3-19 轟く叫びを耳にして
激闘が続いている現場の様子を遠目で見て怯えているこの世界の住民達。
自分達の住むこの世界に次々と起こった兵器獣災害に、状況がよく分からない事への混乱と恐怖が相まって、先に現われていたアキ達への批判の声が強まった。
最初は小声で隣同士会話をしている程度にすぎなかったが、集まっている民衆の一人が大声で叫んだことで均衡が崩れた。
「まただ! またアイツらが、怪物を泡の中に引き連れてきたんだ!」
暴言は一人が始めると、それに乗せられる形で次々と別の人物が後に続く。濁流の中に抵抗もなく流されるように罵声の嵐が起こっていた。
「そうだ! そうに違いない!!」
「アイツらが来てから、この世界はおかしくなったんだ!!」
「あんな奴らのせいでなんで私達がこんな目に遭わないといけないの!!」
「アイツらなんてすぐに死ねばよかったんだ!!」
収まりのつかない罵詈雑言。集団心理によって完全に幸助達が悪人である烙印が押されかけたそのとき、集団の罵声夜の大きく、ハッキリと聞こえる一声が彼等を一瞬で黙らせた。
「いい加減にして!!!」
声の主は、ルミを心配して疲労が残る体を動かしてここまで来たラルコンだ。隣には彼女の左腕を支えるマルトの姿もある。
ラルコンは涙目になりながら静まり返った民衆に問う。
「どうしてそんなに酷いことばかり言えるの!? 本当にあの人達の性なのか確証もないのに!!」
彼女の言い分に民衆の一人、最初に怒声を叫んだ男が反論する。
「確証なら! これまでアイツらが現われると共に化け物が現れた事で付いてるだろ!! お前こそ、いい加減あんな奴らに肩入れするな!!」
「そうだそうだ!!」
「アンタ達がアイツらを庇うからいけないんでしょ!!」
今度は二人に向かって罵声の向きが変わる。
しかしこんなことで二人はめげない。そんなに確証が欲しいというのなら、今目の前にあるではないかとマルトが戦闘現場に指を指して反論した。
「なら今! その化け物と戦っているのは誰だよ!! お前ら、目を凝らしてもっとよく見てみろ!!」
マルトが民衆に見せる先には、今まさに危機に陥りながらも決して負けようとしていない幸助達。
マルトは一人一人と会って話をしたからこそ言える意見を罵倒以上に大きな声で檄を入れるように叫ぶ。
「あの人達は、この世界で生まれたわけでもない。その内二人なんて、この世界に来てばかりだ。そんな人達が、自分達に関係のないこんな場所を、命懸けで必死に戦っているんだぞ!!!
これを見ても! アンタらはあの人らのせいに出来るのか!!?」
今、まさしく目の前で起こっている確証を見せつけられては、罵倒を叫んでいた筆頭の男は黙らざるおえない。他の魚人もこれに続く。
再び静まり返った民衆に、ラルコンがこの場において本当に必要なことを呼びかける。
「必要なのは罵声なんかじゃないでしょ? それだけ声が出せるのなら、彼等のためになることをしようよ!!」
民衆は彼女の必死の呼びかけに足を震わせ、殆どの者が赤服に敵と認識されて巻き込まれたくないがために視線を下げていた。
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そのとき彼等が思う所にある戦闘現場では、突然姿を現してアキの体をつかみかかるルミ。気付くのに遅れたチロウは捕まえていたアキを引き剥がされてしまいそうになる。
殺してこそいなかったながらも重傷を負わせていたルミがこの場に現われた事態は、チロウにとってかなりの動揺があった。
「貴様! あの怪我をもう治したのか!? 装置は破壊したはずだぞ!!」
「そうね。でもたまたま治癒できる人が来てくれたから助かったわ!!」
ルミは一瞬ユリの方に視線を向けてすぐにチロウに戻し、病み上がりの体を必死に動かしてアキを引っ張った。
その上チロウが感じるルミの怪力は彼が知っているものよりも強くなっている。火事場の馬鹿力もあるのだろうが、今のルミはユリからの回復を受けたことで、一時的ながら力が上がっていたのだ。
「アキ! もうちょっとよ!!」
アキ自身も解放されようとルミに寄りかかり、逆にチロウは不意打ちと想定以上の力に押されて彼女の身柄を離しかけていた。
「お前まで邪魔を!!」
「チロウ! 貴方の本性を知っちゃたから! 私の大切な親友を! これ以上、傷付けさせない!!」
力技に競り勝ち、あと少しでアキをチロウから引き剥がせるとルミは体により力を入れ、アキも彼女の方に体重をかけた。
しかし、赤服達もこれをそのままにするほど間抜けではなかった。
あと少しでアキが拘束から解放されるかに思われた次の瞬間、彼女の左肩に強い打撃が衝突し、ルミはアキを掴んでいた両手を放してしまった。
打撃の正体は、即席ながら自らの服の袖で腕の出血を止血したアントによる跳び蹴りだった。
アキを解放することに夢中になっていたルミは攻撃を直撃し、ただでさえ怪我が元の疲労が酷く残っていた体を吹き飛ばされて地面に激突してしまった。
「アガッ!!」
「ルミちゃん!!」
アキが必死で手を伸ばすも、逆にチロウは彼女を強く引っ張って距離を取らせた。
咄嗟にルミを助けようとする幸助だが、キロンは彼に光線を当てて拘束し、同じく動揺した隙を突いてユリを押し倒して左足のかかとで踏みつけた。
更に彼は自身の靴の先端に千切った服の袖を結びつけてアース線のように地面に伸ばしている。
「カハッ!!」
「動じたな。お前は戦士としては未熟だったようだ。アントに喰らわせた技も、エネルギーを伝達させたもの。経路を設ければ一部が地面に流れて威力は収まるのだろう」
踏みつける力を強めてこのままユリを気絶させにかかるキロン。
彼は彼女達に降参を促すために更に侵略計画の詳細を彼女に話した。
「もっとも、私達にここで勝ったところで無駄だがな。間もなく本軍の兵士達がゲートを通じてこちらにやって来る頃合いだ。
兵器獣での都市進行は想定より遅々としてしまったが、ここまで邪魔者との時間稼ぎが出来れば十分だろう」
大方計画が予定通りに進んでいることを宣告されたユリは、動けない体で緊迫した顔を浮かべ、幸助も動けないながらも心拍数が上がった。
幸助達や昔の仲間のみっともない姿を見て勝利を確信したチロウは、彼達をあざ笑いながら調子に乗った捨て台詞を唾を吐くように口にした。
「相手が悪かったな! お前達はここで全滅。基地にいるネズミも既に死体になってるだろうよ」
「ッン!……」
幸助はチロウの台詞に大きく腹を立てたが、キロンの光線のせいで既に抵抗できない。
チロウは倒れて抵抗する力をなくしたルミに銃口を向ける。アキは側で見えるために分かりきっていても質問せずにはいられなかった。
「チロウ君! 何を!?」
「何をって、ルミを殺すんだよ。重傷負わせて大人しくしてくれるかと思ってたら、往生際が悪かったようだからな。これ以上俺達の邪魔をされないように始末しておかないとな」
発車寸前になる銃。チロウはついでとばかりにランや南のことも罵倒する。
「にしても、あの基地に来た白ローブに連れの女も、自分とは縁もゆかりもない奴を助けようとして死んじまうなんて、まさしくこれ以上ない間抜けな死に方だな!!」
チロウの虎の威をかるような威勢に呆れるキロンだが、彼等に降参させるためには何でも利用してやろうとトドメの言葉攻めに入った。
「降参しろ。貴方が投降してくれれば、最低でもあの男の命は保障しよう。向こうにいる二人については、奴の言うとおりもう死んでしまっているだろうがな」
キロンはこのとき、最後の一言に大きなミスをした事に気が付かなかった。
ユリの表情には怒りはなかった。一見全てを諦めたかに見えるほど、冷静なものだった。
「そうね。確かに二人ともお人好しだし、私は南ちゃんのことをよく知らないからそこは確証ないけど無いけど。一つだけ言えることがあるわ」
直後にユリは気持ちが張らして目付きを鋭くさせ、震えのない確信した声で一言ハッキリ言った。
「アンタ達……私の旦那を舐めすぎよ」
直後、ユリを踏みつけていたキロンの右脇腹に強烈な衝撃が加わり、彼の身体を大きく吹き飛ばせてると、ルミ以上の勢いで地面に激突させられた。
「ガハッ!?」
「キロン様!!」
キロンの危機にフォローに入ろうとするアントだったが、彼が走りかけたとき、正面の目線少し下に突然誰かが出現し、彼に向かって右足で蹴りを入れてきた。
ユリに破壊されたために片腕しかないながらも防御するアントだが、威力が抑えきれず反動に体を下がらされる。
「クッ!!……(今の蹴り、かなりの威力だ。素人のものじゃない。何者だ?)」
一歩のキロンは倒れた体を起き上がらせながら先に顔を上げ、何故自分に攻撃が向かってきたのかで頭を回す。
(何故私に攻撃が飛んでくる!? 侵略部隊の本軍が到着したんじゃないのか!!?)
キロンとアントがこの事態の結論を考え終わる前に、攻撃してきた当の本人達がキロンに軽口を叩いてきた。
「お前が用意していた兵士共なら来ないぞ」
「僕達が、全員倒してきたからね」
聞き覚えのある声にキロンは急いで立ち上がり、アントは腕を下げて相手が誰なのかを確認すると、現われたのは基地内で罠にはめて始末したはずのランと南だった。
「よう。脱出しててここま出来てやったぞ」
キロンとアントが不意に二人の攻撃を受けたことに、さっきまでの勝ち誇っていた様子が一転して焦って口角を下げながら頬に冷や汗を流す。
同時刻、チロウがルミに容赦無く銃口から攻撃が発射されようとしていた。
アキは意識も薄くなりながらも必死で叫び声を上げる。
「止めて!!」
「ダメだ。これも俺達の幸せのためなんだからな!!」
自分勝手な理由を付けて発砲しにかかったチロウ。抵抗できないアキは、周囲に轟くような叫びを上げた。
「止めてええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
アキの悲痛な願いもむなしくチロウがルミにトドメを刺そうとした直後、発射した銃弾が横から入り込んだ異物に相殺された。
「何だ!?」
チロウがすぐに異物が飛んできた方向に顔を向けると、目を大きく丸くなって湧き出てきた汗が引っ込み、息を唾と一緒に飲み込んで言葉が詰まるほどに衝撃を受けた。
「お、お前は……そんな、そんな馬鹿な! あり得ない!! なんでお前がここに!!?」
チロウが驚きに意識を逸らして腕の力が緩み、気を失いかけていたアキがぼんやりと目の前で何が起こっているのかを見る。
目視先の景色こそかすんだ彼女だったが、どういうわけか理屈は不明ながら、景色の中心にいる人物だけはハッキリのとシルエットが見えてきた。
「ッン!!」
シルエットは、アキが周辺の人達から何度も諦めるように諭されても生きていると信じていた人物。彼女がこの世界に逃げ延びてから再開できることを望んでいた婚約者だった。
「ヒデキ……君?……」
アキの轟く叫びを耳にして、『ヒデキ フジヤマ』が、彼女の元に帰ってきたのだ。
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