3-14 侵略開始
一度に複数体の兵器獣が現れた状況に、何も知らないこの世界の民衆は慌てふためくことしか出来なかった。その上そこに幸助とユリが現れたがために、彼等が元々思っていた誤解がより一層酷くなってしまう。
「まただ! また怪魚の近くに肌が違う奴らがいるぞ!!」
「やっぱり! アイツら化け物のせいで俺達の世界が……」
この事態には幸助もユリも一瞬呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り戻して彼は剣を鞘から抜き、持ち手を両手で握って構え、目付きを鋭くさせて気合いの入った声を出す。
「ユリちゃん下がって! アイツらは俺が!!」
幸助がユリに警戒を促しながら自身に檄を入れ、兵器獣に注目した時だ。目線を上げていた彼に見えていなかった下の方の死角から糸が飛び出し、幸助の右脇下をすり抜けて後ろにいるユリの右腕にひっついた。
「しまった!!……」
「この糸は!!」
見覚えのある攻撃を受けた彼女が動揺を見せた一瞬をつき、相手はユリの体を引っ張った。幸助はワンテンポ遅れて動いてしまい、剣で糸を切るより前に彼女が引っ張られてしまった。
「ユリちゃん!!」
すぐにユリを助け出そうと彼女を追いかけようとする幸助。しかし走り出そうとした彼に向かって戦闘の兵器獣が口を大きく開き、酸の煙を吐き妨害してきた。
「酸の煙! なら!!」
幸助は剣を右手だけに持ち直して空いた左手を煙が向かう方に向ける。
「<風弾>」
幸助が広げた左掌から渦潮の反対向きに突風が吹き荒れ、酸の煙を上空に弾き飛ばした。一難去って今度こそユリを助けに行こうとする幸助だが、そんな彼の前に残りの二体の兵器獣の立ちはだかる。
ユリを助けに行くにはこれを全員倒すしかない。幸助は焦りの為に額に汗を流した。
対して引っ張られたユリ。ようやく引っ張るのが収まってきたときには、目の前にアントの姿があった。
「どうも、先程ぶりですね」
「アンタ! アキさんを攫った!!」
「アント。まあ名前を覚えてもらわなくてもいいですが」
アントはすかさず近付けたユリの首を絞めて気絶させるために糸を引いた右手で彼女を掴み上げる。
「アッ! ガァ!!……」
「気絶してもらいます。貴方は生け捕りにしろと指示されているので」
アントは涼しい顔をしたままで首を絞める力を強める。ユリはこれに息が苦しくなって体を震わせる。
そしてこの全体の状況を送り込んだ兵器獣達の目から転送された映像で基地から眺めているキロン。
「まずは数体の兵器獣をアントの指揮下で牽制し、この世界の結晶付近にいる民衆を片付ける。ついでに指示した結晶の女の回収はすぐに完了する。スタートダッシュはかなり好調といった所だろう」
キロンの斜め後ろには、この作戦に加担していることに苛立ちを覚えていながらも、それを必死にこらえているフジヤマが立っている。キロンはそんな彼の内心を全て見透かしながらも何も言わなかった。
しかしキロンがフジヤマに意識を向けたその隙に、モニターに映っていた映像が二つ消えていた。
「今の一瞬の間にモニターが消えた? これは一体!?」
表情が変わらないながらも困惑するキロンにアントからの連絡が入ってきた。即席のものだからなのか映像はなく、音声だけのものだ。
「キロン様」
「映像が切れたことか? 何が起こった」
「どうにもここで兵器獣と戦っている男、思っていたより戦闘力があったようでして……」
アントが目の前で見ていたのは、ラン達にも差し向けていた量産型の兵器獣が二体も幸助の前に大きな音を立てて倒れて行く様子だった。揃って既に討伐されたのだ。
(よし、二体は倒した。あといるのは前に出てきた兵器獣とアキさんを捕らえた男だけ。この調子ならいける!!)
幸助は次に、この場からいつ逃げられるか分からないアントの方を先に解決しようと息をつく時間もつかずに走り出してアントの元に向かうが、そうはさせまいと兵器獣は尻尾を振って彼の行く手を防ぐ。
幸助は剣でこれを受け止めるも尾は固く、剣が砕けることもないが切り裂くことも出来なかった。
「クソッ!」
幸助が攻めあぐねている打ちに撤退をするべきだと判断したアントは技と開いたままにしておいた空間の割れ目の中にユリを引き連れて入ろうとする。
「また彼に邪魔をされる前に一度退散しておくとしますか」
しかしアントの考えは甘かった。捕まって気絶しかけて言うユリが何の抵抗もしないはずがなかったのだ。彼女は首を絞められたままの状態で途切れ途切れの声を出し、威勢良く振る舞った。
「舐めるんじゃ……ないわ……よ……」
「ん?」
これが小さくて内容が聞こえていなかったアントがユリの顔の方を見ると、次の瞬間、ユリの首を掴んでいた腕の周りに彼女の髪と同じ色のエメラルドグリーンの光が稲妻のように右腕に走り、直後に同じ位置が猛烈な痛みに襲われ、咄嗟にユリを手から放してしまった。
「しまった!」
ユリは息切れをしながらも着地した途端に後ろに下がってアントから距離を取り、切らした息を整えて
アントは自分の右腕にまだ残っている痺れに目が行き、何が起こったのかが気になる。
(今のは一体? あの女が取り込んだ結晶の力なのか?)
少ししてアントは腕の痺れが収まっていき、腕の自由を取り戻したが、さっきまでと違って糸を吐いてユリを捕らえようとはしない。彼等はユリが今したことの詳細が分からないために、返り討ちに遭うのを警戒して下手に近付けなくなっていたのだ。
アントとは逆にユリは隠していた引き出しの中身を少し出した事で優位に立ち、軽口で挑発をかけてくる。
「どうしたの? さっきまであんなに私を攫おうとしていたのに、妙に汗をかいているじゃない。まさか私が守られているだけの女とでも思っていたの?」
ユリは自信が動きやすいようにするためにロングスカートの布地の一部を引き裂いて左腕に巻き付け、布地の端を歯で咥え、もう片方の布地の端を右手で掴んで結びつける。
そうして再びアントに向けたユリの目付きがどこか変わっていた。その目付きは、ランが戦闘時に見せるのとよく似た鋭いものになる。
「確かに私は普段、アイツに守られる立場だわ。でもだからって、こんな何処で何が起こるのか予想の付かない異世界を渡る旅をするのに、何も出来ないじゃ済まされないわ」
そこからユリは顎と両腕の脇を引き、肘を曲げて拳を握る、まるで試合直前に相手の前に構えるボクサーのようなポーズをとった。
「かかってきなさい。取ってもレアな私の戦い方、見せてあげる」
泡の中の都市の各地で緊迫した状態が連なった。この一部始終も全て兵器獣の目を通してみていたキロンは、少々予定通りにならなくなってきた戦況に組んでいた腕の右手の指を上下に動かして少々の苛立ちを見せる。
「う~む……白ローブの男がいないから油断してしまったな。あそこにいる二人の戦闘力を見誤っていたか。負けることはないと思うが念には念を押しておいたほうが良さそうだな」
キロンはこういうときの為に用意していた保健を今こそ使うべきと判断し、首を回して後ろにいたフジヤマに目線を向ける。
「出番だぞ。向こうにいるアント達に加勢してあの二人を対処しろ。男の方は殺して構わん」
フジヤマはこれ以上計画に加担する気は毛頭ないとでも言わんばかりに敵意のこもった顔をするが、キロンはそんなことを気にもせず、目を技と大きく開き、血走らせて暗に脅しをかけた。
「はやくしろ」
フジヤマは顎を引いて視線を下げることでどうにか小さいながらも頷くと、そのまま後ろを向いて部屋から出て行った。キロンも目付きを細めて一度軽く顎を上げて反応してから視線をモニターに戻した。
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基地内の通路を重い足取りで進み、転送用のゲートに向かうフジヤマ。内心では自分が今やろうとしていることが、あれほど自分が忌み嫌い、故郷の国を裏切って逃げようとしてまで止めようとしていた行為を手伝おうとしている。
彼はキロンに首を縦に振らざるおえないような脅しをかけられたとはいえ、これを断ることが出来なかった自分自身に無性に腹が立っていた。
(ごめん……みんな……俺は……)
何人かの兵士の隣を通り過ぎ、もう少し進めば転送ゲートが設置された場所に到着する。フジヤマはここで足を止めてしまえばどうにか誤魔化せないものだろうかと考えがよぎった。
だが以前に自身の企みを見抜いたキロンが司令室にいるため、下手に都市の中にいなければ兵器獣の目によるカメラですぐにバレてしまう。
足取りがより重くなっていったためか、フジヤマはこの先のほんの短い道筋が先の見えない無限の道のように見えた。しかし実際にはあまり距離などない短い通路。あと三十秒もあれば移動ゲートに辿り着こうとしていた。
しかしその少し手前で、フジヤマの前に反対方向に向かおうとしているらしき兵士の一人が反対方向から同じ道を歩いてきた。
気が付いたフジヤマが右に動いて避けようとするも、相手も同じ所に動いてまた詰まってしまった。ならばと反対方向に動くと、向こうも同じく動いて再び進みが止まってしまう。
「失礼」
今度はフジヤマが一言告げてから動こうとしたが、相手はフジヤマが動いた方向に横に歩いて体を進め、左手を広げて確実に行く手を遮ってきた。
「何をする!?」
流石にこうも分かりやすい行動をした相手にフジヤマも警戒心が表れ、少し後ろに下がって不安から崩れていた表情を固いものに戻した。
「お前! ここの兵士じゃないな? 何者だ!?」
睨まれる相手は上げた手を下げると、次に右手で深く被っていた帽子のつばを指でつまんだ。
「ほお、追い詰められていても意外と冷静に立ち回れるのか? いや、俺の行動が分かりやす過ぎただけか」
フジヤマは聞き覚えのある声に声は出さないが驚きが顔に出てしまった。声から予想が付いた人物が、ここにいることがあり得ないと思っていたからだ。
「お前、どうしてここにいる!?」
帽子を取り払い、被っていたことで少々乱れた髪を左手で整える人物は、間違いなく現在牢屋の中に捕まっているはずのランの姿だった。
「よ、脱獄してやって来たぞ」
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