3-13 チロウ クウリ
アキには何故自分が捕らわれているこの場所にチロウがいるのかが分からなかった。その理由を予想して真っ先に浮かんだ予想をアキは自分自身で否定し、一度視線を下げて目の前にいる人物を見間違えたのだろうと自分を納得させようとした。
しかし再び顔を上げても、目の前にいるのは自分達の仲間であり、共に逃げ出した『チロウ クウリ』その人だった。
こうなっては認めてしまうしかないと思ったアキは、次に当然に浮かぶ疑問をチロウ本人に質問する。
「これはどういうこと? クウリ君、何故貴方が、この場所にいるの!?」
完全な想定外な状況に体を震わせ、汗が湧き出るアキ。チロウはそんな彼女に衝撃の真実を口から伝える。
「俺は、始めから帝国のために働いていた。そういうことだ」
アキのこれまでの知った事柄の中で、一番恐ろしい事実。チロウはフジヤマ達とは違い、帝国を裏切ってなどいなかった。
「俺は定期的にお前達の情報を国に報告していたのさ。まさか、本気で帝国から逃げ切れていたとでも思っていたのか?」
アキは絶句する。命懸けの逃走劇。大切な人物の代えがたい犠牲。その全てが、全くの無駄だったことを突き付けられたからだ。チロウは大きく混乱するアキに近付き、少し息を荒くする。
「でも、怖がらなくていいんだアキ。だがそんな君も、可愛らしくて素敵だ」
近くで声をかけられた事でどうにか思考を戻したアキが口を開いて話したのは、そのときの行動で一番被害に遭った人物のことだ。
「じゃあ、ヒデキ君は!?」
チロウはフジヤマの名前が出た事にチロウは眉をピクリと動かした。彼は一度アキから目を離し、彼女が所持していたものを取り上げて近くの机の上に置いてあったメガレイダーを彼女とは別の理由で震えている自身の右手で掴み上げた。
「ヒデキ……フジヤマ……アイツは……アイツさえいなければ!!」
チロウはこれまでの大人しかった態度を一変させ、心の奥で煮詰まっていた黒いものを一気に噴き出させたように荒れ狂いながらアキのメガレイダーを床に叩きつけて破壊し、それでも収まらない怒りを乗せて機器の残骸を何度も何度も踏みつけにした。
「フジヤマめ!! あんな奴が!! 元々根暗だった奴が!! 俺達の間にしゃしゃり出てさえ来なければな!!!」
「な、何を言ってるの?」
震えながらも質問したアキを声を聞いたチロウは、そこまでの怒りが突然収まり、狂ったような笑顔になってアキの顎を右手に持って突き上げ、自身の顔に至近距離にまで近付ける。
「好きだったんだ。ずうっと俺はお前のことが好きだった!!」
「貴方が、私を!? こんなときに何の冗談を」
突然の告白に返事をするどころか反応に困るアキ。冗談だと捉えられたように感じたチロウは目を見開いて白目を血走らせながら拘束された彼女の体を無理矢理動かす。
「おいおい、これは冗談なんかじゃないんだよ!! 俺はずっと! ずっとずっとずっとずっと!! 君の事を狙っていたんだ!!! だっていうのに、君は俺という相手がいながら! あんな男と恋仲になるなんて!!!」
チロウは怒鳴りながらアキを掴んだ手を放し、抵抗の出来ない彼女を床に叩きつける。彼が怒りに満ちた原因。それは、アキとフジヤマが恋仲にあったことからだった。
「酷い話だよな~……散々君のためにと、君が俺の意思に気が付いてくれるかと思って手伝ってあげたというのになぁ!!」
仲間であるはずのフジヤマの罵倒を叫び続けながら同じ動作を続けるチロウ。彼の暴論は止まることを知らず、ついにはあの実験についても語り出した。
「だから俺が上に提言したんだ!! 裏切り者のフジヤマを、調度見つけていた古代魚の兵器獣にするプランをな!!」
「ッン!!」
そこからチロウが口にしたのは、フジヤマが帝国を裏切ったそもそもの発端であるラメールシステムの悪用についての経緯だった。この話は、混乱しているアキにとってトドメになりかねないないようだった。
「そもそも、あのシステムを兵器利用に促したのも俺の意見がきっかけだ」
もはや声も出ないアキに、チロウはまたしても自分の意見を一方的に言い続けた。
「フジヤマは医療方面とかに利用しようとしていたが、そんなことではもったいないだろう。このシステムは、もっと有意義に使われるべきだ!! そうだろ!!」
気を荒くして叫び続けるチロウに、後ろにいたアントが彼の肩に手を置いて止めさせた。
「もういいでしょう。これ以上叫んでいても時間の無駄です。その怒りについても作戦に向けてください」
アキはフジヤマを罵倒するチロウに恐怖するも、どうにか作戦という単語を見逃さなかず、引っ込んでしまっていた声が喉の奥のつまりが取れて飛び出るように話し出した。
「貴方たち……一体何をするつもりなの!?」
眼球を震わせながらも今度は目をそらすことなく見上げてくるアキの視線を受けたチロウは、彼女の顔を楽しそうに見下しながら誤魔化すこともせずに口を開いた。
「なあに、これから行なわれる魚人の世界への武力侵攻についての話だよ」
アキは驚きで恐怖が吹っ飛んだ。聞こえはよくしているが、要するに彼等はこれからあの泡の都市を侵略しようとしているのだ。それもチロウにとっては散々魚人に世話になったあの場所をだ。
「そんな!! クウリ君! 貴方だってあの人達にお世話になっていたじゃない。そんな人達を攻撃するつもりなの!!?」
「別に世話をするように頼んだ憶えは無いだろ? それに帝国の領土にしてやれば、この世界の秘話は約束されるんだ。むしろ親切な話だろう?」
屁理屈を並べて自分を正当化しようとするチロウに、アキはこれまでの彼を含めた仲間達との交流が全て幻だったかのように思えてきた。
「そんなこと! まさか、その計画にまた……」
「ああ、俺達の開発で誕生した兵器獣達も、この作戦に大量に投入する。既に準備は完了済み。後は起動するだけでいい。兵器獣が町を破壊し、残りを兵士達が刈り尽くす」
「そして結晶の場所は、貴方から聞き出して取りに行けばいい」
アントが付け加えた補足にアキは開いていた口を閉ざして目を丸くする。しかしアントはもう確信があった。
「せっかく一度潜入した工作員が手に入れたものを、フジヤマに盗まれていましたが、まさか貴方の手に渡っているとは… あの崖の下、泡の限界点直前の位置でしょう。
おおよその場所さえ分かれば、後は探知できます。その事に関しても、案内ご苦労様でした」
気が動転してあの崖に向かったことで、完全に追い込まれてしまったアキ。アントの言うとおり、あの崖の隠していたのは世界の結晶、それもここ魚人の世界の結晶だったのだ。
フジヤマが以前暴走した折、僅かに残った理性で奪い取った二つの結晶。その内一つを、アキの腹に攻撃するとみせかけて渡していたのだ。
拘束した今彼女は放っておいても大丈夫だと判断したアントは作戦決行のためにチロウにこの場から移動する指示を出すが、彼はこれに反対した。
「そろそろ行きましょう。作戦に遅れてしまいます」
「俺はここにいる。これまで散々我慢してきたんだ。少しは発散しないと気合いが入らないだろう」
「そんなことは作戦の終了後にいくらでも出来る。今は国のために動きなさい。国があっての今の貴方なのですから」
チロウはアントの言い分に、自分の言うとおりにしなければすぐに始末するという裏の意味を読み取り、これ以上の駄々は自分の身の危険が大きくなるだけと。しかし今の彼にはそれでもこの部屋から動き気はなかった。
「分かっているだろ。俺がここから出る意味はない? むしろここにいた方がやりやすいだろう」
チロウは少しアントに向けた視線を前に戻し、好きな人というより好きな物を見るような目付きでアキを見ながら彼女により近付く。
「そういうことだ。指示には従うが俺はここにいる」
アキの方は震えを抑える体でそっぽを向き、チロウはその反応に瞼を少し震わせて怒りをにじませたが、後ろからアントが彼を睨んだことで矛を収める。アントの彼の言い分に納得する部分があったため、許可することにした。
部屋を出て行ったアントは共に内心では相手のことへの文句が浮かびながらキロンのいる場所にへと向かっていった。
(全く、命令とはいえあのような奴を取らねばならないとは… 正直気分が悪いものだな)
アントは泡の中の都市への侵略を始めるためにキロンのもとへ合流すると、隊員が再び集結した場所にキロンが全員に注目されながら指示を出した。
「さあ、始めようか!!」
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一方の幸助とユリ。家屋にいた三人の怪我の応急処置を終え、意識が戻ったルミから聞いたことと合わせてお互いの持っている情報を整理していた。
「チロウさんが裏切り者!?」
「これもあの人がやったのか!?」
「ええ… でもまさか、そんな時にアキが攫われるなんて」
落ち込むルミを励まそうとかける声に悩む幸助。対してユリはアントやチロウの動きの重なりが偶然とは思えなかった。
「何かを起こす準備が整って、動き出したって事かしら」
「エッ?」
ユリの仮説に二人が反応した次の瞬間、またしても家屋の外から騒ぎの音が聞こえてきた。
「この騒ぎの音、もしかして!!」
怪我が治ってばかりの三人はここに置いて幸助とユリが外に出ると、外で見たのは再び大きくヒビが入った空間を見つけた民衆が危機を察して逃げ出しているところだった。
「空にヒビが入ってる!! また兵器獣が飛び出してくるのか!?」
腰に携えた剣の持ち手に手をかけて構える幸助に、ユリはふとヒビを見て気になったことを告げた。
「ねえ、何か変じゃない?」
「変って?」
「前見たときより、少し大きいような…」
「大きい?」
ユリが気付いたのは、空間に出来たヒビが前回兵器獣が出現した時のものから大きなものになっていたのだ。そしてこの違和感は、彼女達にとってかなり悪い方向に向いた。
「もしかして! マズいかも!!」
ヒビが割れ、姿を現したのは、前回現れた個体と、その後ろに更に数体の兵器獣が連なっていた様子だった。
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