１－３ 転成勇者
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コウスケは意識を失う中で夢を見ていた。勇者となる前、日本にいたときの記憶だ。
彼は元々、日本にいる平凡な男子高校生でしかなかった。自転車に乗り通学路を走る朝の日常。だがその日は珍しく寝坊をしてしまい、ペダルをこぐ足が焦りから速くなっていた。
ふと左手に付けた腕時計を見ると、切羽詰まっているのを痛感した。
「やっば、急がないと遅刻だこれ！」
しかし都合が悪い事に信号が赤になる。ここで止まってはもう予鈴までに間に合わない。かといってこの交差点は通っている車の数が多い。急いで飛び出したらそれこそ事故に遭う。
彼は仕方なく自転車のブレーキをかけてギリギリの所で停止させた。
「ハァ……学校で謝るしかないか。生活指導、細かいことにうるさいんだよなぁ」
コウスケがこの後のことを考えて憂鬱になっているとき、すぐ後ろから子供の声が聞こえてきた。
「遅刻だぁ！」
コウスケが後ろを振り向くと、一人の小学生の少年が彼を追い抜いた。制服のボタンの位置が一段ずつずれており、余程焦っていることが垣間見える。
彼も今の自分と同類かと少し笑ってしまうコウスケだが、表情はすぐに崩れた。少年は赤信号を無視し、車が走る交差点に止まることなく走って行ったのだ。
「オイッ、僕！」
声をかけて止めようとするコウスケ。しかし少年は焦るあまり視野が狭くなっているのか気付いていない。
更に間が悪いことに一台の車が躊躇なく交差点に進入してきた。幸助には見えないが、運転手はスマートフォンを操作しながら運転していて前を見ていない。
「マズい」
コウスケは自転車を倒す勢いで降りて交差点に走り出した。少年に追い付いたコウスケは咄嗟に少年の背中を押す。
次に自分も退避しようとするコウスケ。だが車のエンジン音は既に彼の至近距離にまで近付いていた。
次の瞬間、交差点には大きく鈍い音を響き渡らせ、その場にいた人達が騒然とした。少年の背中を見ていたはずのコウスケの視界は、いつの間にか地面に横たわったものになっている。
（あれ？ なんで俺、寝て……）
倒れているのなら立ち上がろうとするコウスケ。しかし彼の身体はピクリとも動かない。理解が追い付かない彼だったが、すぐに視界に広がっていく赤い液体が見えた。
（これ……もしかして血か？ 誰の？……）
そこで初めて幸助は周りの声が耳に入ってきた。
「キャアアアァ！ 事故よ！」
「お前警察呼べよ！ はやく！」
「はぁ？ お前が呼べよ！！」
「そんなことよりお医者さんよ！ はやくしないとあの人が！」
話の内容と見えているものから、コウスケは液体の正体が分かった。
（そうか……これ、俺の血か）
段々と出血で意識が遠のく中、コウスケに近付いてくる足音がある。どうにか動いた目で顔を見ると、助けた少年が震える目をしてこちらを見ていた。
（さっきの。そうか、助かったんだ。良かっ……た……）
この光景を最後に彼の目から光が消え、心音も停止した。
「すけ うすけ！ コウスケ！！」
何度も自分の名前を呼ぶ声に目を覚ましたコウスケ。開いた眼に映ったのは紫色の禍々しい空と、彼を心配そうな目で見るココラ達仲間の姿だった。
「ココラ……みんな……俺は？」
まだ意識が朦朧としているコウスケにココラが説明する。
「魔王を倒した男を追って突然消えた貴方を探し回ってまして、そしたら私が正門の外で倒れている貴方を見つけたんです」
「変な男……そうだ、俺は異世界に！」
直前の記憶を思い出したコウスケは起き上がって周りを見回す。しかし何処にもあの青年とぬいぐるみの姿はなかった。
ならばと次にコウスケは仲間達に問いかける。
「ここら辺にその男と変なぬいぐるみはいなかったかな？ 丁度抱き上げれそうなくらいの」
しかし三人は首を傾げ、代表してソコデイが返答する。
「誰もいにゃかったわよ。ここに倒れていたのはアンタだけ。そうよねココラ」
「はい。コウスケ以外には、誰も。アーコさんは？」
「私も何も見ていないな」
「そうか」
コウスケは誰もいないことに眉をしかめ、ココラの手を借りながら立ち上がった。
（あの変な光景は、夢だったのか？）
疑問を抱えたコウスケを先頭に、パーティーは魔王城を後にした。
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コウスケ達が疲れ切っていた状態で王都にまで戻ってくると、王都の門の前には多くの人達が立ち、感謝の言葉を上げながら笑顔の出迎えをしてきた。
「ありがとう！」
「勇者様ぁ！」
「エッ？」
「これは？」
いきなりの感謝の嵐に困惑するコウスケ達に、民衆の一人が声を挙げた。
「魔王を倒していただき、ありがとうございます！ 勇者様！」
「魔王を倒したって……俺達が？」
どうやらここにいる人達は皆、魔王を倒したのは彼等だと思っているらしい。
「貴方のおかげで皆救われました」
そこから次々と感謝の言葉がコウスケ達の元に届いて来た。中には泣きそうな顔をしてお礼の言葉を伝えに来る老婆。当然コウスケ達はそれを否定したが、誰も信じてはくれなかった。
皮肉にもここに至るまで数多くの魔物との戦いを経験し、名声を上げていたコウスケ達以外に魔王を倒せる可能性のある人物など、考えられないのだろう。
ならばとコウスケ達は王都に入ってすぐに国王に謁見に行ったが、国王からの言葉の民衆と同じものだった。
「勇者殿、この度の魔王討伐。国を挙げて感謝させてほしい」
「いや国王陛下、魔王を倒したのは俺達じゃ」
「何を冗談を言うか。そなたたち以外に魔王を討伐できる者などおらぬだろう」
「しかし！」
コウスケが尚も反論しようとしたが、隣のアーコがそれを止めてきた。
「失礼しました国王陛下。コウスケは一番疲労している身の上、失礼させていただいてもよろしいでしょうか？」
「構わむ。ゆっくり休むといい。その後は国を挙げての宴だ」
謁見の間から退いた一行。コウスケは不満顔を浮かべて独り言に近い台詞を呟く。
「俺達じゃないのに」
「仕方ない」
不満顔のコウスケにアーコが言及した。
「この国は魔王の侵略に怯え続け、今日やっとその恐怖から解放されたのだ。そこに正体不明の強大な存在が出現すればどうなるか」
「はい。下手をすれば魔王のとき以上に混乱が起こりますね」
ココラが説明を付け加え、コウスケはようやく話が飲み込めた。そこにソコデイが彼の腕に触れてなだめて来る。
「せっかくの平和に、余計な恐怖は持ち込みたくないのじゃな。しかたないにゃ」
その後、彼等は少しの休憩の後すぐに宴の席に着かされ、次々と料理を運ばれた。盛り上がる民衆や冒険者仲間がコウスケの元に集まると、既に酔った表情で酒を勧めてくる。
「オラオラ、せっかくの主役がもっと飲まないと損だぞ！」
「あぁいや、俺未成年なんで……って言ってもここでは通じないか」
「？」
「いや、酒は苦手なんだ」
「そうか？ 仕方ないな」
離れていく男を見てため息をつくコウスケ。
「俺じゃないのに」
愚痴をついても誰も信じてはくれない。美味しいところだけかっ攫って青年の背中を思い出してコウスケが落胆していると、隣の席に座ったココラが愛想笑いをしながら飲み物を渡してきた。
「ハイ、これ」
「あ、ありがとう」
「浮かない顔ですね」
「え？ あぁ……ココラだって、こんな形で祝福されるのは」
「私は、嬉しいかな」
コウスケはココラの予想外の返事に戸惑った。彼女はグラスに触れる両手を擦るようにして話を続ける。
「どういう形であれ、魔王は倒されたから。もうコウスケに、無理をさせることもないから」
自分を責めるような口調で話すココラだが、コウスケはこれにいやいやと首を横に振って謙遜する。
「無理なんてしてないさ。知ってるだろ、俺はこの世界でチートだって」
「アハハ、コウスケがいた世界で凄く強い事を表わす言葉ね。でも、それでも私は」
「それに俺が戦ったのは君への恩返しのためなんだ。多少の無茶だってするさ。ココラは俺の命の恩人なんだから」
コウスケの励ましの言葉にココラはグラスを強く握り締める。重くなった空気に彼が目線を余所に向けると、一つ違和感のある存在を見つけた。
「ん？」
コウスケはテーブルの上に置かれた大量の料理皿の一つがいつの間にか地面に落ち、それが独りでに動いている様子を見つけた。周りは飲んで騒いでいるせいで足下のことに気付いていない。
「今、動いたよな」
興味本位に彼が皿の下を覗くと、両手と頭で皿を支えながら料理を運んでいるぬいぐるみの後ろ姿を見た。彼はそのぬいぐるみに見覚えがある。
「あれは！！」
「どうかした？」
人が出入りする隙を縫って店を出ていくぬいぐるみ。もしやと思ったコウスケは人混みの中を進みながら店から出ようと立ち上がり、突然変な行動をしだした彼にココラは顔を上げる。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる」
「エッ、ちょっと！」
ぬいぐるみを追いかけたかったコウスケは話を切り上げ、困惑するココラを放って酒場の外に出た。
取り残されたココラは少し落ち込んだような顔になり、彼に向けて伸ばした方の手を握り締めた。
「まだ、大事なことを言ってないのに」
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酒場から出たコウスケはぬいぐるみが何処に行ったのか辺りを見渡す。しかし祭りで浮かれ上がっている人混みに飲み込まれ、足下すらろくに見えない。
「クソッ！ 何処に行ったんだ！？」
コウスケがぬいぐるみを探すのに躍起になって下を見るのとは対照的に、国民達は丁度夜空に打ち上げられた、日本で言うところの『花火』に似たものが上がる空を楽しそうに見上げていた。
「ウオッ、始まった！」
「綺麗」
「ホント、これも平和になってこそね」
しかしその中で、一人の女性が奇妙なものを見つけて隣にいる恋人らしき男性に伝えようとする。
「ねえ、あれ見て」
「あれ？」
「ほら、空！」
彼女に言われて彼氏も顔を上に向ける。目を凝らしてよく見ると、空に一本の細い縦筋が入っているように見えた。
「なんだあれ？」
すると彼等の目の前の細い縦筋がヒビが入るように広がっていき、次の瞬間内側から大きな音を立てながら空の一部ごとはじけ飛んだ。音が耳に入った周囲の人達が何事かと上を見る。
空が割れた先にはもやのようなものが広がってよく見えないが、この事態を起こした犯人らしき影が自分からこちらに近付き、飛び降りる形で姿を現した。
それが出てくるとすぐに開いた空間は飛び散ったガラスが修復されるように傷一つ無く元に戻った。
「あれは！」
コウスケは出て来た存在の姿を見て驚いた。彼には見憶えがある。それもただ見たというものではなかった。
「なんで。お前は俺が倒したはず！？」
そこにいたのは、コウスケが魔王城で倒したはずのサイクロプスだった。
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