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4-10 異端な令嬢

 『カルミ メル ロソーア』。吸血鬼の世界にある王都が名門貴族、ロソーア家本家の元に生まれた一人娘である。


 両親は、かなり年老いてからようやく授かった子宝だったこともあり、カルミは幼少期から何不自由なく暮らし、同時に欲しいものは両親から必ず手に入れてきていた。これが、今の彼女のワガママな性格を形成した事情だろう。


 しかしそんな彼女も、ただ傲慢というわけではない。両親はものを当てることこそせど決して教育に対し懸念もなかった。

 何よりカルミ自身、自分の身の上をとことん利用し知識をも欲張りに手に入れようと邁進したために、両親が亡くなり、幼くして当主になった彼女にも、決して家が傾くことはなかった。


 高慢な性格を除けばまさに光り輝く逸材の人物。そんな彼女が御法度に手を出すことになったのは、両親が亡くなってすぐの頃だった。


 いくら普段は胸をはった態度を取るカルミも、この時ばかりは暗い顔をした。分家の遠い親戚達に同情を装った遺産話を何度も受けた彼女は、恐怖を覚えて逃げ出してしまったのだ。


(どいつもこいつもお金の話ばかりじゃ! お父様のこともお母様のことも、本当は誰も悲しんでくれちゃいない!)


 そんな事を考えている時、彼女は偶然に道の途中に見えた隙間に、自分と同じくらいの背丈の少年の姿を目にした。


 金に目の眩んだ親族達に追いかけられる中、カルミは咄嗟にその隙間に飛び込んだ。


 隙間の中は、入った途端に香水で誤魔化しきれないほどのキツい汚臭が鼻に入ってきた。


「何じゃ匂いは!?」


 綺麗な屋敷の中で育てられたカルミとしては、この匂いは吐き気を及ぼす程強烈だった。そうして彼女が身をかがめた瞬間、後ろから一人の少年が彼女の前を抜けるように走って通り過ぎた。

 顔を上げるカルミは、自分の服装をよく見て、頭に付けていた装飾が盗まれていることに気が付いた。


「まさか今の男の子が!」


 カルミは盗まれたものを取り返すために一目散に走り出した。路地の奥底に入った彼女は、自分が普段から見ていた町並みとは全く違う、汚れだらけの路地裏に彼女は絶句した。


「これは……ウッ! 同じ国とは思えない酷い匂いなのじゃ」


 再び吐き気を及ぼすカルミだが、ふと目を向けた方向にスリの少年を見かけたことで我慢しながらもどうにか走り出そうとするが、足を進めかけた瞬間に後ろから右手首を掴まれてしまう。


 振り返った先には、彼女を追いかけてきていた親族が口元をハンカチで抑えながら睨み付けていた。


「こんなところまで逃げるなんて、良家の跡取りにあるまじき行為だ ほら! 家に帰って遺産の話を!」


 ここまで追いかけてきた理由も、全て金のため。一応の本家跡取りとしてカルミに承認だけさせるつもりなのだろう。


「放すのじゃ! わらわはここに用がある!!」

「ワガママが過ぎるなら、少ししつけさせて貰うぞ!!」


 癇癪を起こした男はハンカチを抑えていた手でカルミをはたこうとする。振り下げられる大人の手に思わず目を閉じるカルミだったが、次に響いた音は頬がはたかれた音ではなく、中年の男の叫び声だった。


 更に掴まれていた手が離れた感覚を受けてカルミが恐る恐る目を開けると、先程彼女からものを盗んだ少年が、二人の間に入って男を睨み付けていた。


「何をする! 汚い小僧が!!」


 手に怪我を負ったことで少年を罵倒する男だったが、自分の手を傷付けたものの正体に気付いた途端に怒り顔が青ざめた。


 周りに浮かせ、刃物のように固めた少年の血液。吸血鬼である何よりの証拠だ。


「貴様! 吸血鬼!!」

「だったら何だ?」


 再び男を睨み付ける少年に、男は恐れおののいて逃げ出した。カルミは少年に私物を盗まれたこともあって微妙な顔を一度浮かべるも、鬱陶しかった親戚を追い払ってくれたことに感謝の言葉を述べた。


「礼を言おう。助けられたのじゃ」

「あのおっさんがうっとうしかっただけだ。お前も同じ。とっとと去れ! ここは金持ちお嬢ちゃんが来ていい場所じゃない」


 後ろを向いて去ろうとする少年にカルミは問いかけた。


「じゃあ何故わらわをさっきのように攻撃すればいいじゃろう? 盗みの時もな。何故しない?」

「知らない。ただの気まぐれだ」


 少年は台詞を残して足早にそこから立ち去った。一人取り残されたカルミは、盗みはしながらも自分を守ってくれた奇妙な少年に興味が出ていた。


「吸血鬼……話で聞いていたものと違うのじゃ」


 当然カルミもこの世界の出身者として、吸血鬼がどういう存在かは知っている。しかし他者から聞いていた存在と実際に見た彼の印象は、ワガママな性格のカルミを奮い立たせるのには十分なものがあった。


 カルミは金と権力をふんだんに利用し、独学で吸血鬼がいかなる歴史があるかを調べ上げた。結果的に争いこそあれど、それは人間側が吸血鬼の存在に恐れて起こした極めて一方的なものだったのだ。


 おまけに彼女が住むこの王国は、この時の争いを元に王家の支援の元兵器開発が発展し、これを応用したものが多数の国々に売られることで発展していった成り立ちがあった。


「たかだかこれだけの事か。見かけが違うだけで差別されるとは、笑えぬ話じゃのう」


 そこから少し月日が経ち、スリをした吸血鬼の少年は、いつものように料理店のゴミダメから盗んだ残飯を両手に抱えて路地裏を走る。


 雨が降り、水たまりも多い路地を水を弾きながら通り抜けた先には、年も性別もバラバラな少年少女達が強風でも吹けばすぐにでも壊れてしまいそうな簡素な小屋の中に元気のない様子で下手な呼吸すらしないで崩れていた。


 そんな彼等の元に残飯を持ってきた少年が声をかける。


「みんな! 今日は結構多く()ってこれたぞ!」


 少年の声に小屋の中の全体が反応する。少年が小屋の全員に残飯を配ると、彼等はすぐに抱えている手ごとかじってしまいそうな勢いで食い切った。


 少年は彼等の様子を見て少し休もうと小屋を出て地面に腰を付けて息を吐く。


「あら? 貴方は食べないの?」


 聞き覚えのある声に少年が目線を上げると、前回彼がスリをした人間の少女が豪華な傘を自分の手に持って差し、上から目線な目付きで彼を見ている。


「お前、この前の。ここまでわざわざついて来たのか?物好きな金持ちもいたもんだ」

「中に人達だけ食べさせて、貴方は食べないの?」


 カルミが首を傾げて聞いてきた質問。少年はここで誤魔化しても仕方がないと正直に話す。


「俺より皆が優先だ。あの中には病弱な奴や俺より年下の奴も多い。こうでもしないと喰ってけないんだよ」

「貴方も食べないとじゃ」

「俺は良いんだよ。他の奴より元気だし、腹持ちも良い」


 やせ我慢をする少年だったが、直後に腹の虫が鳴り響く。今の今で威勢の良いことを言ったために流石に恥ずかしいのか頬を赤くした。


「腹持ちがいいんじゃなかったのかえ?」

「うるさい。お前こそ、こんなところに何しに来たんだよ?」


 少年は話をすり替えて恥を誤魔化す。カルミはそんな彼を冷やかすことはせず、すぐに本題に入った。


「おぬし、わらわの執事にならんか?」

「ハァ!?」


 カルミからの突拍子もない提案に少年は大きく口を開けて不細工な顔になる。


「お前、俺達が何なのか、分かっているだろ」

「吸血鬼じゃろ? そんなの関係無いじゃろ。お主が優秀な人材には変わらん」


 カルミ自身がそう思っていても、世間の視線は甘くはない。少年はすぐに断ろうとしたが、カルミはその返事を見越してか提案を続ける。


「雇われてくれるのなら、小屋の中の人達も良い暮らしが出来るようになるのじゃぞ?」


 今の言い分。つまりカルミは少年だけでなく、小屋の中にいる吸血鬼全員を使用人として雇おうというのだ。

 吸血鬼を忌み嫌う人間が支配するこの国において、そんなことは国家反逆罪にも取られかねない。


 それを分かっているのかいないのか、カルミの態度は堂々としている。その様子に少年は腹が立ち、申し出を断る。


「断る。お前がその気でも、俺は吸血鬼だ。社会は俺の存在を認めない」

「ならば認めさせれば良いのじゃ。私には、それが出来るチャンスがある」

「何?」


 カルミの溢れ出る自信には、何か確証があるということなのかと、少年は彼女の言い分に少し興味を持つ。カルミも微かな相手の動きから察したのか堂々と言いふらした。


「なぜなら、わらわはこの王国の第一王子と、既に婚約関係を結んでおる!

 わらわが王子と結婚して上手く交渉すれば、お主ら吸血鬼にとって衣食住の整った生活を送らせることだって出来るはずじゃ!!」


 子供らしい考えの甘い言い分。常識を習って育った人間ならばこんな意見を笑い飛ばしてしまうだろうが、この場にいるものにそんな常識は持ち合わせていなかった。


 全員が今日も生きていけるのかすら分からない生活を送っている中、ほんの僅かでも希望があれば、わらにでもすがる思いで信じたくなってしまうのだ。


 揺らぎかけた少年に、カルミは彼の悩みの種ごと解決してしまおうともう一つ提案をしてみた。


「当然貴方だけを雇うつもりはないのじゃ。この中にいる吸血鬼、全員を我が屋敷で使用人として雇ってやろう」

「何だと!!?」


 自分だけでなく、小屋の中の人全員ごと雇うとすら言い出すカルミ。この世界においてこんなことをハッキリ言いきれるのは、いよいよ頭がおかしいと言われてもおかしくない。


 だが曇り一つ無いハッキリとした彼女の態度に、少年は思わず堪えきれずに大笑いを出してしまった。


「ハハハハハハハハハ!!! ぶっ飛んだことを言うお嬢様だ。いやはや、恐れ入ったよ」

「おや? わらわに使える気になったのか? もう少し時間がかかるかとも思っていたが」

「いいや、アンタのそのぶっ飛んだ思考回路が気に入っただけさ。アンタは他人を差別していないようだからな」


 雨が止み、曇り空から日の光が差す。カルミは傘を畳むと、まずは一つ彼を指摘する。


「アンタではない。お嬢様と呼ぶのじゃ! まずは言葉遣いから直さないといけないようじゃのう」

「分かりましたお嬢様。『リガー』っす。これからよろしく」

「『カルミ メル ロソーア』じゃ。精々わらわを媚びへつらうのじゃな。リガー」


 この日以降、カルミは秘密裏に大勢の吸血鬼を抱える異端な令嬢となった。


 いずれ吸血鬼にかせられた理不尽な重荷を取り払うために。


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