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4-1 結晶泥棒

 日の光が差す昼の空を覆い尽くす黒い雲の下、石畳の地面の上にレンガ製の建物が並んだ町の中にたたずむ、一件の喫茶店。


 周囲に耳に障る音が響くこの店で出されたお茶をテーブルに置きながらも、ランを始めとする旅人六人は全員、無言ながらも不機嫌を全身で露わにしていた。


 直後、ランの一言からこの場での会話が始まった。


「……遅い!!」


 魚人の世界から移動した一行。この世界にやってきたのは、待ち合わせをしているランの知り合いの人物に会うためだった。


 しかし待ち合わせ場所に来てかれこれ二時間。その人物が現われる気配は全くなかった。


 それによって待ち合わせをしていた張本人であるランが苛立ち、向かいに側に座っている幸助が対処に困っていた。


「アイツ……何処で道草食ってやがる!?」

「お前、さっきから地味に機嫌が悪いな」

「アァ……例のごとく悪い癖が出たんだろうな」

「悪い癖? どういう人なの? その人」


 幸助の右隣の南が興味本位でこれから会う人物のことについてランに聞くと、彼も苦い顔をして軽く説明してくれた。


 「仕事の腕は立つ。だがかなり性格に難があってな……アイツを宛にした俺が馬鹿だったか」


 ランが自虐しながらその人物を罵倒すると、ここまで黙っていたフジヤマとアキが別の話題で口を開ける。


「それ以前に、俺達からすればお前の肩に乗っているぬいぐるみの事が色々気になるんだが?」


 現在ランの左肩の上にはぬいぐるみに変化したユリが乗っかっている。フジヤマとアキにとっては、変身したユリの姿を見るのはこれが初めてだった。


 ランから事前に事情は聞いていた二人だが、実際に見るとやはり人がぬいぐるみになって動いていることに妙な気持ちがあった。


「普段はその姿なんだよな。昨日俺の後ろにいても分からなかったのはそれか」

「この姿だとサイズ上動きは遅いが、気配も消せるからな。俺でさえ、音の判別がしにくい」

「分かっていても、動くぬいぐるみっていうのは珍妙に見えるな」

「ヒデキ君、言い方」


 響く音が大きくなるのと比例し、お互いに空気がピリつきだした。次にフジヤマは自身の問題ながらもここに長居していることによるリスクを話す。


「俺達のためにここで待ってくれているのはありがたい。だが、俺としては一刻も早く兵器獣の魔の手から助けに行きたい」


 フジヤマの旅の目的としても、ラン達にとってもこの場であまり時間をかけてはいられない。ぎこちなく空気がよどんでいく中、ランは全員に鶴の一声をかけた。


「ハァ……ここで待っていてもしょうがないか。外に出よう」


 ランは待合人は近くにいるのではないかと判断し、よどんだ空気の気晴らしもかねて喫茶店の外に出ることにした。

 会計の値段が思っていたより高かったことに一同驚き、切り替えになったかに見えた。


 しかし残念ながら一行が町中を歩いていてもあまり気分は晴れなかった。


 待合人が現われなかったことで出鼻を挫かれたことも一因だが、もう一つの要因は歩いている道中に幸助達が周りの景色を見て気が付いた。


「なんかこの世界、空気がよどんでないか? 物理的に……」

「言われてみれば、確かに」

「それに何だこの匂い? どこかで嗅いだことがあるような……」


 気が付いてすぐに異常な匂いに鼻をつまむ幸助と南。ユリにも匂ってきたのかぬいぐるみの小さな両手で鼻を押さえ、ランがこの原因について指摘した。


「おそらくこの匂いの原因はあれだろう」


 ランが右手の人差し指で差した先は、建物と建物の間にある溝に野晒しで捨てられている果物の皮や食べかす、排泄物の塊だった。


「町の真ん中に生ゴミをポイ捨て!? そりゃ変な匂いもするわけだ」

「というより、多分現代日本みたいに処理できる場所がないんだと思う」


 南からの指摘に首を傾げる幸助。逆に彼女の言いたいことを理解したランは代わりにこの世界の概要について口にした。


「なるほどな。この世界は時代で言う『近世ヨーロッパ』、産業革命による急激な工業化に廃物処理が追い付かずにいるんだろう。

 さっきから響いていた音も、工場からの騒音なら説明が付く」


 先程からランが苛ついていたのには、人より鋭い聴覚に騒音が入り込んできたストレスも一因としてあったようだ。


 産業廃棄物からの異臭に異音、おそらく上空の雲についても、工場から出て来た煙が広がったものだ。総じてこの世界は環境問題が多すぎた。だからラン達一行の機嫌も悪くなっていたのだろう。


 とはいえ最も原因になっているのは待合人が見つからないことだ。まずはそれをどうにかしなければ話にならない。


 などとランが考え事をして先頭を歩いていると、側を走っていた一人の少年に気が付かずにぶつかってしまった。


 ぶつかった少年は転んでしまい、ランの後ろにいた幸助が寄りかかって声をかける。


「君、大丈夫!?」


 ランも後ろを振り返り、機嫌が悪くなっていたことは一度置いといて少年に近付く。


 幸助が姿をよく見た少年は、汚い上に少し破れているシャツとズボンを着ており、肌艶も悪く気分が悪そうに見えた。少年はか細い声で話し出す。


「お腹……すいた……」

「お腹すいたの? 任せて、今食べ物を……」


 相変わらずのお人好しで見ず知らずの少年に食べ物を恵んでやろうとする幸助。少年は次によりか細い声で何か言った。


「……ありがとう、お兄さん。いただくね」


 少年の妙な台詞に、唯一聞き取れたランが反応して幸助に迫った。


「幸助! その坊主から離れろ!!」

「エッ?」


 次の瞬間、少年は突然幸助の左腕に噛み付き、幸助は中身を吸われるかのようにみるみる体力が減っていく感覚に襲われた。


「幸助君!!」


 瞬時に南が少年を幸助の腕から引き剥がしたが、彼女は掴んだ少年の姿を見て目を丸くした。


 つい先程まで痩せ細っていたはずの少年の体に、急に中身が詰まったかのように肌つやが良くなり、力も強くなっていた。


 何より注目したのは、少年の口から飛び出して見える日本の牙だった。


「その牙! それに幸助君のこの感じ! もしかして……」

「吸血鬼か」


 先にランに答えを言われたことに南は若干眉をしかめるが、それどころではないと表情を戻すと、交代するようにランが少年の手の中にある物を見て大きく顔を歪めた。


 少年の手の中には、魚人の世界にてランが幸助に渡していた勇者の世界の結晶があったのだ。


 途端に少年は手元を隠し、足早にこの場から走り出して離れていった。始めからスリが目的だったようで、結晶を宝石と間違えたようだ。


「あの小僧!」

「少年ダッシュで逃げたぞ!」

「すぐに追いかける!!」


 一行はすぐに追いかけようとするが、血を吸われた幸助が尻餅をついて動かなくなってしまった。


「悪い……力が出ない……」

「おいおい……」


 すぐにでも追いかけないといけないときに危機に陥るが、アキが幸助の体を支えて立たせた。


「幸助君は私が看ておくから、あの子を追いかけて!」


 ランは軽く頷き、幸助はアキに任せて残り全員で少年を追いかけた。


 スタートダッシュが遅れた上、向かった先には人混みがあった。挙げ句地の利は相手にあったことも重なって、一行は少年の姿を見失ってしまった。


「手分けするぞ。俺は左、夕空は真ん中、フジヤマは右だ」


 即座に指示を出したランに全員従って別々の道を走った。


 ランの素速い脚に左肩に乗っかったユリが振り飛ばされそうになるのを必死にしがみついている。彼はすぐに気付き、少し彼女の顔を向けてスピードを下げた。


「おっと! スマン、ユリ」


 そこで急にユリに意識を向けたがために、ランは人混みの中ですぐ近くにいた人物にまたしてもぶつかってしまった。


「やばっ! たった数分にして二度も事故った……」


 ランは耳が良いことが災いし音が混在して分かりにくくなっていたとはいえ、流石にこの短時間に二度も人にぶつかったとなって少し申し訳ない気持ちになった。


 それでも結晶を取り返さなくては一大事になるためこの場から走り去ろうとしたが、後ろを向いて進み出す直前に後ろからユリが乗っていない右肩を掴まれてしまった。


「待った」

「ゲッ……」


 ランは自分を掴んできた振り払おうとするも、相手の腕の力が予想以上に強く振りほどけない。相手は彼の急ぐ気を押さえつけた状態のまま勝手に話を始める。


「丁度いいや。嫁に送るプレゼント探し、手伝ってくんない」


 ランがいかにも罰が悪いと言った顔をして後ろを振り返ると、相手はランよりも3㎝ほど身長が高く、色白の肌に整った顔立ちに右目が紫、左目が赤い色のオッドアイをしている青年だ。

 機嫌が悪いというわけではないが、作ったような笑顔を浮かべていて腹が読めない。


 しかしランにも用事がある。この場は当然断る返事をした。


「生憎急いでいる。他を当たってくれ」

「そう? さっき誰かがぶつかったせいで連れに渡そうと思っていたプレゼントが壊れてしまったのだが、その請求はどうしようかなぁ?」


 男は左手に飾りの一部がちぎれたキーホルダーを見せつけた。いかにも露店で売っている安物といった感じだが、賠償を請求されては責任問題になる。


 結晶が盗まれているためそんなこと知るかと言いたいランだったが、掴む手の力と言い回しから、働くまで放す気がないことはしっかり伝わった。


 そのためランは少年を捜すのと併用してやれば慣れない事はないと自分を納得させて揉め事が大きくなる前に折れることにした。


「ハァ……分かったよ」


 男はランにもう逃げ出す気がないことを見透かして掴んでいた手を放し、ランも頭をかきながらも自分から名乗りながら早速二つ質問をする。


「俺は将星ラン。お前名は?」


 これに男も素直に返事をしてくれた。


「『コク』。少しの間よろしく!」


 捜す人数が増えてしまったランは心の底から素直に面倒に思った。


 一方の南。ランと同じく人混みの中に揉まれて少年の姿を見失っていただけでなく、自分が通ってきた道さえも見失っている現状だった。


(ウ~……右も左も分からない……前の世界ではほとんどラン君と一緒にいてたから迷わなかったけど、いざ町で一人になるとこうもすぐに迷うなんて……)


 気分が落ちて涙目で下を向く南。共に目線が下がると、その先で人混みの中をそそくさとすり抜けるように歩く小さな人影が視界に入った。


「今のって……」


 次の瞬間、南の脚に手で触れられるような感触が起こった。


 即座に後ろを振り返ると、先程の人影と同じ大きさをした、黄色い服装に黒いスカート、口元を水色のマフラーで隠した白い髪の少女が、無言ながらジト目をして何かを訴えかけていた。


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