4-8 婚約解消
ラン達が城の使用人に引き連れられ、ロソーア家の使用人の為に用意されたという部屋に到着した。
扉が開き、後ろに連なっている大人数に押し込まれるように部屋に入る。
部屋の中はかなり広く、連れて来られた全員が入っても余裕があるほど空間があった。しかし招き入れられた部屋にもかかわらず、どういう訳か部屋の明かりが一つも点灯していない。
「あれ? なんで真っ暗?」
幸助がすぐに指摘すると、案内人は何も説明することもなく部屋の扉を素速く閉じた。
次いでランが大勢の使用人達の足音が止まったことで妙な違和感に勘付いた。
(妙に広い部屋……明かりが付いていない……そして素速く部屋から離れた案内人。てことはこれは……)
次の瞬間、ランはローブを着込み、各々が口々に話し合っている中に聞き取った別の音をたどって暗闇ながらも隙間を縫って走ると、肘を曲げた状態で右腕を上げて何かを受け止めた。
部屋の中に甲高い金属音が響き渡り、全員が同じ方向に首を回した。直後、部屋の明かりが点灯すると、ラン以外の一行が目に見えた光景を受け入れるのに固まってしまった。
部屋、というよりもう一つのこの広間の中には、周囲を取り囲むように大勢の兵士達が武器を構え、その一人が振り降ろした剣の刃をランが受け止めている様子があったのだ。
「これは……随分手荒な歓迎だな」
「馬鹿な! 剣の一撃を受けて無傷!? 服すら切断されないだと!?」
「生憎、愛妻が作ってくれた特別製でな。碌な鎧より固いんだよ!」
ランは右腕の肘を伸ばしながら振り上げ、斬り掛かった兵士の剣を弾き返しながら相手を後ろに下がらせた。
「で、これはどういうことだ?」
ランはパニックにならず冷静にここでの始末に関する回答を求める。とはいっても攻撃を受けたランからすればなんとなく返答の内容は察していた。
ところが相手の行動はランの予想外に周り、彼の質問に答えることもせずに再度攻撃を仕掛けてきた。
ランは仕方ないとブレスレットを変形させた如意棒の勢い良く伸ばし、相手の甲冑の隙間を縫って激突させて気絶させた。
これを皮切りにして広間の中の兵士達が波のように押し寄せてカルミに使用人に襲いかかってきた。
「話をする気も無しか。オイッ!!」
殺されかかっている驚きと混乱に固まってしまう使用人達に、ランが兵士達の相手をしながら叱責する。
「何してる!? ここにいたら殺されるだけだ!! さっさと逃げろ!!!」
檄を入れられた使用人達は多少の混乱こそ残るも我に返り、彼にいられたことだけを頭に意識して我先に部屋から脱出しようと走り出した。
当然兵士達がこの行為を許すはずがなく、使用人達をランが守り切れない左右からすり潰すように向かってきたが、ランが動いたことから危機を察した幸助と南がそれぞれ右と左をカバーする。
「殺すなよ。殺人沙汰になるとより収集がつかなくなる」
「そんなこと言われなくても、殺したりなんてしないよ!」
「訳わかんないけど、とにかく使用人さん達を守ればいいんだな」
「今のところそれでいい」
正直ランにとっても閉鎖空間で守る対象がいながら数攻めをされると、対策方法がかなり絞られてしまう。二人が指示を出す前に動いてくれたことは助かる部分が多い。
「何が何だか知らないが、とにかく降りかかる火の粉を払うぞ!」
「うん!!」
「おう!!」
三人が別広間で戦闘を始めた頃、晩餐会の会場ではショックが抜け切れていないカルミに、マルジは高圧的な態度を崩さないままラン達のことに触れた。
「君の使用人は、既に僕が先に指示を出したとおり処理されようとしているところだろう」
マルジが『拘束』ではなく、『処理』と言った事に、カルミはショックが一周回って言葉が口から出るようになった。
「処理? 処理ってまさか!」
カルミはマルジが自分の使用人達を殺す気であることに気付いた。
「どうして! どうしてそんな!!」
悪役令嬢らしい高慢な態度はなりを潜め、物乞いのような必死な表情と汗を流して悲鳴のような声を上げる。
彼女に対し、マルジは段々と彼女を醜い物を見る見下したような目付きになって彼の立場から見た理由をもう一度口にする。
「言っただろう。お前が僕を……いや、この世界を裏切ったからだ」
言葉に続けてマルジが右手を上に挙げて指を鳴らすと、奥から複数人の兵士が姿を現し、彼の指示に聞き耳を立てた。
「奴を拘束しろ」
命令を受けた兵士達はすぐさまカルミを拘束しようと走って間合いにまで近付く。
兵士の右手が彼女に触れかけた直前、兵士とカルミの間に割って入ったリガーが兵士の腕を掴んで動きを止めた。
「お嬢様に触るな!!」
「リガー!!」
同僚が危害を加えられていることを知った上、主人が追い詰められている現状に抑えきれない怒りが声と顔つきで溢れ出てしまうリガー。
マルジはリガーの行動を抵抗と見なし、兵士達に改めて指示を与えた。
「始末しろ」
命令の変更に兵士達はまず先にリガーから殺そうと本気で武器を突き立てる。本物の真剣を相手に怯むかと思われたリガーだが、逆に目付きを鋭くさせて素手で剣の刃を受け止めた。
「何!?」
「お嬢様に、怪我をさせるつもりか!!」
自分の出血も省みずに怒りの殺気を向けるリガーに、襲いかかった兵士達の方が怯んでしまう。
リガーは力が緩んだ瞬間にすかさず相手を剣から手を放させ、カルミに当たらない位置の放り投げた。
「そんな!!」
「頭が!……高い!!」
恐怖して動きが鈍った兵士の顔面にリガーは拳を叩きつける。
兵士二人は甲冑の装甲を破壊されつつ攻撃を直撃したことで、鼻を潰されて出血しながら気を失って倒れた。
鉄の装甲を拳だけで簡単に破壊した現実に、見ている令嬢達は皆顔を青ざめる。
「あの使用人! 素手で鉄を破壊しましたわ!!」
「人間業じゃありませんわよ!!」
怒りで理性が外れているのか、リガーの両拳には出血した血が纏わり付いているように見える。
今の彼が醸し出す空気に戦々恐々とするカルミを除いた令嬢達。特にユレサは何か点滴でも見るかのように顔を真っ青にさせて後ろに身を引いた。
マルジは彼女の怯えた姿を見て被さるように移動しつつ、肩周りまで上げた右手で微かにハンドサインを送る。
これを見て隠れていた兵士達が広間の左右から出現し、前を見ているリガーに対して彼の後ろで腰が抜けて動けなくなっていたカルミに襲いかかった。
リガーはこれに気付くのが遅れ、振り向いたときにはもう彼女の間近に兵士の剣が突き立てられていた。
「止めろぉ!!」
リガーは振り返ってすぐに右手を伸ばして前屈みになるが、走ってカルミを助けるにはもう間に合わない。だが次の瞬間に出血したのは、カルミではなく彼女に襲いかかった兵士達だった。
令嬢達が恐怖に怯え、一部は悲鳴を上げた。原因は兵士が倒された状況ではなく、出血させた血をそのまま歪なトゲの形に変形させて伸ばしていたリガーの姿に向けてだった。
「あれは!!……」
「血液の固形化ですわ……あれが出来るのは……」
広間にいた令嬢全員が何故マルジとカルミとの婚約が解消するにまで至ったのかの理由に気が付いた。彼女の執事、リガーの存在の影響だと。
マルジは少し前に出て怒りに目付きも血走るリガーに指を差しながら明確に示す。
「皆も見たな! この使用人の正体を!! 血を操り、武器にする力! 吸血鬼にしか持ち合わせない能力だ!!」
マルジの発現でリガーの正体を突き付けられた事に令嬢達はパニックになる。この世界に忌み嫌われている上襲ってきた兵士達を返り討ちにした吸血鬼が目の前にいるのだから、ある意味当然の反応だろう。
こんな混乱状態に巻き込まれるのは御免だと、令嬢達の複数組みは広間から逃げ出す動きを見せたが、マルジは全く動揺する様子はなかった。
「他の使用人共もコイツと同じという情報が入った。カルミ、この世界で人を襲う吸血鬼の存在は許されざる命だ。
吸血鬼を庇う者もまた同罪。お前は、この世界を裏切ったのだ」
マルジが持論を語っているそのときも、リガーは自分とkルミに襲いかかる兵士達を次々に返り討ちにしていた。
マルジもここまで抵抗されていることに少しだけ関心を示す。
「ほう。ここまで戦闘力がある吸血鬼とは、今と時代となってはとても珍しいな。何人か兵士を向かえば始末が済むと思ったが、まあいい」
リガーは飛ばした血液を糸を引っ張るように体の傷口に戻すと、カルミの前で跪いて話しかける。
「お嬢様! ここは危険です。一刻もはやく城から出て……」
その瞬間、リガーは突然言葉に詰まり、胸の抑えて苦しみだした。体制を維持できず、片手をついてどうにか耐えている。
「こっ!……これは……」
カルミがリガーの奥に見るマルジ。彼の右手には、掌サイズの大きさ、銀色の十字架の形をした装飾が鈍い光りを放ちながら握られている。
「お前達吸血鬼は、この純銀製の十字架が反射する光を受けると毒を入れられるのと同じ効果がある。言い伝えは本当らしいな」
マルジがアイコンタクトを送ると、立ち上がった一人と更に現われて複数人の兵士によってカルミとリガーは揃って拘束されてしまった。
マルジは目の前の吸血鬼の様子に自分が持つ十字架に感心していた。
「ほう……強度が弱い上希少、戦闘が出来る吸血鬼も早々いないとあって兵士の装備には使われてなかったのだが……量産も視野に入れておくか」
勝利が確定したために拘束した二人から一度意識を外していたが、すぐに視線を向け直すと、兵士達に次の指示を出した。
「負傷した兵士は別室で手当てを! コイツらは城の地下牢に連れて行け! 吸血鬼は準備が終わり次第、即刻駆除しろ!!」
晩餐会が開催される場所での文字通りの殺害騒ぎは避けたい意図があるのだろう。近くまでやって来たマルジから兵士の一人が十字架の装飾を受け取る。
兵士達が二人を無理矢理立ち上がらせて連行する最中、今度はさっきまでと打って変わってカルミが必死に叫び続ける。
「お待ちくださいマルジ王子!! 彼等は人を遅いなどしないのじゃ!! お待ちを!! お待ちくださいませぇ!!!」
カルミの叫びもむなしく、マルジは一切彼女の言葉に聞く耳を持たないままに二人は部屋の外へと連れ出されてしまった。
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