3-10 国外逃亡
意識を失い抵抗もしない。完全に力を失って倒れているフジヤマの姿に見ていた誰もが彼の死を決定づけ、暴れていたアキも抵抗する力を失って崩れ落ち、ルミとチロウは声が欠片も出なくなるほど体が固まった。
「あ、ああ……」
三人に反して主任の男は舌打ちこそしていないが軽く冷たい視線をフジヤマに見せて目をそらした。
「失敗か。最近行った異世界で調達した古代魚の生き残りの一体を使ったが、同性が強すぎたのか? まあいい。台に乗った死体を片付けろ。次を使え。」
フジヤマが死んだことに目もくれずに別の誰かを実験台の上に拘束しようとしている。どうやら主任の男はフジヤマ達四人全員をこの装置の実験体にするつもりのようだ。続いて彼等はルミを使おうとそれを知って嫌がる彼女を無理矢理引き連れる。
「いや! いやよ!! 止めて!!!」
しかしそこでアキの視線に一つの違和感が入った。たった今目の前で死亡したはずのフジヤマの右手の指がピクリと痙攣する瞬間だった。
今さっき一瞬見えたことに確認しようと目を凝らすアキ。他は誰も気付いていないようだったが、すぐに誰の目にも彼が生きていることが分かる事態が起こった。台の上に横になって固まっていたフジヤマが再び腕を痙攣させると、今度は大きく震えた右手から水球弾を放って来たのだ。
狙いがぶれた水球弾は彼等の近くの壁に激突して爆ぜ、ウエハースを噛み砕くようにいとも簡単に壁の装甲を破壊した。
「ッン!? 壁をいとも簡単に!!?」
「主任! 実験体が!!」
起こった事態に騒然とするその場の全員を更に焦らせるがごとく、フジヤマは頭を上から糸で引っ張られるかのように上半身を起き上がらせ、彼等に顔を見せた。
その顔は人間の部分を半分までしか残さず、青い色の魚のような鱗が頭の右半分を包み込んで眼球の瞳が見えていない白目を向いた状態のまま男を睨み付けた。
「この反応。そうか、成功したか!!」
この異常事態に主任の男は冷や汗を流しながらも焦るどころか口角を上げてにやついたが、そんな彼を実験台に脚を踏ん張り、台を陥没させて飛び出したフジヤマが獣のような雄叫びを上げながら襲いかかった。
「ガアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!」
「明確に私に敵意を示している。混乱しているが、まず半分ほど意識は残っているな!!」
男は単調な攻撃を軽く避けたが、フジヤマはしゃがみながら体を反転させて再び飛び上がり、顔のものと同じ鱗に覆われた右腕で再び彼を襲い、あまりの煩瑣神経に対応しきれなかった彼は右腕を肘の部分から引き千切られてしまった。
「ウグアァ!!」
一瞬恐怖で顔が引きつった彼だったが、このラボの主任ということもあってかすぐに頭を冷静にさせ、ポケットに入れていた白いハンカチを片手と歯を使って器用に傷口を塞いで止血させた。
「チッ、暴走して力の制御が追い付いていないのか。貴重な結果が見られそうだが、ここに長居は危険だな」
予想以上のフジヤマの凶暴性と攻撃の威力に警戒してこの場から一目散に離れていく主任の男。フジヤマは彼に見向きもせずそのまま放っておき、アキを拘束していた機動隊員の一人にも主任の男と同様に片腕を引き千切ってみせた。
「アアアアアァァァァァァァ!!!!」
普通の人ならばやってしまった事に我に返った途端に錯乱し、吐き気を及ぼす程の行為なのだが、今の正気からはほど遠い彼の精神には、そんなことは理解できておらず、掴んだ人の腕も軽く放り捨てしまう。
彼とは逆に腕を取られた隊員が激痛にもだえ、アキを拘束していたもう一方の隊員は人体を瞬時に引き千切った事に恐怖を抱いて咄嗟に彼女から手を放してしまう。
フジヤマは続いてルミやチロウを拘束していた機動隊員をもそれぞれ一撃で殺して解放させた。三人は獰猛に暴れ回るフジヤマの姿に生きていたうれしさを上回った恐怖に体がすくんでしまう。
敵も味方も区別が付いていなかった彼は仲間であるはずのアキですら腹に掌底打ちを受けて壁際まで飛ばされ、この衝撃にルミとチロウも混乱で緩んだ拘束を振り切って彼女の所まで走った。
「アキ!!」
「大丈夫か?」
アキは一瞬呆然と自分の握った左手を見ていたが、二人に話しかけられて我に返り、拳を握ったまま左手を降ろした。
「ごめん、頭がぼおっとして……」
「いいから! 今のうちに逃げるぞ!!」
チロウが口にした台詞に二人、特にアキは驚愕した。
「何を言ってるの!? ヒデキ君を置いていけない!!」
「アイツはもう改造されたんだ!! 自分の意思も残っていない!!」
「そんなことはない!! 彼だってまだ!!」
二人の口論が続くかに思われたが、直後にフジヤマはまた水球弾を撃ち出し、丁度アキ達が部屋を出た出入り口付近の天井を破壊して瓦礫が落ち、二つの空間を閉ざそうとしていた。
「待って! ヒデキ君!!」
アキが穴が塞がる前にフジヤマも元に戻ろうとするが、ルミとチロウが必死に押さえ込んだ。
「止めろ! 危険だ!!」
「もう間に合わないわ!!」
二人の見立て通り、丁度フジヤマが彼等に顔を向けた直後に振り落ちた瓦礫は出入り口を完全に塞ぎいでしまい、これが彼を最後に見た瞬間になってしまった。
「イヤアァァ!!」
「急ぐぞ! フジヤマの暴走でラボ内全体が混乱して、警備が緩くなっているはずだ!! 今なら元々の計画通りゲートから逃げられる!!」
「でも! でもっ!!」
反論の言葉を組み立てているアキ。しかし彼女が文章を組み立て終わる前にルミがその考え事に水を差すように現状を見た上での意見を突き付ける。
「分かってる! 貴方が言いたいことも。でも私達が奴らに捕まれば、あの技術を悪用してより多くの被害者が出てきてしまうわ!! 彼なら、フジヤマ君なら置いて逃げるはずよ」
もちろんこれはルミの勝手な予想でしかない。だがフジヤマのためを思ってこの場所に残ろうとするアキを説得するには、これが一番いいと判断した。
アキは突き詰められた言葉にまた位置から反論の言葉を組み立てようとするが、ルミはその前にハッキリ彼女の頭の中に響くように目を見ながら声をかけた。
「そ、そんなの!!」
「分かって! 貴方が死んだら、それこそフジヤマ君にとって辛いわ!!」
納得出来ないアキだが、ルミの言い分に自身の矛を引っ込めて二人の力を借りながらその場に立ち上がり、彼女達を追いかける形で逃げ出した。
フジヤマが未だに暴走しているためか、ラボの中に次々地響きが響き、建物が壊れ始めている。急がなければ脱出する前に巻き込まれてしまう。脚を急がせてラボから脱出することに間に合った。
岩肌や砂をそのまま残した荒い地面を息を上げながら必死な思いで走っている三人だったが、アキは変わらずフジヤマも一緒に連れて行こうと抵抗していた。
「ガァ! ハァ……」
「頑張れ! もう少しだ!!」
チロウが励ましをかけた次の瞬間、彼等の後方から突然大きな爆発が起こり、辺りが一気に明るくなった。暴走したフジヤマが完全にラボを破壊したのだろう。
アキは彼をこのまま置いて死なせたくはない気持ちが再び込み上げ、悲痛な表情で突然身体を後ろに向けて来た道を逆走しようとした。しかし他の仲間がそんな彼女を羽交い締めにして行かせまいと止めた。
「離して!!」
「ダメだ!! 戻ったら今度こそ殺される!!」
「イヤ! イヤアァ!!!!」
アキは無理矢理拘束を引き剥がそうとするも押さえ込まれ、そのまま爆発箇所から離される。彼女の叫びが響くと、それを上塗りするかのように更に大きな爆発が起こり、叫び声を爆音がかき消した。ラボは元の影も形もなくなってしまい、アキは悲しみよりとても大きなショックで涙の一粒すら流せなかった。
「ヒデキ……君……」
倒れる力すら無くなるとはまさにこの事で、今のアキには何をする気力も起きなくなってしまった。彼女の近くにいるルミとチロウも、こうなってしまってはもうフジヤマは助からないと判断し、必死で思いを押さえ込んでいるアキに厳しくも声をかける。
「アキ!! 今はこらえて!!」
「逃げるぞ! この先すぐに緊急脱出用のゲートがある。細工をすれば異世界まで逃げられるはずだ!!」
「……ウン!!」
アキは一度目を閉じ、込み上がるものを拳を握り歯を食いしばってどうにか押さえつけながら二人と共に再び拾うも痛みも後においてとにかくこのときこの場から逃げるために走り出し、からくも異世界転移用のゲートポートに到着した。
当然ゲートポート付近に警備はいたが、フジヤマの混乱で慌てている。二人ほどしかいなかったこともありすぐに隙を突いてルミが気絶させた。
「よし! クウリ君! 後は頼んだわ!!」
「任せろ。脱出のためのプログラムの変更方法については事前に勉強済みだ!!」
チロウは警備員近くの機器の前に立ち、ゲートポートに彼等が事前に用意していたプログラムを近くにある危機で打ち込む。
「よし! 登録は完了した。開くぞ!!」
チロウが二人に告げた次の瞬間、機器の斜め前にある空間がガラスが砕け散るように割れ、赤い背景の空間が先に見える。奥は見えないため何処に繋がっているのかは分からないが、いつ追っ手が自分達に追い付いてくるかも分からないために、すぐに穴の中に入らなければならなかった。
「今だ! 飛び込め!!」
チロウの叫びを合図に穴の前にいたルミがアキの左隣に立ち、後ろから彼女の両肩を掴んで一緒に別空間に入り、チロウもすぐに二人の後を追ってそこに飛び込み、同時に手に持った銃を撃って操作機器を破壊し、帝国の刺客が後を追えないようにした。
次の瞬間、大きく開いていた裂け目は周囲に飛んだ細かい破片がパズルのピースが揃っていくように一つ残らず元の位置にへと戻っていき、先の景色がハッキリ見える空間に戻った。
こうして、アキ達による星間帝国からの命懸けの脱出は成功に終わった。しかしこの行為で彼女達はフジヤマという、一人の大切な仲間を犠牲にし、その事を今でも心の中に重く受け止めて生きていたのだった。
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