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6-36 似てる二人 ランとジネス

 スフェーが怪物達を相手取っているその時、ラン達は大吾とスフェーの奮闘で狂暴化した人物がいない区画に入り、自動販売機が傍にある小さなスペースで一旦足を止めた。


 ランは抱えている幸助とジネスを放すと、消毒液と包帯を手に持って今も血を流しているユリに駆け寄る。


「ほら、腕出せ」

「私より、幸助君や……」

「いいから」


 ユリの台詞を言葉を重ねて強引に切り、ランは彼女の左腕を掴んで自分に引き寄せる。消毒液を掛けてから包帯を巻いた。


「とりあえずこんなもんか」

「こんなウイルスが蔓延している場で手当てしたって効果ないでしょ?」

「それなら安心しろ。ウイルスの効果が出ているなら、お前もジネスも既に狂暴化しているはずだ」


 ランの言い分にユリも納得させられる。


「そういえば、確かに」

「これは俺の予想だが……ノバァ、あの女が消えた事で発生源がいなくなったからかもしれないな。奴がいなくなって既に十分以上、ここいらに飛んでいた分は既に霧散したんだろう。

 あれだけ効果のあるウイルスが長時間も漂っていたら、それこそ全て滅ぼしかねないしな」


 ランの的を得た説明。同時に彼の頭は現状の整理が始まっていた。


(そう。ウイルスの件はほとぼりが冷めたのかもしれない。だがでかい引っかかりが残る、あの怪物どもは何だ?)


 ランが一番疑問に思っていたのは、三体の怪物の件だった。


(一体目の時はウイルスの効果が重なったものもあり得るかと予想したが、次に現れた二体は明らかに人工的に異能力を付けられていた。

 それも勇者の世界で戦った兵器獣に似通った能力。アイツ等も兵器獣とみるのが妥当だろう。だが)


 次にランが浮かべた仮説が決定しきれない理由を浮かべていた。


(最初の個体が暴れたとき、ノバァ達にも容赦なく攻撃していた。赤服の生物兵器である兵器獣が、赤服の構成員を襲うのは一体)


 目の前で黙り込んでしまったランにユリは考え事をしている事を察して何も言わないでおく。


(奴らとは指揮系統が別の兵器獣って事か? そいつらの目的は一体? クソ、浮かぶ疑問が多すぎる。今それを考えるのはやめておいた方がよさそうだな。まずは)


 ランは息をついて振り返ると、黙ったまま座り込んでいるジネスに話しかけた。


「いつまで黙ってんだ。いい加減口を開いたらどうなんだ?」


 ランの声を受けてもジネスに変動はない。姿はまるで魂が抜けてしまったかのように固まっている。

 このまま放置するわけにもいかない。ランとユリが歩いて近付くと、ジネスはランの耳でようやく聞こえる小さな声で呟いていた。


「俺が死ぬべきだったんだ……俺が、俺がいなければ……」


 自分を責め、焦点の定まっていない目を震わせるジネス。ランはジネスの様子から、彼が自分の正体やその経緯を知った事を察した。


「自分の本当の過去を知ったか。だが今はパニックになってる場合じゃない。ほら立て」


 ランがジネスの腕を取って立たせようとすると、ジネスは反射的にそれを振り払った。ランは再度ジネスの腕を掴もうとすると、ジネスの方から話しかけてきた。


「何で俺を助けた?」

「あ? それは」

「俺はゾンビだ!」


 返答しかけたランの声を掻き消すようにジネスは叫んだ。静かな空間に響き渡る中、ジネスは自分の言い分を続ける。


「散々自分の手で殺して来た、この世界において忌むべき存在。それも都合よく、記憶を改ざんしていた!」


 ジネスは思い出す初めてパニックになって来たのか、両手で頭を押さえて興奮気味に話し続ける。


「ファンスが眠り続けているのも俺のせいだった! 俺が襲って、一歩間違えたら殺していた。それを認めたくなくて、勝手にアイツを化け物に仕立てていたんだぞ! 最低だ! 最低なんだよ俺は!」


 今までの自分の全てを作り上げていた全てが根本から覆った。復讐を生きる糧としていた彼にとっては耐えがたいものがあるのだろう。


「俺なんかを助けるんじゃねえよ……放っておけばよかったんだ。そうすれば」

「何も考えずに死ねたってか?」


 ランはジネスの台詞の最後の部分を先に口にした。ジネスは声に詰まっていると、ランの方が自分の言葉を続けた。


「まあ、一度強く決意していた生きる目的を失ってしまったんなら、そのまま死んじまったほうが楽だよな。捉えようによっては逃げているだけだが、その選択を否定する気はねえよ」

「ラン……お前!」

「幸助君!」


 ランのあんまりな言葉に後ろで幸助が止めようとするが、ユリが彼の言葉に被せて声を出し、叱責を止めた。


「でもユリちゃん」

「いいの。ここはアイツに任せておいた方がいいから」


 困惑する幸助と何か思うところがあるユリが見ている中、ジネスは再び口を開いた。


「分かっているのなら放っておけ! 俺にはもう何もないんだ。もう、生きる意味なんてないんだよ!」

「生きる意味、か……そんなもん、考えている奴の方が少ねえよ。くだらないとは言わないが、今のお前を見ていてアホらしいとは思う」

「アホらしい、だと?」


 ジネスは、自身の心の底からの言葉を冷たく返すランに矛先を失っていた怒りが再燃。立ち上がって胸ぐらを掴んだ。


「お前に……お前に何が分かる! 大切なものを理不尽に奪われて、復讐のために全てをささげた! 一人で戦ってきた! 俺の何が分かる!」


 ジネスの怒声にランは何も言うことなく聞いていた。そして少し間を置いてから、静かにゆっくり呟いた。


「一人で戦っていた? 一人で戦っている気になっていただけだろ?」

「……あ?」


 ランからの返答にジネスは元々崩れていた表情が更に引きつった。

 言われている事が理解できないジネスに、ランは胸ぐらを掴んでいる彼の手首を掴み返し、力が緩んだところを放しつつ続ける。


「お前みたいな『復讐者』ってのはいつもそうだ。まるで復讐(それだけ)が心の支えだと勝手に勘違いしてしまう。そうやって独り善がりな台詞ばっか吐いて、周りを見ようともしない」

「……何が言いたい?」


 手は離れるも、ジネスは自分の信念を真っ向から否定するランに怒りを向けるままだ。それでもランは一向に自分の語りを止めようとはしなかった。


「お前がどれだけ強がろうが、人間一人に出来る事なんてたかが知れている。どうあがいても、誰かの助けがなきゃ生きていけないんだよ。

 例えお前が求めていなくても、いつの間にか他人との関わりは出来ちまう。例えお前にそのつもりがなくても、その中にお前を慕う奴が出来るもんなんだ」

「俺を、慕う? そんな奴いるか!」


 ランの力説はジネスには届かず、自身の覚悟を否定された怒りのままに振るって来る。だがランはこれを左手で受け止め、ここまでよりもよりハッキリとした声を出した。


「いるんだよ! 俺はそいつに頼まれてここに来たんだからな」

「頼、まれた? 何だよそれ」

「思い返せ! お前が大切にしていたのは、本当に家族だけだったのか!? それだけが、お前の全てだったのか!」


 ランに喝を入れられ、ジネスの思考は巡る。家族との思い出が過ぎ去っていき、その奥に隠されていた人物が浮かび上がって来た。


「リコ、ル……」


 ジネスは拳の力をなくし、数歩下がって膝から崩れ落ちた。


「そんな訳がない! 俺はアイツを利用していただけだ! 組織と繋がりを作るため。それ以上の事なんて」

「本当にそれだけか?」


 ランの問いかけにジネスは声が詰まってしまう。


「リコルから聞いた。お前との出会いは、自分が絶望していたところを助けてくれたことだって。そこから何度も、自分を救ってくれたってな」


 ランから語られる言葉に身体が震えるジネス。そんなことはないと、頭の中で否定しようとする。


「そんな……俺は……」

「確かに利用していたのかもしれない。ま、今回の場合お互い様だがな。それでも芽生える絆はある。

 リコルは心の底から、お前の事を大切に思っている。だから俺はここに来た」


 ラン数歩前に足を踏み出しつつ話を続ける。


「お前はどうだ? 復讐の理由が壊れて、本当に自分には何もないと言えるのか?」

「俺は……」


 ジネスは否定の言葉を口にしようとした。だが出来なかった。奥底に締まっていたのか、気づかないようにしていたのか。これまで何度も会っていた、リコルの姿が頭から離れなかったのだ。


「俺には……」


 更に心の奥底にあった思い出。リコルと出会った時のことだ。


 ジネスがリコルと出会って最初に思った感情は、利用する邪な思いでは決してなかった。単純に彼女を助けたい。その一心だったことを。

 そこからのリコルとの交流し、空っぽだった自分が、何度も自分が救われていたことを。


 凝り固まっていた何かがほぐれていくように、ジネスの涙腺に涙は溜まっていく。


(そうか、俺は、俺には……)


 脳裏にハッキリ浮かぶリコルの姿。彼の方を振り返り、笑顔で名前を読んでくれている。


(ずっと……リコルがいてくれたのか)

「あぁ、あああぁ……アアァ!」


 体が震え、四つん這いになって頭を崩すジネス。感情の制御が効かないままに涙は溢れ出し、こぼれていく。ジネスの様子から察したランは語り掛けた。


「復讐を止めろとは言わねえ。けど、お前にはお前を思う大切な存在がいる。それを忘れんな」


 泣き崩れるジネスに一息つくラン。すぐにユリが口角を上げながら隣に近付いて来た。


「何か言いたそうだな?」

「自分に似た人に言いたいこと吐けて、スッキリした感じなんでしょ」

「似てる? んなわけあるか。ただ」

「ただ?」


 ユリの問いかけにランは彼女にだけ聞こえる程度の声の大きさで答えた。


「失くして気付くことにだけは、なって欲しくなかっただけだ」

「……そうね」


 ランの言葉の意味に気付き、一言だけ返すユリ。

 しんみりとした空気が流れ、このまま終了するかに襲われた騒動。だが後方にいた幸助の大声が、この空気を正面から壊して来た。


「何だ? 何だこれ!?」


 異様な叫びに後ろを振り返った二人。そこで見たのは、幸助の傍に突然出現した未知の物体が不気味に動き出している様子だ。


「あれは一体」


 顔をしかめるラン。物体は小刻みに震え、その体積を肥大させていく。


「幸助、離れろ!」


 ランが叫び、幸助は声を賭けられるよりも前にどうにか飛びのいて離れた。物体は膨らみながら形を生成、人間のものと酷似した腕や足を生やしていく。


「これって」

「おいおい、スフェー(あの野郎)が抑えてたんじゃないのかよ」


 その場で完成された物体の正体は、体系こそ違うものの、スフェーが対峙しているはずの怪物だったのだ。

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