3-17 ビート エメラルルド
ランから突然の提案をされたフジヤマ。ランの言い分がもし思い通りに進めば、確かにフジヤマにとって一番の得策だ。しかし物事がそう都合良く動くとは彼には思えなかった。
思い悩むフジヤマは一旦置いておき、ランは一度手を引いて南との通信を続ける。
「分かった。じゃあお前はその部屋に向かってくれ。こっちは片付いたからすぐに合流する」
「ラン君、その事なんだけど……」
南はたった今、自身の後ろに近付く複数の足音が聞こえて来た。隠す気もないその威勢から、彼女は後ろ何があるのかをなんとなく察した。
「ごめん、しばらく救出には動けないっぽいかな。一旦通信を切るね」
南はランとの通信を切り、は自身の心臓部を両親指で押し込んで魔法少女に変身しながら後ろを振り返った。彼女の悪い予想通り、司令室の異変に気が付いた兵士達が集まってきていたのだ。
「脱獄者だ! 始末しろ!!」
一人の指示を合図に集団で襲いかかる兵士達に南は自身の武術の構えを取り、声を上げて自身に活を入れながら迎え撃った。この部屋にいるはずの人物が一人いない事に気付かずに。
「フゥ~……フワッ!!!」
通信を切られたランは南の状況を理解した。
「向こうに兵士が集まってきてるのか」
「待て……待て!」
ようやくフジヤマの声に意識が周り、ランは彼に警戒は緩めない表情の顔を向けた。
「さっきから何だ? 生憎こっちは時間がない」
「なんでお前がアキのことを気にするんだ? 結晶を捜していたんじゃないのか!?」
フジヤマからの不安定な情緒の問いかけにランは彼とは反対にハッキリとした態度で返事をする。
「もちろん結晶を手に入れるためだ。あの女、結晶の場所を知っているんだろ? 盗聴器から聞かせてもらったぞ」
ランは盗聴器から手に入れた情報でアキが結晶をどこかに隠していることを知っていた。そのために南に彼女を捜すように別行動を取らせていたのだ。しかしそのため南が合流するにはどうしても時間がかかる。
「南はしばらく向かえないと見た方がいいだろうな……とすると俺が向かうしかないか」
キロン考えている侵略計画の詳細から、おそらくある程度の結晶の場は検討がついている。はやいことアキを保護して聞き出さなければ手遅れになるかもしれないと算段した。
焦るほどではないが決断を急がせたいランに、フジヤマはふと聞いてきた。
「お前、何故アキのことまで……なんでそこまでする? そもそもこの侵略のこと自体、お前達には関係のない話だろ!?」
ランはこれに何処か思うところがあるように右手で自身の頭をかきながら返事をした。
「ああ、俺にしたら結晶さえ手に入れればそれでいい。だが、それだと納得しないお人好しが俺の周りには今たくさんいるんだよ。
自分には一切得がないってのに、それでも首を突っ込みたがる」
ランの頭の中にユリ、幸助、南の顔が順に浮かんできた。
「それに俺自身、こういう理不尽な暴力は心底嫌いだ。さあ、どうする?
このまま奴らに都合のいいように使われるか、俺達と組んで奴らに一泡吹かせる賭けに出るか!!」
ランはここから先の道が分かれる重要な選択をフジヤマに委ねた。
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一方の戦闘が続く都市内。先程何かの攻撃を受けたことを自覚したアントはむやみにユリを捕まえようとはせず、互いに距離を取って攻め方を伺っていた。
「どうしたの? 想定外の相手からの攻撃に驚いちゃった?」
煽り文句をこぼすユリにアントは冷たい声のまま冷静に返す。
「ええ、貴方が戦えるということは事前情報にはなかった。こうなればうかつに攻めることは出来ない」
「そうね。何ならもう降参してくれた方がいいんじゃないかしら?」
余裕を醸し出して降参を促すユリだが、アントはただ捕まえるのが出来ないのなら出来ないなりのやりようがあった。
そこでアントはユリに向かってさっきまでと同じく掌を広げて前に出した。ユリはまた自分を捕獲するための糸が飛んでくることを警戒したが、次の瞬間には自身の腹に何かが激突したショックに襲われた。
「グフッ!?……」
腰が曲がるのに連れられて目線が下に向くと原因が分かった。アントは一瞬にして捕縛用に使っていた糸を石ほどの大きさに固め、銃弾のように発射してきたのだ。大きさと形の乱雑さ故に貫通はとても出来ないが、勢い良くぶつかるそれにはかなりの打撃力があった。
油断したユリは腹を痛めるもその場に耐え忍ぶ。これを見たアントは効果があることを確認して敢えて説明した。
「驚いたのはそちらも同じでしたね。私の糸はただ伸ばすだけじゃない。このように一塊にして発射することも出来るのです。本物の銃弾のように真っ直ぐ軌道を飛ぶ事は出来ませんが、銃と違って連射に手順は必要ない」
アントはユリの隙を突いて同じ技をまた発射し始め、出血をあまりさせないように彼女を攻撃した。
「そのまま捕まえればさっきのように抵抗の恐れがある。ならば気絶させてから持ち替えればいいだけのこと。的確にみぞおちを突けないのが難点ですが、何発か当たれば耐えられなくなるでしょう」
アントはユリのあの技を、彼女の体から何かしらのエネルギーを相手に流し込むものと仮説付けていた。
それならば直接捕まえさえしなければ技の発動は出来ず、このまま飛び道具で攻めれば労せず勝つことが出来ると踏んでいた。
事実追い詰められたユリは大した防御態勢も取れずに膝を崩し、アントがみぞおちを狙っていると言ったのを聞いて右手を地面に突けて狙いにくくした。
「言われてみぞおちを隠しますか。そんなことをしたところで頭に何度かショックを与えれば、人間なんてすぐに気絶するものなんですがね」
アントはユリを手早く気絶させようと数発の糸玉をほぼ同時に発射した。対してユリは諦めたかのように頭を下げた。
「諦めましたか。まあ貴方は戦士ではない。戦闘となれば降参するのも仕方ないでしょう」
アントが勝手に理由を付けて納得しようとしたとき、ユリは顔を上げた。その表情は、決して諦めているものではなく、まだまだ闘志が残っている目をしている。
「勝手に終わりにしないでもらえるかしら」
するとユリは地面から拾った砂利を空中に放り投げた。
「それで糸玉を防ぐつもりですか? 残念ながらその程度で勢いは止まりません。むしろ軽く弾いて貴方が怪我をするだけだ」
しかしここで慢心していたアントに完全に予想外の出来事が起こった。砂利が糸玉に触れると、その途端に突然爆発を起こし、糸を諸共燃やして消滅させたのだ。
「爆発だと!? そんなものどこから!?」
砂利と糸だけでは同化学反応を付けても爆発なんてするわけがない。驚きに生じた隙をユリは見逃さず、しゃがんだ状態をクラウチングスタートのように利用して走り出し、いっきに距離を詰めた。
そしてアントの左腕を右手で掴んだユリだったが、アントも間抜けではない。腕を掴まれた途端にガラ空きの彼女の体に左足で蹴りを入れて手を放させた。
「ガッ!!……」
再び距離を取ったアントは焦ったことを誤魔化すように息を整える。
「ハァ……驚いた。どういう手品かは知らないがここまでやられるとは。しかし距離は取った! 隙もある。ここでこそトドメを!!」
ここで両腕を前に出して構えるアント。そこで彼は自身の左腕にいつの間にか巻き付けられている布に気が付いた。
「ん? 何だこれは?」
よく見るとその布はユリが吐いているスカートと同じ色。つまりさっきまで彼女が腕に巻いていたはずの千切ったスカートの一部だった。さらに驚くことにユリの右手には巻き付いた布地の端が握り絞められている。
「こ、これは!! (腕を掴んできたのはさっきの攻撃を喰らわせるためではなく、これを結びつけるのが目的だったのか!!)」
手を振り払うよりも結ばれた布地をほどくのには時間がかかる。ユリはそこをつき、さっきの攻撃時と同じように体をエメラルドグリーンに輝かせ、大声で叫んだ。
「<ビート エメラルルド>!!」
次の瞬間、ユリの体から出て来た光がスカートの布地を使ってアントの左腕に流れ込み、彼に先程以上の激痛を与えた。
「ガアアアアァァァァ!!!!! こっ! これはああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
アントは前回と違ってより感じるその痛みの詳細を文字通り体で理解した。
(この感覚はぁ! 体が! 体が内側から破裂しそうな痛みだぁ!! まるでパンパンに水が詰まったゴム風船の中に、更に無理矢理大量の水を注入させられているような感覚だぁ!!)
以前から何度かやっているとおり、ユリの種族には相手を回復させる力がある。しかし毒と薬は量によってときに姿を変えるもの。ユリは回復に使うエネルギーを相手に過剰に流すことで、相手の体を内側から崩壊させる事が出来るのだ。
「ウガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
凄まじい苦しみの叫びと共に、アントの左腕が付け根から破裂するように破壊された。
「ガッ!……ガァ……」
布地を巻き付けたのが前腕部だったために全身を破壊するまでには至らなかったが、激痛と出血量からアントはかなりのダメージを受けていた。
幸助もユリに近付けないながらも彼女の嫌がおうにも目立つ光る攻撃に目が向き、ふと感心してしまった。
「凄い、ユリちゃんが完全に押してる」
当然兵器獣は幸助の隙を見逃さずにまた攻撃を仕掛けたが、彼はすかさず先程と同じ風弾を発動し、カウンターをかけて兵器獣の顔を兵器獣自身の酸で溶かした。
顔が溶けたことで視界が歪んだ兵器獣は、幸助に正確な標準を合わせることが出来ない。優位に立った幸助ははやく倒してユリの手助けに入る為、七光衝波を発射する構えに入った。
「トドメだ。喰らえ七光……」
剣が輝き始め、もうすぐ技が放たれるかと思われたそのときだった。兵器獣に意識を向けていたために意識外だった後ろから突然背中を銃で撃たれた感覚に襲われてしまう。痛みから構えが崩れ、七光衝波は未然に阻止されてしまった。
普通の人間よりも体が頑丈な幸助がハッキリ痛みを感じたことに驚きながら後ろを振り返ると、そこには基地内の部屋にいるはずのチロウが左腕でアキを首を絞めかかりながら幸助に銃口を向けている様子があった。
「チロウさん!?……」
同時刻のユリ。片腕を破壊したことで大きく動揺をしているアントにたたみ掛けようとする彼女だったが、走り出してすぐ、ユリから見て右方向から素早い光線のようなものが飛んできた。
「ナッ!……」
気付くのが遅れたユリはその光線を受けてしまい、体が石のように固まってしまった。
(何これ!? 動けない!?)
動きが固まる直前に首を向けて見た先には、彼女が見たことのない赤服の男がいた。それは、いつの間にか侵略拠点から姿を消していたキロンその人だった。
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