう。
国王も、突然とはいえ闇討ちをかけられてしまったことで、感激ムードを一変させて当然の怒りを露わにする。
「何を言っているんだお前は! 今、お前達が誰にナイフを突き付けているのか! 分かっているのか!!」
「うるさいぞ、人が話をしているときに吠えるな。アングラ、黙らせるぞ」
「ほ~い」
ウィーンに名を呼ばれた『アングラ』という元使用人の怪物は、国王を玉座からたたき落とし、床に転げる彼に向かってザリガニのハサミに似た黒い右手の上の先端にあいた穴から、スプレーの霧吹きの要領で何かを吹きかけた。
スプレーから吹きかけられた謎の粒子は国王の全身を包み込むカプセルを生成し、彼の身柄を閉じ込めてしまった。
「な、何だこれは!? 何をした貴様! ここから出せ!!」
「騒がしい奴は消えて貰いま~す」
騒ぐ国王にアングラが左手で指パッチンをすると、国王はカプセルごと瞬時にこの場から消滅してしまった。
「ヒイイィィィ!!!」
目の前で自分の父親が消されたことでマルジの恐怖はより大きくなり、元の整った容姿が大きく歪んで醜く成り果てていく。
騒ぎ声で広間の外に出した兵士達に戻ってこられることを危惧したウィーンは、マルジを抑えている構成員にも指示を出す。
「マック。そいつも黙らせろ」
「アイアイサー」
今度はマルジにナイフを突き付けている『マック』がナイフを彼から離してアングラと同じ手口でスプレーをかけた。
マルジは逃げ出そうとするも間に合わず、無様にカプセルに閉じ込められる。
「や、止めてくれ! 欲しいものは何だ!? 何でもやる! 何でもやるから助けてくれ!!」
恥も外聞もに命乞いの台詞にマックはカプセルの側まで近寄って笑いながら返答する。
「お前のようなぼんくらじゃ、とても払えねえよ。俺達が欲しいのは……この世界だ」
「せ、世界……?」
マックの言っている台詞の意味不明さと、その言葉を本気で受け取った場合の規模の大きさに唖然となったマルジは、返答する言葉を思考の中で作り出せず、鼻水を垂らして固まってしまった。
間抜けな面になったマルジを見てマックは鼻で笑いながら指パッチンをし、彼も国王と同じくこの場から消してしまった。
「はい、片付け完了っと」
「ご苦労」
取り残されたのは、ゴンドラと彼等の主人であったユレサだけ。静かになった広間の中でウィーンは再びユレサに話しかける。
「さて、静かになったところで、改めて礼をさせていただきたい。ここまで我らをお導きいただき、本当にありがとうございますお嬢様」
「貴方たち! 何をどうして!? 貴方たちは、何者なんですか!?」
訳が分からないまま、怪物になった彼等を見て叫ぶユレサに、ウィーンは声の調子を優しいものに戻して説明する。
「何者? そうですね……私達は、この世界とは違う別の世界からやって来た存在……平たく言うならば、異世界人ですぞ」
「異世界人!? そんな人がなんで私に……」
ユレサの問いかけに、ウィーンは笑いながらもう一度返答した。
「先程申したでしょう、この世界の侵略のためと。まあその侵略も、最たる目的の為の一段階に過ぎませんが……
匿名の支援者を名乗って貴方に金を送ったのも、これまで庶民出身の貴方を支えてきたのも、全てはこの計画を実行させるためなのですよ」
ウィーンの言い分ではこうだ。
彼等ゴンドラは、これまでいくつもの世界を更地化させ、他の異世界人に売り払う商売に手を染めていた。
その次のターゲットが、この吸血鬼の世界。彼等はそのために、世界一の兵器輸出国であるこの王国に目を付けた。
既に行なわれている国家間の戦争に取引されている兵器類々を売りつけながら各国の関係をより悪化させることで、この世界の人物達を自滅させようとしていたのだ。
「どうしてそんなことに私を!?」
「この計画を行なうには王家に近付く必要がありますが、ここの王様は中々に警戒心が強いのですぞ。身分の分からない奴がいきなり接近しては疑われる。そこで貴方がピッタリでしたユレサ・シーズ」
ユレサは元々この世界で生まれた庶民。両親も既にいないこともあり、支援者としてつけいりやすかった。
彼女ののし上げれば王家の元に警戒されずに入ることが出来る。
そのために障害となり得るカルミの情報もこの世界では持ち得ない方法で調べ上げ、吸血鬼を使用人にしているという禁忌をも知った。
使えるものを全て利用し、彼等はとうとう王家を乗っ取ることが出来たのだ。
「ここまで時間をかけた計画は中々ありませんでしたぞ。本当に、ここまでの苦労、我々のためにありがとうございました」
「全て……全て貴方たちの仕業!?」
ユレサは涙すら流せないほど絶望した。ここまでの自らがしてきた努力も、そうしてここに呼ばれた功績も、全てゴンドラが利用するために過ぎなかったのだから。
だがそんなことよりもユレサにとってショックを受けたのは、今の今まで共に暮らしてきた家族同然の人達がに裏切られた事だった。
「友達だと……家族だと思っていたのに!!」
だがユレサが出した渾身の言葉も、ゴンドラ達は鼻で笑って返した。
「家族……ハッハッハ! どうにもユレサ様は、私達の事を買い被ってくれていたようだ。私達の間に、そんな絆などありはしませんよ」
ウィーンが放った非道な言葉に、ユレサは昨夜のカルミと同様に魂が抜けた、絶望の底にまで叩きつけられた。
ウィーンはあざ笑うかのよう更にユレサに近づき、彼女の目の前で再び水のような幕に包まれる。
幕が晴れたその場には、髪型から髭、着ている服装の細かい部分まで国王の姿をそっくりに姿を変化させたウィーンが出現した。
「国王陛下……」
「驚きましたか? 我々の変身能力に。
我々はこのようにいつでも他人の姿を自身に重ねることが出来るのですぞ。同性にしか姿を変化させられない為、女性になることは出来ませんが」
ゴンドラがユレサを利用した理由はそこにもあったのだろう。男のままでは接近する手段が限られる。女性ならば、王族の存続のための妃候補として幾分か敷居が低いからだ。
ウィーンは再び水の幕を被って元の怪物の姿に戻ると、説明を終了したものとして両手を軽く手を叩くように合わせた。
「ということで、説明は以上。お礼を祓い終ったということで……ユレサ様、残念ながらお別れのお時間です」
ウィーンはこれまで他の構成員が国王やマルジにやったときと同じように黒いハサミの右手をユレサの顔に向かって突き付けた。
銃口を向けられているに等しいユレサは、大量のショックを一度に浴びせられて気が動転しているがために、身体が思うように動かず逃げ出すことが出来ない。
「ご安心ください、貴方を殺しなぞしませんぞ。何処の世界でも、若い女というのは商品として重宝しますからな。これまでの我々の働き分、恩を返していただきますぞ」
ゴンドラは、これまで共に暮らしていた仲であるはずのユレサの身柄を人身売買に悪用するつもりだ。
「表向き貴方は、吸血の存在が露わになり婚約者の座を追われたカルミが逆上し、殺害されたことにでもしておきますぞ。
ついでに弔いとして、あの女も始末してしまえば、全ては丸く収まりますぞ」
ウィーンは右手のハサミをユレサに向ける。
「貴方といた子の数年間、実に有意義でした。さようなら、お嬢様」
国王とマルジがやられ、既に実質婚約も解消され、家族同然の仲間達にも軽く捨てられた。
何より利用されたとはいえここまでゴンドラの計画進めてしまった自分への責めに耐えかねたユレサは、最早ウィーンからの攻撃を避ける気力も完全に失われていた。
無言のまま意識のハッキリしない目付きのユレサに、ウィーンは微笑みながらスプレーを吹きかけにかかった。
しかし次に状況は一変する。突然広間の閉じていたはずの扉が壊される形で開かれ、飛び散った大きな破片がウィーンの頭に激突し彼を倒れさせたのだ。
「ウィーン!!」
「何だ!?」
「扉が壊れた!? あんな固いものがどうやって!!?」
口々に軽々と壊された扉に対する疑問が浮かんだゴンドラ達。そちらに気をと荒れている合間に、ウィーンは立ち上がって正気に戻そうと頭を軽く振る。
「これは……ッン!」
我に返るのが素速かったウィーンは、続いて自分に向かってきた剣の攻撃に対処してハサミで受け止めた。剣と鍔迫り合いが出来る辺り、相当固い物質のようだ。
だがそんなことは彼にとって今はどうでもいい。問題は扉を壊し、今自分に刃を向けている相手だ。
格好こそ甲冑を着込んだ城の兵士のものだが、持っている剣の形が兵士のそれとは似ても似つかない別のもの。
この人物は誰なのか。ゴンドラが探りを入れる前に、兵士の皮を被った人物は自分からしゃべり出した。
「まさか、ここまでピンチだったなんて……ランの勘は当たってたけど、予想以上にやばい感じだな」
ウィーンはすぐに空いていた左手でアッパーを仕掛けるも、相手の被っていたヘルメットを弾き飛ばしただけで相手自身にダメージは与えられなかった。
だがヘルメットが外れたその人物の素顔を見て、その場に残った全員が目を丸くした。
「貴方は……」
「貴様!!」
ヘルメットを取り去ったその人物は、昨日罠にはめて始末したと思われていた西野幸助だった。
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