3-26 出来ることをやればいい
何がともあれ異世界の結晶を二つも手に入れたラン達一行。
その部分が一安心となると、ランが次に気になったのは、星間帝国の実験体から解放され、自由の身になったフジヤマのこれからの処遇についてだ。
「そういえばフジヤマ、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
ランの質問に関しての答えについてフジヤマは既に頭の中で決めていたようで、目を閉じ淡々とした口調で話してくれた。
「明日になったらこの世界から出て、別の世界に行くつもりだ」
この返答に一同、特にこの世界に住んでいたアキとルミが声こそ上げないながらも表情を大きく動かした。
フジヤマは彼女達の様子に気が付いていないのか、目も向けずに返事の理由を続ける。
「元々兵器獣が大量生産されたのは、俺が発明した技術の責任だ。その被害に遭っているのは、この世界だけには留まらない。
今だって、俺のせいで誕生した兵器獣が罪のない人達を襲っている」
フジヤマは両拳を強く握り締め、やり場のない強い怒りや悔しさを見る人達に感じさせる。
「せめてその人達を守ることが、俺に出来る唯一のことだ。そんなもので、償いきれるとは思わないがな」
「ヒデキ君……」
フジヤマはただラメールシステムを開発しただけだ。悪いのはそのシステムを悪用したチロウや赤服達に他ならない。
それでもフジヤマにしてみれば、人々を危機にさらすシステムを開発したという事実があり、大きく責任を感じている。
ランは彼の意見をもっともだとは思うが、そのための前提として必要なことを確認する。
「だがお前、転移用の端末を持ってないだろ?」
当然の質問にフジヤマは手元に血のように赤い色をした、赤服のブレスレットを取り出した。
「それは……」
「基地の中で戦っている最中にくすねてきた。少し手を加えて俺の専用にするつもりだ」
「そうか……用意が出来ているのなら、俺から言えることは何もない」
ランは特に止めることはせず一言だけ返したが、幸助と南はアキとルミのことを気にしてしまう。
フジヤマが部屋を出た後、幸助が椅子に座っているうつむくアキに近付いて話しかける。
「その……アキさん達は、これからどうするんですか?」
アキとルミにも、フジヤマと同じ研究チームに属していたために、彼と同じ責任を抱えている。故に他の世界の人々を救いたい気持ちはもちろんあった。
しかし、彼女達はフジヤマとは違い、この世界で細々ながら医者として環境が出来上がっていた。
星間帝国からの侵略は未然に防いだとはいえ、ここまでの大事に怪我人や家屋の被害が出ていない方が不自然だ。今自分達が住んでいる世界の危機を放っておいて立ち去るわけにもいかない。
二人とも、双方に思うところがあるからこそ答えが口から出なかった。
少し時間が経過し、フジヤマが部屋を借りて物静かにブレスレットの改造作業をしていると、突然後ろから声をかけられた。
「へ~……器用にいじくるわね~……」
洞窟内で警戒に慣れていたフジヤマは、背後と盗られた事に大きく驚いて体を震わせた。彼のリアクションに後ろにいたユリも釣られて驚いてしまう。
「お前、確かキロン達が狙っていた……」
「『ユリ』、ラン達一行の整備、及び回復担当です」
キロン達との件でユリに興味を持ったフジヤマは作業を止めて彼女に顔を向けた。ユリも見た目からして年上相手だからか、普段と違い敬語を使って話す。
「てことは、ランの装備品を作ったのはお前か。相当な腕だな」
「まあ、どうも」
ユリは話を聞く気になったフジヤマに、彼の作業の邪魔をした本題を話す。
貴方、一人で異世界へ行くつもりですね?」
「それがどうかしたか?」
冷たく一言で返すフジヤマに、ユリは自分がこの世界で経験した事を主幹で話した。
「この世界に来て、アキさんやルミさんと一緒にいたわ。この世界で医者として過ごしているそうです」
「そうか」
「でも、貴方の事を片時も忘れていなかったです。特にアキさんは、婚約者の生存をずっと信じていましたよ」
婚約者。その単語にフジヤマは引っかかるところがあったのか、ユリから少し目をそらした。彼女は彼の行動を見逃さずに彼を責めるとも取れる台詞を吐いた。
「そんな健気な人を放って一人で旅に出ようだなんて、ちょっと酷いんじゃないですか?」
「……かもな」
歯切れの悪い返しをするフジヤマにユリは今度は優しい声で続ける。
「アキさん達を、これ以上危険に巻き込みたくないんですよね?」
「なんでそう言いきれる?」
「どっかの誰かと似たようなことするから」
ユリの頭に中にランの姿が思い浮かび、フジヤマのその事を察した。
「俺と奴が似ている?」
「人のためを思って敢えて素っ気なくするところ。そして私は、そんなことをされても悲しいだけって事を知っています」
自分の立場から言える意見。幸助達と同じく、旅の仲間になることを拒まれたことがあった。
ユリはそんなランの言いつけをはね除けるような形で言い分を付け、彼の旅に同行したのだ。
そんなユリだからこそ、自分の立場としてアキの思うところを述べる。
「人の為って言ってますけど、貴方はそれで置いて行かれる人の気持ちが分かるんですか?」
「何?」
分かったようなことを言うユリにフジヤマは多少ストレスがかかり、少し怒りがこもった声を出してしまう。
しかしそんなことでユリの熱弁は止まらず、彼女の表情はより真剣なものになった。
「大切な人が危険にあっている中で何も出来ない自分への責めで、押しつぶさせそうになることもある。アキさんはまさにそれよ。
危険なのも足手まといになるのも百も承知。それでも、自分に出来ることがあるなら頼って欲しい! 赤服は論外だけど……貴方も! もう少し人の気持ちを考えて!!」
捉えようによってはわがままでしかない言い分だが、屁理屈としては一理ある。
フジヤマの怒りは抑えられ、逆に考えさせられることになった。
______________________
家屋の中の別の部屋では、顔をうつむかせて動かないでいるアキにルミが寄り添い、近くにいる幸助と南がどう声をかけるべきか言葉を悩んでいる様子だった。
そんな中部屋の中で一番始めに口を開けたのは、全く動じている様子のないランだ。
「一緒に行きたいけど迷惑はかけたくないって顔か?」
「エッ?」
ふとここのの中の思いを突かれたアキは思わず顔を上げてしまい、ランは彼女にとことんストレートに言いつけた。
「遠慮なんてせずにさっさと交渉して来いよ。このまま落ち込んでいても、フジヤマが出て行く時間が迫るだけだぞ」
アキは押されてうずくまり、逆にルミと幸助はランの配慮のない姿勢を見て彼に近付きながら一喝した。
「貴方! 何も知らないのに勝手なことを!!」
「お前! もうちょっと言い方ってものがあるだろ!!」
「うるさい。変に躊躇して喋れない奴は黙ってろ」
二人はランに痛いところを言われて口を閉ざされる。和室の襖を開けるように二人は左右に動かされ、ランが話の続きをする。
「悩んでいるなら話をしてこい。許可されようが拒否されようが、やってみないと分からないだろう?」
「そんなことしたって……」
「どうせ断られる。それに自分がついて行ったって役に立つわけない。でも一緒に行きたい!!」
アキは自分が言おうとした台詞をランに先に言われたことに一瞬体を震わせて声を出し反応すると、彼は両腕を組んで話を続ける。
「そんな全て悟ったようなことを!! なんで分かるのよ!?」
「前に俺に似たようなことを叫んで無理矢理付いて来た馬鹿が二人ほどいるからな」
幸助と南の胸の中心に『馬鹿』と描かれた大きめの矢印が深々と突き刺り、ルミが冷や汗をかきながら二人に苦笑いを向けた。
精神的な飛び火を受けた二人だったが、ランはすぐにフォローの言葉をかけてくれた。
「でもま、実際異世界の旅なんて何が起こるか分からない。この世界でだって、そのどっかの誰か達がいなかったら、正直やばかった。
完全に結果論だが、今回は付いて来てくれて助かっている」
遠回しながら珍しいランからの褒め言葉に心に刺さった矢印が消滅する二人。しかしアキは自分に対する卑下を止めない。
「それは、二人が強かったからじゃない。私に出来るのはせいぜい怪我の手当てだけ」
「だがその能力のおかげで、ユリの怪我は治ったんだろう?」
「ッン!」
アキが顔をランに向けると、彼は組んでいた腕を解いて彼女にもう少し近づいた。
「大きい小さいは関係無い。出来ることをやればいいだけだろ。少なくとも俺は感謝している」
ランは足を止めると、アキに向かって深々と頭を下げた。
「家内の怪我を治してくれたこと、旦那として感謝する」
「ラン……くん……」
アキは対応に困りはしながらも、あまり体験してこなかった面と向かっての感謝に嫌な気はせず、頬を赤くして縮こまった。
そしてアキ自身、さっきのランの言葉が響いて固まっていた表情に何処かハッキリしたような顔つきになった。
「出来ることをやればいい……か……」
後ろで見ていてアキの引っかかりが取れたのを見た幸助達も小さく微笑んだが、直後にさっきのランの台詞を思い出して再び表情が固まってしまう。
「……ん? 家内?」
「旦……那?」
口々に呟いた幸助と南の声を聞いてランは後ろを振り返ると、幸助からすぐに質問される。
「え? ラン……お前とユリちゃんって、その……」
「そういうこと……なのかな?」
慎重な質問の二人に、ランはケロッとした様子の軽口で返答した。
「あれ? 言ってなかったか? 俺とユリは『夫婦』だぞ」
少しの間、ラン以外の全員が時間が止まったかのように体が硬直し、誰も口から何も話をしない謎の沈黙の時間が出来た。
そして幸助と南が頭の中で情報の整理を済ませた瞬間、口を揃えて大きく叫んだ。
「「エエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」」
幸助と南にとって、この異世界を巡る旅が始まって以来一番の衝撃ニュースだった。
よろしければ『ブックマーク』、『評価』をヨロシクお願いします。




