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4-5 カルミ メル ロソーア

 新たにやって来た世界にて結果的に起こしてしまった事故。


 ランと幸助はもっともな原因である大悟に問い詰めようと再び後ろを振り返ったが、そこからは先程までいたはずの大悟の姿が消えていた。


「な! いつの間に!?」

「よく見るとフジヤマ達の姿もないぞ」


 既にこの場にいた一行は、いつもの旅の面々四人だけになっていた。大悟と零名は面倒ごとに巻き込まれたくないとさっさとフジヤマとアキを連れて移動したのだろう。


 となるとここまで何度か叫んでおいて、一番目立っているところに被害者が向かってこないはずがない。


 馬車から現われた女性は怒りに満ち満ちた表情でラン達に向かって歩いてきた。


「おぬしらか。わらわの馬車を横転させたのは」

「何のことでしょうか~……」


 目線を逸らし、どうにかしらを切って逃げ出そうとしたランだったが、時既に遅く腕を掴まれて逃げられないようにされた。


 後ろを振り返ると、ホコリ塗れになりながらも身なりが整っている黒い上着に白いシャツを着た男性が目付きを鋭くさせてランを睨んでいた。


「逃がしませんよ」

「……」


 振り払って強引に逃げ出す手段もあったが、こんな目立つ場でそれをやってはより動きづらくなってしまう。


 となると残された選択肢は一つ。降参して場所を変えるしかなかった。


「分かった。とっ捕まえるでもしてくれ」


 時間が経過し、事故現場の簡単な片付けが済むと、ラン達四人は先程の男に連行された。


 なんでこんなことになったのだと一行が頭を抱えて連れて行かれる中、ランはふと離れた所の様子に目が向いた。


 一人の女性が、何人かの兵士に連行されているようだった。気にはなった彼だったが、連れて行かれるところから逃げ出せばより事態がややこしくと思い追わないことにした。


 その後、四人はとある大きな屋敷の中に入れられ、揃って正座をさせられた。

 幸いなことにユリの存在はバレていなかったようなので、ランの服の中に隠れて貰っている。


 三人の目の前には、別のドレスを着込み、金縁をかたどった赤いクッション性の高い豪華な椅子に座り見下す先程の女性。彼女の右隣には一緒にいた男性の姿もあった。


 圧の強い緊迫した空気の中、椅子に座った女性が扇子を広げて口元を隠すと早速三人に質問を飛ばした。


「それで……お前達、何故わらわの高貴なる馬車を事故に遭わせたのかのう?」

「何と言いますか……偶然というか……成り行きというか……」


 答え方に迷った幸助が途切れながらハッキリしない言葉で返事をすると、隣に至らんが彼とは真逆にハッキリと事実を述べた。


「知人がふざけたことをしていたんで一喝しようと蹴り飛ばしたら、思っていたよりも良く飛んで馬車に激突したようです」

(言ったぁ! ドストレートに言っちゃったよ!!)


 ランの話を聞いた二人は途端により顔をしかめた。


「は?」

(訳わかんないって顔しているよ!!)

(そりゃそうだよね。僕達でも偶然が重なりすぎてわけ分かんない)


 幸助と南が思考の中でどう対処を付けるか悩ませていたが、それは杞憂に終わった。


 ランは決してふざけた表情をとらずに先程の台詞を並べたためか、相手の方も完全なふざけた冗談とは受け取らなかったようである。


 とはいえ事故を起こした事実は変わらず、女性は席を立ち上がると、ランの頭に閉じた扇子の先端を当てる。


「どうであれ、ロソーア家に代々伝わる由緒ある馬車を破壊したのですわ。責任はとって貰わなければ……」


 軽く何度か扇子を当てると、再び彼女は椅子に座り、扇子の側面をもう片手で持ちながらまずはと聞いて来た。


「それでおぬしら、名は何というの?」

「将星 ラン」

「西野 幸助」

「夕空 南です」

「よろしい」


 女性は扇子を広げて再び口元を隠すと、怒りを抑えてしたたかな目付きをしながらハッキリ決定付けた。


「おぬしら、今これより、この『カルミ メル ロソーア』の使用人になるのじゃ!!」

「「「……ハァ!!?」」」


 驚く三人に、女性ことカルミは首を伸ばすように態勢を少し前屈みにして理由を説明する。


「実は今わらわは人生で一番の大勝負の準備をしている最中でのぉ。使用人の人手が足りなかったのじゃ。おぬしらは丁度良い」

「ごめんだ。俺達にだって用がある。弁償はするからさっさとここから出せ」


 その場に立ち上がって強気でものを言うランにカルミは少しも引こうとはしない。


「ほう? あの馬車の値段がいくらだったのか知りたいのか?」


 カルミは隣にいる使用人の男にアイコンタクトを送り、使用人はランの近くにまで音を立たせずに歩いて耳元で馬車の値段を囁いた。


 すると一言聞いただけでランの目が丸くなり、顔が青ざめた。


「どうしたの、ラン君?」


 急に変化した彼の顔を見て心配になった南が聞くと、ランは油の切れた機械のようなガタついた動きで首を回し、二人に顔を向けて謝罪した。


「スマン。俺も払い切れない」

「「エエェ!!?」」


 どうやら大悟が事故を起こした馬車は想像以上の高価なものだったようだ。


 かくして、強制的にカルミの使用人にさせられることになったラン達三人。予備であった執事服に着替えても、幸助は早速ため息を吐いた。


「ハァ……」

「落胆していたって始まらないぞ幸助」

「そうは言ってもなぁ……」

「まあ気持ちは分かる。とりあえずあの大悟(馬鹿)に再び会ったときは、グーパンでも入れておくとよう」

「同感」


 二人が着替えを済ませて指定の場所に着くと、先に彼等と同じ執事服に着替えた緊張気味な南と先程カルミの隣にいた男性が無表情で待っていた。


「どうも、着替え終わりました」

「揃いましたね。私はこの屋敷の執事長の『リガー』。まずはこの屋敷を案内させていただきます」

「よ、よろしくお願います」


 そこから三人、もといランの執事服の中に隠れているユリも合わせた四人は、リガーによる屋敷の間取りと説明を受けた。


 どうやらカルミの一族『ロソーア家』は、この世界のいくつかある貴族の中でも代々続く有数の一族だそうだ。


 屋敷も碌な金持ちなどとは比べものにならないほど広く、それを掃除する使用人も数多くいる。そこいらに置かれている家具や照明も全て人目見て一級品であることを気付かせるモノばかりだった。


 しかしだからこそランには引っかかることがあった。


「使用人の数も多いな。こんなに人手があるのに、今更追加人員なんて必要か?」


 彼の当然の意見に、リガーは石と足を止めて振り返り、礼儀良く返事と説明をする。


「はい。確かに通常時であれば、これだけいれば十分でしょう。しかし今はお嬢様にとって、人生でもっと元も言える一大事なのです」

「カルミさん……カルミ様もそう言ってましたけど、その一大事とは?」


 相手に合わせて南も言葉遣いを丁寧なものに変え、カルミの呼び方も様付けにした。リガーも改めて背筋を伸ばし、自分達の事情を説明する。


「実のところ、お嬢様には婚約者様がおられます。その御方の主催する晩餐会が数日後に迫り、メインゲストとして少しでも粗相が起こらないよう準備をしているのです。

 貴方方が事故を起こしたときも、晩餐会のための買い物の最中でした。そのせいで、肝心のお嬢様のドレスが……」


 四人もなんとなく筋書きが読めた。どうにも大悟がやらかしたことは馬車のことだけでは済まず、想定以上にこの国に危機的なことだったらしい。


しかし修理品のドレスについてはランに思うところがあった。


「じゃあ、ドレスの修理が出来れば、少しは返済する金額を負けてもらえるのか?」

「? あのドレスは職人が特注で作った一級品ですよ。そう簡単に……」

「まあ見せてみろって」


 ランからの提案にリガーはどうせ出来ないと思いながらも、代わりを買う時間もそうそうないとあって少し試してみることにした。


 リガーはラン達を買った品のある部屋へと連れて行き、損傷の酷いドレスを取り出して見せた。


「こちらです」


 ランはドレスを見て状態を確認すると、確信してリガーに伝える。


「よし、この程度なら補修できるな」

「「ハァ!!?」」


 驚く三人を余所にランはリガーにまた質問をする。


「糸とか裁縫道具は有るか?」

「あるにはありますが……」

「じゃあやってみる。ただでさえ時間がないんだろ? ほら」


 リガーは不安が大いにあるも、実際時間もない事もあってまるで彼に仕立て直しを頼むことにした。


 場所を設けてもらると、幸助達が見る見るうちにランの手によってボロボロになっていたドレスが修復されていく。


「凄い! あっという間に!!」

「お前本当に器用だな」

「前にいた世界ですぐ服をボロボロにする奴がいたんでな。何度もやっていくうちに慣れただけだ」


 リガーはランの手際に安心して別の仕事に向かおうとしたが、そこをランが呼び止める。


「待て」

「まだ何か聞きたいことでも?」


 ランは手芸の手を止めることはなく、ふと思考に浮かんでいたことを口にした。


「さっきそこの幸助が坊主に襲われてな」

「それは災難でしたね」

「その坊主、コイツから血を吸っていたようなんだが。それも大きめの八重歯を露出させた」

「吸血鬼ですね」


 当たり前のように返すリガーに、ランはこの世界に吸血鬼がいることがそう珍しくないことを知った。


「なんだ。吸血鬼が現われるのはそう珍しいことでもないのか?」

「知らないのですか? この世界の人口の約半数は吸血鬼だと言われているんですよ」

「『吸血鬼の世界』か」

「いえ、そうとも言い切れません」

「?」


 リガーの意味深な発言にランは作業の手を止め、三人揃ってリガーの方に顔を向ると、彼もタイミング良く説明してくれた。


「吸血鬼は人を襲う。その生業の為に彼等に人権は存在しない」

「人権がない!?」


 真っ先に声を上げて反応する幸助。リガーの話が途切れかけたが、調子を戻して続けた。


「それどころじゃない。国によって組織された聖堂騎士団によって、彼等は日夜命の危機を感じた生活を送っている。まともな職に就けていないことなんてざららしい。姿形は同じなんですけど、どうにも……」

「あの時の小僧が盗人をしていたのはそれでか……」


 この世界に来てすぐに幸助から結晶を盗んでいった少年の身なりもかなり貧相なものだった。まともな職にも就けずああすることでしか食いぶちを繋げられなかったのだろう。


 この世界は多くの問題を抱えている。産業革命による公害問題の多発。そして……


(あるところにはある金か……ま、これに関しては何処の世界でも大小あることだろうがな)


 リガーは裁縫をしているランは残して二人を別の部屋に案内した。


 人気がなくなって静かになった部屋で作業を続けるランに、突然危機なじみのある声が聞こえてくる。


「考え事でもしているのかしら?」

「ふとしたときに元に戻るのは止めろ。誰かに見られたらどうする」


 ランに話しかけてきたのは、元の姿に戻ったユリだ。彼女の気ままな行動に少し指摘するも、辺りに人の気配はないとして話を続ける。


「にしても災難ね。この世界に来て次々とトラブルが続いて」

「いつものことだろ。それに、悪いことばかりじゃないぞ」


 ユリはランが彼女に対して真っ先にその台詞を言うときの意図を察した。

 ランは彼女の察した事柄の答え合わせをする。


「あのお嬢様がぶら下げている首飾り。おそらくこの世界の結晶だ」


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