4-3 ナンパ師
フジヤマはここに来たとき、単純にアキがナンパに絡まれているだけだと思い、軽く威嚇をすれば解決すると思っていた。
しかし青年はアキから手を放すと、体をフジヤマの方に向けて脚を肩幅に広げ、アキにさっきまでの軽い接触ではない話し方をしてきた。
「お姉さん、名前は?」
「あ、アキ ヨシザカです」
「よしアキちゃん、ここは危険や、離れとき」
「え?」
青年は背中を少し丸め、両肘を直角に曲げながら右手を少し前に出す独特な構えを取った。
「あの男、人間やない。いや、人間と何か別の生物の混ぜ物ってとこか。何にしろ危ないな」
アキも話が聞こえたフジヤマも驚いた。明確に兵器獣とは掴んでないものの、青年はフジヤマがただの人間では無いことを見抜いたのだ。
こうなるとただ者ではないと、フジヤマも青年を警戒する。
(コイツ、ただのナンパ師じゃないのか? だがこのままアキにナンパされるのも腹が立つし、治療が必要な奴があそこで伸びているしな……
倒さないながらも逃げ出すくらいに懲らしめるか)
フジヤマはとりあえずおにぎりを握るような構えを取り、発生させた水球弾を牽制として発射した。
(まずは脅し。これで引くなら御の字だが……)
フジヤマは青年の直前で水球弾を爆ぜさせようとした。だが青年はフジヤマの予想に反して水球弾に真正面から向かっていった。
(アイツ何して!? そのまま走ったら真正面に喰らうぞ!!)
驚くフジヤマに青年は彼に話しかけるような言い分を語った。
「いかへんなぁ……こんな危ないもん町中で……それも女の子の前で使うなんて!」
青年はそのまま走って自身の右手で水球弾に触れた。しかしそれでも水球弾が爆ぜることはなく、変形させてフジヤマに水として飛ばして浴びさせた。
(弾き返された!? いや違う、触れて操作したんだ)
水を浴びせられ、再び前を見ると青年の姿がない。
「ッン! 何処に行った!?」
「ヒデキ君! 後ろ!!」
アキからの呼びかけにフジヤマは咄嗟に後ろを振り返ると、間合いに入って彼の頭を殴りかかる青年がいた。
(いつの間にここまで! さっきの水浴びは目くらましか!!)
フジヤマは咄嗟に腕を組んで攻撃を受ける。青年は驚きつつも、ガラ空きになっていたフジヤマの腹に左手で張り手を撃ち込んで後ろに引かせた。
フジヤマが軽い吐き気に襲われる中、アキが心配の声を上げる。
「ヒデキ君!」
「酷いなぁ、アキさん。なんでコイツを手助けすんの?」
同時に青年はこの数秒の戦闘で感じたことを頭の中でまとめていた。
(かったい体やな……気絶させる勢いでしばいたのに、こっちの手の方が痛いんとちゃうか?)
軽く手払いをする青年。フジヤマはこの隙に吐き気を落ち着かせて次の手を考えていた。
(どういう理屈か知らないが、アイツに俺の水球弾は効かない。町中近くじゃ下手に技を撃ちまくるわけにもいかないし、打ち消されるのも考慮するなら、こうだな)
フジヤマは再び水球弾を生成して放った。
(効かへんと分かって何故同じ技を?)
青年が疑問を浮かべるも、今度は変形される前に水球弾を爆ぜさせた。
(さっきの俺と同じ手? 自分がやったやり口が通じるでも思ってんのか?)
予想通り青年の後ろから出現したフジヤマに、青年も攻撃が出される前に振り返って対応しにかかった。
フジヤマは右手からエネルギーブレードを発生させて串刺しにかかる態勢になっていた。
(容赦のない攻撃やな。ま、意味無いけど)
青年は水球弾のときと同様に触れようとするが、フジヤマはそれをされる前に固定を解除し、飛ばした水しぶきを青年の目に入れた。
(二重の目くらまし!? けど甘いな。この距離の攻撃種類は大分限られるだろう。カウンターはいくらでも……)
しかし考え事の最中、突然青年の気分が悪くなり力が抜けた。
(何だ!? 突然気力が……)
青年はフジヤマの能力が水の生成、固定と仮定していた。フジヤマはそこをついてランにも使った窒息技を使用したのだ。
ナンパ師相手にこれを使う気は当初なかったが、戦闘時間を短縮するため、何よりこのナンパ師が手加減をして勝てるものではないと判断しての行動だ。
トドメに気絶させようと腹を殴ろうとするフジヤマ。これで終わると思っていた彼だったが、殴った瞬間に違和感を感じた。
(固い! というか感触が人間じゃないような……ッン!!)
瞬きをして見る目の前の相手は、いつの間にか青年と同じ服装を下木彫りの人型人形だった。
(これは!? 変身したのか?)
フジヤマの予想はすぐに外れと分かる。攻撃していたと思っていた青年の声が、自身の後ろから聞こえてきたからだ。
「あかんなぁ……人間と木の区別くらいできんと」
(いつの間に入れ替わった!?)
青年はため息をつき、頭をかきながら勝手に話し出す。
「俺とアキちゃんの邪魔せんといてくれや。面倒くさい奴やわぁ。そう、まるで眠れる姫を囲んで王子が近付かないようにする……えっと……その……何やったか……」
「茨……」
「あぁ! そうやそう『茨』や。教えてくれてありがとうな」
詰まった言葉が分かってスッキリした青年が声が聞こえてきた方向に笑顔を向けると、視線の先にいたのは南と出会ったあの少女だった。
「……」
青年が突然固まり、少しの間沈黙が流れた。そして次の瞬間、青年は飛び込んできた少女に顔面を思いっ切り殴り飛ばされ、地面に激突しながら勢いが止まらず建物の壁に激突するまで飛ばされた。
見知らぬ少女の突然の加入に驚きを通り越して困惑するフジヤマとアキだが、その場に少女に追い付く形で南が現われた。
「あれ? フジヤマさん! アキさん!」
「夕空。お前道案内をしていたって」
「あ、うん。そこにいる子を」
南も、少女が突然青年を殴り飛ばして事については何も分かっていなかった為に、呆気に取られながらも少女に質問する。
「その……君、そこに倒れている人と知り合いなの?」
少女は振り返って無言で頷く。続いて起き上がった青年は少女に詰め寄り、さっきまでの冷淡さがどこかへ行ってしまったように怒鳴りだした。
「お前!! いきなり戦いに割り込んで来て何すんじゃごらぁ!!! 攻撃するところ間違えとんねん!!!
こちとらもう少しで蹴り付けて、アキちゃんと店の中でゆっくりお茶しようとおぉ……」
青年の視界に、少女を通り越した奥にいる南にピントが合った。
途端に青年は少女をすり抜けるようにかわして南に近づき、アキと同じように両手を包み込んで詰め寄った。
「君、名前は?」
「はえっ!? 夕空 南です」
「そうか南ちゃん。可愛い名前してるなぁ。ここまでアイツを連れてきてくれたんやろありがとう」
「あ、はい、どうも……」
アキと同じく引き気味な南に青年は喰い気味に話を続ける。
「それで、御礼としちゃなんやねんけど、これから二人でどこかにお茶でもしに行かへんかぁ?」
「あぁ……いや、間に合ってます」
「そんなこと言わずにさあさあ!!」
さっきまでの怒りは何処へやら。青年の切り替えをはやさに戦闘していたフジヤマが逆に戸惑ってしまう。
「や、止めてください!!」
だが今回の相手は格闘術に精通している南だ。アキとは違い力を入れて振り払うと、青年の方が引き剥がされてしまった。
青年が引き剥がされたことに少女も少し目を丸くしたが、青年はこれを受けても全くめげずに南を口説こうとしていた。
「ホ~……見かけによらず結構パワーがあるんやな。元気のいいことや。まさしく能ある……能ある……何やったっけ?」
話を聞いていた南がずっこける。どうやらこの青年は毎回相手を何かに例えようとするが、肝心なその例えるものの名前が思い付かないらしい。
「あ~……ほんとあともう少しで出てきそうなんやけど……何やったかな……能ある……何かは爪を隠すって……」
「もしかして『鷹』のことか?」
「あぁ! そうそう、それそれ。ありがとう教えてくれて」
青年がまたしても声が聞こえる方向にスッキリした笑顔を向けると、一番遅れてこの場に到着したランと、その左肩に乗っかっているぬいぐるみ姿のユリがいた。
周囲にまたしても沈黙が流れたが、数秒後にランが青年の顔面に跳び蹴りをかました事で少女と幸助以外の全員が目を丸くした。
吹っ飛ばされて青年は同じ建物の壁により強烈に激突した。青年が後頭部の痛む箇所を摩っていると、既に近付いていたランが青年の胸ぐらを掴み上げて怒声を発した。
「よう。何処で呆けているかと思っていたら、まさか俺んとこの旅仲間に手を付けようとしているとはな」
南はゆっくり二度瞬きをし、青年を睨み付けているランに話しかける。
「え? ラン君、その人と知り合いなの?」
「知り合いどころか、俺達がこの世界に来た目的。待ち合わせをしていた忍者その人だ」
ランの言い分に南を始め、フジヤマ達も反応した。
ランは掴んでいた青年の胸ぐらを離し、尻餅をついて痛めている彼を見下す姿勢をとりながら、彼の招待について説明し始めた。
「言っただろ、かなり性格に難があるって。コイツは……」
「待った!!……」
ここまれ事を荒立てておきながら、青年は右手の平を広げて前に出し、ランに待ったをかける。
「こういうのは自分で言わんと格好つかへんやろ。俺に言わせろや」
青年は尻を地面から浮かせ、軽く両手でホコリを払いながら立ち上がる。
そしてこの場の全員に注目される中、青年は決め顔を作って自己紹介を始めた。
「俺は、次警隊二番隊所属、『疾風 大悟』。歳は19。絶讃彼女募集中や」
更にかっこつけたような表情で最後を締めくくろうとする青年こと大悟だったが、直前に少女からのドロップキックで再びしばかれてしまった事で強制的に話を切らされた。
何度も転ばされながらも、大悟は少女が自分を紹介しなかったことを問い詰めたのかと思い、ついでとばかしに彼女のことも紹介した。
「そんでコイツは『零名』。俺と色々な世界を回っとる、一応のパートナーや」
少女こと零名が頷き、とりあえずの挨拶をこぼした。
「よろしく……」
二人の正体が分かった事で戦闘は終わった。しかし南やフジヤマ、アキには大悟の紹介文の中に出て来た気になる単語に反応した。
「次警隊?」
聞き慣れない単語に首を傾げた彼女達に、大悟はまた立ち上がりながら察した。
「なんや、それも説明してなかったんか」
「行く先々でドタバタしたもんでな」
「まあええわ。良い機会やし、教えて上げようか。お前からもな」
どうせ説明するならランからもと目で訴える大悟。ランも視線は逸らしつつも承諾した。
「分かった。だがその前に一つ」
「ん?」
ランは右人差し指であるものを指した。
「先にあれ、どうにかしてからだ」
指の差された先には、倒れたまま放っておかれた幸助の姿があった。
「アッ!」
「忘れてた……」
このあとアキがすぐに幸助を回復させ、ほぼ全員が彼に謝罪をすることになったとか。
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