3-6 魚人から見た人間
水の壁を消滅させ、兵器獣に突撃をかけたルミの行動に危機を感じ、止めようとする幸助。しかし彼の側にいるチロウがそれを阻害する。
「危ない!」
「動くな。お前が動くと邪魔になる」
「え?」
ルミは右拳を強く握り締めると、握り絞められた右手の中心から青白い光が細い剣のように出現した。その剣は突き刺さった兵器獣の肉体をいとも簡単に貫き、両足を切り裂くことで動きを妨害した。
続いてチロウが両手を広げ、掌を前に出すと、両手の中心部に白い光の塊が生成され、兵器獣のみぞおちに向かって発射し、命中した途端に巨体全体を吹き飛ばした。
「あの巨体をこうもたやすく!!」
「更に追い打ちだ」
人気のない所に飛ばされた瞬間、チロウがぶつけた光球が爆ぜ、みぞおちを中心に兵器獣にかなりの損傷を与えて身体を倒れさせた。彼等の一方的な戦いに、駆け付けたユリと幸助は目を丸くする。
「完全に優位に立ち回ってる」
「あの手に付いた機械。あれに秘密があるのかしら」
ルミとチロウは一度集まり、今度は二人同時に前に出る。
「相手の態勢が整わないうちに仕留めるわよ」
「おう!」
呼吸を合わせて前に飛び込むルミとチロウ。ここから更に兵器獣を追い詰めていくかと思われたが、倒れた兵器獣の真下にランの時より巨大な空間の裂け目が発生し、兵器獣の身体を飲み込んだ。
「逃げる気!?」
追撃をかけようと更に脚を急ごうとするルミ。チロウは逆に突然足を止め、彼女の競り急ぐ身体を止めた。
「何するの!?」
「間に合わない。下手をすれば巻き込まれるぞ!!」
ルミが抑えられた一瞬の合間に兵器獣は開いた空間に全身が入り込み、回収されるように撤退した。一瞬ランと南がいる空間に繋がっているかもと脚を進めたユリと幸助だが、すぐに空間は塞がり追跡を許さなかった。
「消えた。逃げたのね」
ひとまず嵐が過ぎ去った都市街。幸い被害は少なく済んだが、幸助は一息ついて戦闘から我に返ったことで周りの人達の自分に対する反応が気になった。
(そういや、俺この世界で人前に出るのは初めてじゃ)
幸助が冷や汗をかきながら、油が切れた動きで後ろを振り返る。軽蔑の眼差しや罵倒されることを覚悟した彼だったが、その場にいた人達が全員揃って注目していたのは彼ではなく、途中で参戦して兵器獣を撃退してみせたチロウとルミに対してだった。
「チロウ! ルミ!!」
「ありがとう! また助けてくれて!!」
「また?」
民衆の言い分に引っかかっていると、乱入してきたラルコンとマルトによって民衆の対応をした。
「ハイハイ。二人を困らせないでぇ」
「怪我人だけ前に出ろ、先生が手当てする」
事態の展開について行けていない幸助とそんな彼に苦笑いして隣に歩いてきたユリだが、三人が何故普段目立たない場所に拠点を置いているのかが理解できた。
どうやら肌の色が違うことによる差別で隠れているのではなく、民衆の過剰な厚意を受け止めきれずに身を隠すためだったのだと。
「あ~、これは予想付かなかったわ」
「拒絶されているんじゃなくて、過剰に好かれていたとは」
「幸助君は休んでて。私はラルコンちゃん達を手伝ってくるから」
「ユリちゃんが行くなら俺も行くよ。さっきの兵器獣のことも気になるし」
幸助は先程現れた兵器獣のことでいまだ胸騒ぎがしていた。幸助達がこの世界に来て初めて出た、結晶があるであろう位置とは関係無く、ユリを狙って都市街に放たれた可能性があるからだ。
(俺が守らないと。ランの分も)
幸助は内心警戒を強めながらユリを追いかけていき、二人はラルコン達の人払いを手伝った。
数人いた軽い怪我人をアキがユリにやったものと同じ方法で治し、より騒ぎが大きくなる前に脱出した四人は、残っていたアキに合流して帰路につく。ルミとチロウは戦闘よりむしろ民衆への対応で疲れている様子だった。
「全く、ああいうのの対応は疲れるぜ」
「感謝されているのはいいんだけどね」
二人の感想に一歩引いていた幸助は以前自分がいた世界で同じような目に遭ったことを思い出していた。
「あぁ、経験あるそういうの。ただ、なんであんなに人気なんですか?」
幸助はアキ達に少し同情しながらも、気になったところはしっかりと質問した。当の三人はどう返事をするべきか考えて返事が出なかったが、三人と二人の間に意気揚々と入って来たラルコンによって元気に説明された。
「アキ先生達は、以前この世界を怪魚から救ってくれた英雄なの!!」
「「英雄!?」」
ユリと幸助は単純かつ壮大な言葉に揃って驚きながら、両目を中途半端に細めて大きく口を開けてしまう。
「英雄って、これまたフワッと壮大な言葉が出て来たわね。つい先日に似たような事を聞いたけど」
「ああ、そうだね……」
言葉に合わせて幸助の方をチラ見するユリ。本人はそのとき、ランの功績を知らない人達に言われていたためあまりいい感情はない。彼はユリの視線と自身の心情を誤魔化すために何故三人がそんな風に呼ばれているのか具体的な理由を聞く。
「それで、どうしてそんなことに?」
「私から説明するよ!!」
またしても元気よく名乗り出たラルコンが前に出て説明し始めた。
「ここ数年前、さっきのと同じようにどういうわけか防壁の泡を通り抜けて巨大な怪魚が現れた事があったの。泡の効力に慢心して備えが足りていなかった私達は、大きな被害を受けたの」
「そんな時に現れたのが、この三人だったんだ」
説明に割り込んできたマルトを見てラルコンは少し顔をしかめたが、彼はそんな様子を気にせず勝手に説明を続けた。
「さっきも使ってた機器を武器にすることで、ああもいとも簡単に撃退しちまった。まるで魔法みたいだが、そうではないらしい。よくわかんないけど……」
話に触れられたことでユリは改めて開発者として気になったことに触れた。
「そうだった! 私、気になってたの、貴方たちが使っていた機械のこと。あれ、私の怪我を治したときも同じものを使っていたわよね」
ユリの質問に、ルミが取り付けたままにしていた機器を見せて仕組みを説明する。
「これは、手元にある物質の原子配列を自由に組み替えて別の物質を精製、変形、固定する機械よ。こんな風にね」
ルミが機器をはめた右手の掌を上にして少し手前に出すと、掌の少し上で空気中から小さな噴水のように水が発生して吹き出し、掌と同じほどの大きさのボール状に固定させると、そこから左手を近付けて粘土細工のように細長くしたり円錐状にしたりと姿形を変えてみせた。
「オオォ……」
「なるほどね。私の怪我が傷跡一つ治ったのにも納得いったわ。凄い技術じゃない。下手したらどんな大怪我も治せちゃうじゃない!!」
ユリの褒め言葉にチロウがルミに近付いて細かい部分の補足説明をする。
「まあ、結局これをするにはその構成に必要な物質を全て理解する知識がいる。相手に触れてもその体の物質を理解してなきゃ変換できない。おいそれと誰もが出来るものじゃないんだよ」
チロウはユリ達に向けていた視線をルミに移し、もういいだろうとアイコンタクトと軽い顎の動きで伝える。受け取った彼女も意味を理解し、空中で固めていた水の形を崩して地面にこぼれようと下に動き出した瞬間に水蒸気に変換させることで身体の何処も一切濡らすことなく液体を消滅させた。
最後にアキも二人の元に動き、一つ付け加えた。
「メガレイダーっていうの。いい名前でしょ?」
アキの最後の余計な付け足しで聞いている二人は微妙な顔を浮かべ、アキの知り合いである他の面々も女性陣は苦笑いし、男性陣は冷や汗を一筋頭から流したが、話した当の本人だけはどうにも自慢気だ。
少し寒い空気が流れたことによって会話が途切れる。気まずい空気を感じながらも、払拭しようと会話を再開しかけたそのとき。突然余所からの声が突き刺さってきた。
「いたぞ!!」
一行が同時に一方向に顔を向けると、中年の小太りの男を先頭に、何人もの魚人が集まって三人を睨み付けていた。
「ん?」
「誰、あの人達?」
先頭の男が数歩前に出ると、突然右手に持っていた石を投げつけてきた。アキにぶつかりかけた石は幸助が咄嗟に弾いたが、続いて男からの罵倒が飛んできた。
「また町を壊したな!! お前達のせいだ!!」
いきなりのいわれのないことに唖然とするユリと幸助。しかし向こうはお構いなしに男が唾を飛ばして叫ぶ。
「この都市から出ていけ! 化け物が!!」
男の後ろにいる行人達もこれ合図に一斉に罵倒し始めた。
「そうだ出て行け!!」
「ここは俺達人間の世界だ!! 化け物は居なくなれ!!」
「アンタ達のせいで怪魚が現れたんだろ!!!」
怒声に合わせて次々と石を投げる彼等。幸助達は状況が分からないながらもここにいてはマズいとしてすぐに全員で逃げ出した。
「どういうことだぁ!? なんでさっき助けた民衆に今度は追われてるんだ!!?」
「確かに助けた。でもそれで町の被害が出たのは事実よ」
「元々俺達はこの世界から見て肌の色が違う化け物だからな。怪魚が泡の中に入ってきたのも、俺達がこの世界に来てすぐ。撃退はしたんだが……」
人目から逃げ切ることに成功し、元々いた家屋に到着した一行。アキが何処か少し悲しそうに頭をうつむかせながら、結末を述べた。
「普段はこの世界の人から雲隠れするためにラルコンとマルトが用意してくれたこの家屋にお世話になっているの。」
アキ達の事情を聞き終わり、納得と同情の目を向けてしまう幸助。しかしユリはむしろ納得どころか目元を細くして何が疑っているような表情になった。一番近くにいる幸助は気が付いて話しかける。
「ユリちゃん?」
ユリは幸助に返事はせず数歩前に出ると、走って上がった息を整えている三人に遠慮するような口ぶりで話しかけた。
「一つ、いいかしら?」
彼女の妙な姿勢に三人は身構えたが、ユリは気にせずアキ達に聞いた。
「貴方たち、どこから来たの?」
単純な質問。しかしそれを言ったユリの目はとても真剣なものだった。
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