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7-4 犬耳の少女

 同じ場所に集められた転移者達の自己紹介が済み、数日が過ぎた。その間彼等は城の中で客人として扱われ、魔物が現れればその討伐に向かう日々が続いていた。

 とはいえ元が規格外の集団。戦闘といっても苦戦することは一切なく、先に現場に到着した何名かが技を出してすぐに終了。残りの面々は特に何もすることなく城へと戻って行っていた。


 この日も特に代わり映えはなく、次々と転移者達は自分達の技で帰路についていた。


「二人は、また一緒に帰るかな?」


 サラガが数日間の流れのままに問いかける。幸助はまたこれにあやかろうとするが、ランは断った。


「いやいい」

「え? なんで」

「俺達はそこらをぶらついてから帰る」

「達って、俺も?」


 驚く幸助に適当な理由を答えるラン。サラガもキョトンとしつつ、別に自分のついで程度の事なので、特に反対はしなかった。


「そ、そうなの? まあ、ならいいけど」

「先に帰っといてくれ。別に長時間外出するわけじゃないさ」


 サラガは自身の技で先に帰還し、ランと幸助は馬車にも乗らず、辺りは静まり返った。

 幸助は周りに誰もいなくなったとみて、ランに早速問いかける。


「それで、なんでここに残ったんだ?」

「さっき通りだ。ここらをぶらついてから帰る」

「ぶらつくって、守れたとはいえ激戦地だったんだ。住民も避難しているだろうし、見る場所なんて」

「だからいいんだよ。人がいないなら、向こうが見られたくないもんも見れるだろ」


 ランの言葉に幸助は目を丸くした。ランはすぐに移動を始め、幸助もとりあえずついて行くことにした。


「見られたくないものって、ここは魔物に襲われ危機に瀕している王都だろ? それ以上の事なんて」

「危機に瀕している国が、大勢の人間を外から呼び込むってのはどういうことだ?」

「え?」

「この国は疲弊している。そんな中で大人数の転移者を呼び込んでもてなすなんて、明らかに財政の負担を増やす行為だろ。

 その上俺らの仕事も、向かって来る敵を返り討ちにするだけで、こちらから攻めたりはしない」


 ランの説明を受けて、幸助も確かに引っかかる部分が出来た。


「確かに、魔王を倒したいのならば、本拠地に攻めて倒すのがセオリーだな。それもあの高スペックの皆だ。そこまで時間はかからないかも」

「この国の連中は攻める事を渋っている。ああは言っても魔物の概要しかめていないのか、あるいは」

「あるいは?」


 ランは歩きながらも振り返り、何処か冷たい声で答えた。


「別の目的があるからかだ」


 ランの不穏な台詞に幸助が眉にしわを寄せつつも、これまで何度もランの勘は当たっていたために、すぐに反対も出来ないと後をついて行った。


 そこから二人は街を散策していると、戦闘現場から離れた場所でいつも通り商売に勤しむ住民達の姿が見えた。二人は足を踏み入れると、早速商店の親父から声をかけられる。


「よお兄ちゃん! 見ない顔だね」

「ああ、この国に来るのは初めてで」

「初めて? この国以外に、人間の住む国なんてねえってのに……まさか兄ちゃん、異世界から来たっていう勇者様か!」


 親父が声を挙げた事で、周辺の人達が一斉に二人に注目する。ランは幸助が軽く口を滑らせた事に呆れていると、見る見るうちに周辺がその場にいた人達で囲まれてしまった。


「貴方達あの!」

「凄い! 本物を見るなんて初めてです!」

「ありがとうございます! この前は家族の住む地域が襲われて、貴方方に助けていただきました」


 次々とくる歓喜の声に幸助は目を回し、ランも対処に追われてしまう。それでも彼が細かく目配せを行っていると、民衆の奥、路地の先にて何かが一瞬通り過ぎるのが目に映った。


「今のは……幸助」

「ん、どうした?」

「用が出来た。ここは任せる」

「ハァ!?」


 ランは幸助を渦の中に置き去りにし、一人抜けて路地の中に駆け込んだ。壁が見える位置まで移動し、何者かが過ぎ去っていった方向に目を向ける。

 そこには誰の姿も見えず、ランは気のせいかと来た道を戻りかけた。だが足を動かしかけた瞬間、ランの耳が、何かが当たったような鋭い音を拾った。


 途端にランは戻るのをやめて路地の先を進み、聞こえた音を手掛かりに道を曲がる。音が鮮明に聞こえた曲がり角でランはで足を止め、気配を消して覗いた。


 するとランが見かけたのは、犬によく似た耳を生やし、ボロボロの衣服を着た少女が、城で見た覚えのある甲冑の兵士に取り押さえられていた。

 甲冑の兵士はもう一人少女を見下ろすように立っており、ため息をついてもう一人に話しかけていた。


「ハァ、また城からの逃亡者か。全く、ガキはすばしっこくて手間がかかる」

「転移者共がいて、より人手がいるって時に」


 兵士の一人は文句を吐きながら少女の頬を殴り、地面にぶつけた。起き上がって兵士を睨みつける少女に、彼等は少し苛立った。


「ガキが、立場を分かってないようだな」

「戻る前に、ちょっと矯正しておくか」


 大きく拳を振るう兵士に、少女が目を閉じて縮こまる。

 このまま拳が当たるかに思われた瞬間、一瞬の内に人が倒れる音が耳に入り、少女が目を開けた先には兵士を気絶させたランの姿がった。


 何が起こったのかが分からない少女に、ランは彼女の風貌を改めて確認した。


(放っておいても良かったかもだが、貴重な異変だからな。獣耳……城の中では一切見なかった人種だな。見てくれからして中坊くらいの歳か?)


 ランが考え事をしている中、少女は困惑したまま動けなくなっている。すぐに逃げ出さなかったことを幸運を判断したランは、少女に問いかける。


「お前、何処から来た? 何者だ?」


 少女の耳ランの問いかけは入ってこず、彼が目の前でした行動に驚き、途切れ途切れの声を出した。


「あ、貴方……城の兵士を攻撃して……犯罪者に」

「犯罪? ああ、これの事か。幸い周りに人はいない。お前が黙っていれば済むことだ。そんなことよりもう一度聞く。お前は何者だ?」


 詰め寄るランに少女は目の焦点が合わずに震えるままだ。これでは話が進まない。ランはならばと問いかけを変えることにした。


「じゃあ質問を変える。合ってんなら縦、違うなら横に首を振れ。お前は魔物か?」


 少女は質問の内容に、震えはそのままながらゆっくりと首を縦に振った。


「こいつらから逃げたい。それでいいか?」


 ランの二つ目の質問にも、少女は頷いた。ランは少女が何も話さない以上、状況からの推測で判断するしかなかった。


(こいつらが城の兵士って事は、この女は大方城に捕まっていた魔物だな。労働力、最悪奴隷って可能性もあるか)


 ランは周りへの警戒はそのままに少女に視線を向ける。


(これまでこの国からは魔物が城にいるなんてこと伝えられていなかった。

 ここで俺がこいつを捕まえて城に連れ帰ったとして、秘密がバレた国の連中がどうするか。黒い方に考えるのが妥当だな)


 ランは頭の中での整理が終わると、再び少女に話しかけた。


「おい」


 呼びかけに少女は身体を震わせてしまう。ランは顔も少女に向けると、話を続けた。


「国の端までは逃がしてやる。さっきの戦闘での修理は終わっていないはずだ。そこからは一人で何とかしろ」


 少女は一瞬嬉しそうにするも、ランがどうして自分の要望通りにしてくれるのかが分からず、少し警戒する様子だった。


「安心しろ。とは初対面の奴が言えねえか。お前を逃がした方が得だと判断した。それだけだ。

 ついて来るならさっさと来い。いつここに人が来るか分からねえんだ」


 ランはブレスレットを操作し、異世界潜入用の特殊衣服を少女に渡した。


「上からでも着とけ。フード付きだし、ある程度は誤魔化せるだろう」


 そこからランは少女前方で警戒をしつつ、出来るだけ人のいない道を辿って先程の戦闘現場にまで足を進めていた。

 途中、彼女を捜索しているらしき城の兵士を何名か見かけたが、そこはこういう事態になれているランだ。タイミングを見計らい、気づかれることなく過ぎ去ることが出来た。


 しばらくして戦闘現場にまでやってきた二人。だが最大の関門はここだ。この場にはすでに兵士や作業員が大勢いる。見つからずに通り過ぎるのはほぼ無理だろう。


(やっぱ既に集まってるか。見つからずに通り過ぎるのは無理だな。ま、俺らが目立つんなら、より目立つ者に意識を向けさせればいい)


 ランは既に手元に一つのカプセルを握り締めていた。少女が彼の持つ珍妙なアイテムに首を傾げていると、ランは答えた。


「この場の切り札だ。後でこいつにキレられそうだが」


 少しして、現場に兵士が二人追加でやって来た。現場にいた兵士は、二人に気付いて声をかける。


「ん? お前達、何だ?」

「はい、城の指示により追加で配置になりました。よろしくお願いします!」

「追加だと? そんな話は聞いてないが」


 兵士が二人に疑いの目を向ける。ところが直後、別の兵士が大きく叫んだ。


「な、何だあれは!」

「魔物だ。再び魔物が襲来したぞ!」


 兵士たちが声を挙げる方向には、俗に言うティラノサウルスが口を大きく広げ、兵士たちに迫って来ていたのだ。


「いつの間にあんな魔物が。何故誰も気づかなかった!」

「分かりません。つい先ほど突然洗現れたんです!」


 兵士たちは当然突然の襲撃者の対処に追われ、意識はそちらに向かう。この隙に二人の兵士は出来るだけ音を消して戦闘現場を掻い潜り、国の外へと抜け出したのだった。


 人目に付かない位置にまで移動した二人は、変身させていた服を元に戻す。謎の技術に少女が呆気に取られている中、ランは彼女に話しかけた。


「おら、言った通りここまで連れて来たぞ。後は自分でどうにかしろ」


 少女は着ている上着を脱ごうと手をかけるが、ランはそれを止めた。


「いい。そいつは持ってけ。呼びはまだある」


 少女は申し訳なさそうにするが、ランの態度は変わらない。どちらかといえば、囮としておいて来たミノティラが心配といった様子だ。

 少女はランの気持ちを察したのか、深々と頭を下げてお礼の言葉を口にした。


「本当に、ありがとうございます」

「礼もいらねえ。さっさと行け」


 少女はすぐに足を駆けだし、姿を小さくしていった。ある程度の距離まで少女が離れたのを確認したランは、自身もミノティラの元に戻ることにした。


 数分後。連絡を受けたサラガ達が再び現場に急行するも、彼等は目の前の事態に困惑していた。


「魔物が出たって聞いたんだけど……何処にも姿が見えないんだけど?」


 サラガの問いかけに、兵士自身も困惑しつつ、こう答えるしかなかった。


「それが、さっきまで戦いっていたのに、突然姿を消しまして」


 一人の魔物が国外へ脱出した事件は、こうして幕を閉じた。

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